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2017-10

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『ソクラテス以前哲学者断片集』を読む②~ピタゴラスとそら豆&カリマコスと屈原の詩&寺田寅彦「ピタゴラスと豆」

『ソクラテス以前哲学者断片集』を借りてきて読んでみたり
今、他のことで忙しいけど、どっちにしても気になるので
とりあえず収録・・・

『アテナイの学堂』に描かれたピュタゴラス(ラファエッロ).jpg (wiki)そら豆の絵.jpg

ソクラテス以前哲学者断片集〈第1分冊〉ソクラテス以前哲学者断片集〈第1分冊〉
(1996/12)
内山 勝利

商品詳細を見る



いろいろな人が収録されてるけど、とりあえず趣味だけで抜粋ー

まずはそら豆の話題ヽ(´ー`)ノ

ギリシャ語のカタカナ表記はやたらゆれてめんどくさいので
引用以外(誤字多いけど;;)は、なじんだ表記にするかも
ギリシャ語自体、ギリシア語とも書けるし、ややこしすぎ

私の頭の中ではピタゴラスだし、ピタゴラス以外今更あり得ないけど
この本ではピュタゴラスになってた・・・
書き間違えるかもしれないけど、後で直すときはそういうことってことで

ギョエテとはおれのことかとゲーテいい、っての思い出した・・・

あとこの本、断片集だけど、どこからとかちょっとややこしい


※凡例
句読点は「.,」なんだけど、その表記はきらいなので引用では勝手に「。、」に変換
見やすさのため改行は多少加えた(数字のかっこの手前)

▼ピュタゴラス

p207

ゲリウス

(1)哲学者ピュタゴラスは生きものを食べなかったとか、あるいはまた、ギリシア人が「キュアモス」と呼んでいるそら豆を慎んだとかいうような誤った説が、古くから定着し、強まっている。
(2)このような説があるために、詩人カリマコスも次のように書いたのである。
  ピュタゴラスが命じたように、われも告げよう。
  そら豆から手を遠ざけよ。それは人を苦しめる食べ物。

(4)しかし、音楽理論家のアリストクセノスは、古い文献にきわめて精通し、また哲学者アリストテレスの弟子となった人であるが、彼が書き残した『ピュタゴラス伝』という書物において、豆科の植物でそら豆ほどピュタゴラスがしばしば食べたものはないと言っている。というのは、その食べ物は徐々に腹を軽減させ便通をよくしてくれるからである。
(5)アリストクセノス自身の言葉をここに書き加えておく。
……

(『アッティカの夜』)


ヽ(´ー`)ノ

この引用されている詩
ピュタゴラスが命じたように、われも告げよう。
 そら豆から手を遠ざけよ。それは人を苦しめる食べ物。

と、それに対する反論とかが気に入ったかも・・・

というわけでまとめると・・・
「ピタゴラスはそら豆を遠ざけたというのは間違い、
 むしろピタゴラスは積極的にそら豆を食べた、
 そら豆は健康にいいからである」
ということっぽいー

なんかよくわからないところが好きー

というわけで古代思想、とくに自然関係は
よくわからないところが面白かったり
といっても荒唐無稽さをバカにするとかじゃなくて

知識が正しいかどうかは賢さとはあまり関係がないし

現代人はほとんど誰でも地動説の知識があるとしても
天動説を研究したり唱えたりした古代の学者や哲人より賢い、ということはありえない

というわけで、頭のいい人が、乏しいデータを使って
知恵のかぎりを働かせて考えた──という痕跡があるから
古代の自然哲学とか好きだったり、、、

『アテナイの学堂』に描かれたピュタゴラス(ラファエッロ).jpg

『アテナイの学堂』(de:Die Schule von Athen)に描かれたピュタゴラス(ラファエッロ1509年)


▼ピュタゴラス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9

ピュタゴラス(ピュータゴラース、ピタゴラスとも、Πυθαγόρας (Pythagoras)、紀元前582年 - 紀元前496年) は、ピュタゴラスの定理等で知られる、古代ギリシアの数学者、哲学者。プラトンにも大きな影響を与えた。「サモスの賢人」、「クロトンの哲学者」とも呼ばれた。古代ギリシアのイタリア植民地の生まれ。

彼は、物事の根源、即ち「アルケーは数である」と考えた。例えば、男は2、女は3、結婚が6(=2×3)といった具合にである(数秘学の項を参照)。

ピュタゴラス学派、ピュタゴラス教団と呼ばれる独自の哲学学派は、哲学界に於ける様々な定理を見出した(その殆どは、現在で言う数学のものである)。有名なピュタゴラスの定理も、実は本人によるものではなく、この学派によるものである。この学派は五芒星をシンボルマークとしていた。

ピュタゴラスは、線は極小の点の有限個の集合であると考えた。そのため、無理数の存在を否定していた。しかし、彼の学派が見付けたピュタゴラスの定理によっても算出される によって、無理数が存在しないという考えは後に修正された。皮肉な事に、シンボルマークの五芒星に現われる黄金比も無理数であった。ちなみに、無理数の存在を否定するがあまり、無理数について口外した仲間を溺死させたことさえあるとされる。

彼はオルペウス教の影響を受けてその思想の中で輪廻を説いていたとされている。


[編集] ピュタゴラス音階
ピュタゴラス音律は、ピュタゴラスとの関係は不明だが、ピュタゴラスが鍛冶屋の金槌の音を聞いて協和音程の振動数の整数比(オクターヴは1:2、完全5度は2:3、完全4度は3:4)を発見した、という伝説があるため、彼の名前が付されたと考えられている。古代中国で生まれた三分損益法による音律と基本的に同じものであるが、どちらがより古いのかは定かではない。

これは、振動数の比率が2:3である純正五度音程を積み重ねていくもので、純正五度を6回積み重ねると7音からなる全音階が得られ、11回積み重ねると12音からなる半音階が得られる。

ピュタゴラスは「音楽理論の祖」といわれている。


[編集] ピュタゴラスの最期

ディオゲネス・ラエルティオスは『ギリシア哲学者列伝』の中でピュタゴラスの最期に関する4つの説を紹介している。

クロトンの家にいる時に放火されて、逃げ出し、豆畑まで来た時に立ち止まったため、追手に捕らえられて咽喉を切られて殺された。
メタポンティオンのムゥサの女神たちの神殿に逃げ込み、40日間の断食をした後で死んだ(ディカイアルコスの説)。
メタポンティオンに退き、断食をして死んだ(ヘラクレイトスの説)。
アクラガス人とシュラクサイ人との戦闘に参加し、アクラガス軍の側に味方して戦った。しかし、アクラガス軍が退却したため、豆畑を避けて廻り道をしようとした時に、シュラクサイ軍に捕らえられて殺された(ヘルミッポスの説)。

第1(または第4)の説は、小峰元著 『ピュタゴラス豆畑に死す』 講談社、1975年、ISBN 4061360299 の表題にもなっている。これにはソラマメに対する呪術的な解釈に帰する説と、ソラマメ中毒が背景にあるとする説がある。


ヽ(´ー`)ノ

ウィキペディアによると、死の場面にも豆が登場・・・
というわけでそら豆も調べるー

(wiki)そら豆の絵.jpg


▼ソラマメ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%A1

ソラマメ(蚕豆、空豆、英名broad beanまたはfava bean、学名Vicia faba)は、マメ科の一年草または越年草。別名、ノラマメ、ナツマメ、テンマメ。

食用
塩ゆでするか、さやごと焼いて、中のマメをそのまま食べる。また、煮物や炒め物、スープ等に広く用いられ、アジアでは豆板醤の原料として利用される。ひよこ豆と共に、中東のファラフェルの材料になる。

消化酵素のグルコース6リン酸デヒドロゲナーゼに欠陥(Glucose-6-phosphate dehydrogenase deficiency)があると、そら豆を食べて溶血性貧血を起こし、死にいたることがある(ソラマメ中毒の項目を参照 )。

その他

花弁の黒点が死を連想させたため、古代ギリシャ人はそら豆を葬儀に用い、中にはそら豆を不吉として嫌う向きもあった。古代ギリシアの数学者・哲学者で『ピタゴラス(三平方)の定理』等で有名なピュタゴラスはそら豆の中空の茎が冥界(ハデス)と地上を結んでおり、豆には死者の魂が入っているかも知れないと考えた。現代ギリシアでは「fava」はそら豆でなくえんどう豆を意味する。古代ローマ人もそら豆を葬儀に用いたが、そら豆を食べることは厭わず、葬儀の際の食事に供することもした。イタリアでは、現在にいたるまで「甘いそら豆」(fave dolci)や「死者のそら豆」(fave dei morte)という、細かく刻んだアーモンド、卵白、砂糖で作ったそら豆形の菓子を死者の日(「I Morti」)に作って食べる習慣がある。


ヽ(´ー`)ノ

そら豆中毒というのもあるそうなのでそれもー

▼ソラマメ中毒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%A1%E4%B8%AD%E6%AF%92

ソラマメ中毒(ソラマメちゅうどく)とは、ソラマメに含まれる毒性物質によって起こる食中毒である。ソラマメの種実には配糖体の形をとったバイシン(Vicine)およびコンバイシンが含まれ、これが腸内細菌のβ-グルコシダーゼの作用で加水分解して生じたダンバイシン、およびイソウラシルが原因物質となる。ラテン語でソラマメを意味する "faba" (故に学名はVicia fabaと命名されている)を語源としたイタリア語 "fava" にちなみ、ファビズム(favism)あるいは英語読みでフェービズムと呼ばれる。

ソラマメを食べた後にグルコース6リン酸デヒドロゲナーゼ活性、および血球グルタチオン濃度が低下し、また血液の溶血性が高くなる。これにより発熱、血尿、黄疸が起こり、急性溶血性貧血によって死に至る場合もある。文献によってはソラマメの花粉を吸っても危険だとするものもある。

地中海沿岸各地、北アフリカ、中央アジア各地などではよくみられる疾患であるが日本などではあまり報告がない。これは以下の理由によるとされる。

ひとつは発症が多く見られる地域でソラマメは準主食的な地位で、日常生活で多食されている。

さらにこの発症には遺伝的素因がかかわっており、イタリアなど地中海地域周辺に出自する男性に固有な遺伝子に起因する遺伝病の要素があるともされる。すなわちX染色体上にある酵素のグルコース6リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子に発症にかかわる変異が存在するために起こるというのである。

第三に、地域により、栽培されている品種に含まれるバイシンなど原因物質の量が違うのではという指摘もある。

古代ギリシアのピュタゴラスが、自ら主宰する教団の掟としてソラマメの食用を禁じ、また政敵にソラマメ畑に追い詰められて中に逃げ込めずに殺害されたとする伝承が残っていることに関して、ソラマメを不吉なものとして忌避する呪術的思想に由来するとする解釈のほかに、このソラマメ中毒が背景にあるのではとする説も提唱されている。


そら豆中毒とかはじめてきいた気がしたけど
日本では少なくて、地中海とかによくあるとかー

日本でそら豆って、初夏にそら豆ご飯は季節感があっていいなーくらいかも
個人的にはそんなかんじ・・・

ということは、ウィキペディアにあるような、ピタゴラスはそら豆を禁じた
というのは誰がいったのかなー

うーんと、、、
とりあえず今回読書した『ソクラテス以前哲学者断片集』のピタゴラスのところには
そら豆についてはここくらいしかなかったようなー

というわけで英語版のピタゴラスのところも豆については教団で禁止したこと
そら豆中毒のことかも、くらいしかなかったので
ピタゴラス教団のことー

ここは秘密結社みたいなところで、そのため教義とかは資料はほぼ残ってなくて
そこはそら豆禁止だったらしい


▼ピュタゴラス教団
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9%E5%AD%A6%E6%B4%BE

ピュタゴラス教団は古代ギリシアにおいて哲学者ピュタゴラスによって創設されたとされる一種の宗教結社。南イタリアのロクリスに本拠を置き、数学・音楽・哲学の研究を重んじた。前5世紀ごろに盛んであった。ピュタゴラス学派ともいう。

古代ギリシャからあるオルペウス教の影響から輪廻転生の考え方を有していた。またティマイオスによると、ピタゴラスは財産を共有することを結社に入る第一の条件にしていた。

この時代の宗教結社に共通することではあるが、結社外に教えを伝えることは禁じられていた。このため、資料が少なく、実態が明らかでない。古代の証言からは、数学の研究を重んじた派と、宗教儀礼を重んじた派のふたつがあったことが知られている。宗教儀礼を重んじた派の風習として、ソラマメを食べないなどの禁忌があったことが知られている。この派に属していた者として医学者のアルクマイオンが挙げられる。

プラトンにおける数学(幾何学)の重視はピュタゴラス教団の影響であるといわれている。ピュタゴラス教団は特定の数に神秘的な性格を見出しており、その教説の一端がプラトンの『国家』第10巻の宇宙像に現れているとの指摘がある。


秘密結社のお約束とかだとさらにわけがわからないことにー

ところで「そら豆を食べるのはやめよう」という詩を作った詩人

なんとなく記憶にあるような、でもギリシャ人とかの名前ってみんな似てるし
とか思ってたけど、調べたら、心当たりのある人だったヽ(´ー`)ノ

アレクサンドリア図書館の人で、この図書館には興味があるから
それで覚えていたのかもー
どの本にのってたかは覚えてないけど、表紙とか見たりすれば
読んだことある本なら思い出すかも・・・

こういう時に司書とか目録の存在ってとっても有効だなーとか、、、

で有名な目録を作った人として記憶してたけど
詩人としてのことも、ウィキペディアにはけっこうのってたり
興味深いー

そしてその理論を具現した詩があのそら豆の詩ということかー
たしかに人の心をうつ詩かも・・・
あの一文を収録したのは、詩のインパクトでもあるし・・・

▼カリマコス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%82%B3%E3%82%B9

カリマコス(またはカルリマコス、ギリシャ語:Καλλίμαχος, Callimachus, 紀元前310年/紀元前305年 - 紀元前240年)は、ヘレニズム期の詩人、批評家。詩人としては批評家=詩人の初期の1人であり、ヘレニズム時代の学問を代表する人物。アレクサンドリア図書館の学者でもあったが、主要な司書になったことはなく、図書館が所蔵するすべての本のカタログ(図書目録)を作る任務に就いた。そして出来上がった『ピナケス』は120巻の長さで、図書館の蔵書を残らずすべて年代順にまとめ、ギリシア文学史に関する後の研究の基盤となった。プトレマイオス2世とプトレマイオス3世(en:Ptolemy III Euergetes)がパトロンで裕福に暮らした。

作品

カリマコスはエリートかつ博識で、「すべての陳腐なものを忌み嫌う」と主張した。カリマコスで最もよく知られているのは、短い詩とエピグラム(警句)である。ヘレニズム時代、ギリシア語で書かれた詩の主な傾向は、ホメロスを手本とした叙事詩を否定することだった。その代わりにカリマコスは、ホメロスの通ったすり減らされた轍を行くのではなく、「人跡未踏の野を馬車で駆る」よう詩人たちに訴えた。カリマコスが理想としたものは、短いが、構成も言葉選びも慎重を期した詩の形式だった。カリマコスの『アイティア(縁起談)』の序文で、カリマコスは、アポローンが自分のところを訪れ、「群れを肥やせ、だがムーサはほっそりしたままに」と戒めたと書いた。念入りに作られた隠喩に富んだ要素の選択の明確な表示である。「μεγά βιβλίον μεγά κακόν(mega biblion, mega kakon、大きい本は大きい悪)」は、カリマコスが捨てるべきだと提案しているスタイルを作った長大な流行遅れの詩を攻撃する詩の一つだった。カリマコスは他に、パトロンである王族を讃える詩など、多岐にわたる種類の詩を書いた。さらに散文や批評も書いた。カリマコスの最も有名な散文作品は『ピナケス』で、アレクサンドリア図書館所蔵の本の作者たちの全120巻から成る図書目録通覧だった。

叙事詩に敵対するカリマコスの強硬な姿勢は、叙事詩が好きで『アルゴナウティカ』を書いた若弟子・ロードスのアポローニオスとの長く辛辣な確執を招き、30年にわたってトゲのある批評・侮辱・ad hominemの応酬が続けられた。初期のアレクサンドリア図書館長をリストアップしたオクシリンコス・パピルスの断片からわかっていることは、プトレマイオス2世は一度もカリマコスをその職に任用したことがない代わりに、弟子だったロードスのアポローニオスは任用したことである。ピーター・グリーン(en:Peter Green (historian))など一部の歴史家たちは、そのことも二人の詩人の長きにわたる確執のせいではないかと推測している。

カリマコスは「大きな本」の反対者であったが、『スーダ辞典』はカリマコスの書いた作品は800冊ある(もしかした誇張かも知れない)と書いていて、多量の小さい本であれば許容したことを示唆している。それらのうち現存しているのはわずかに、6つの(ギリシアの神々への)讃歌、64のエピグラム、いくつかの断片くらいである。『ヘカレー』(en:Hecale)の断片は、カリマコスの数少ない叙事詩的テーマの長大な詩の一つで、これはRainer papyriの中に発見された。『アイティア』[1]もカリマコスの稀な大作だが残っているのはぼろぼろになったパピルスの断片と後世の著述家の引用のみである。これは4巻から成るエレゲイア詩集で、ギリシアの都市、はっきりしない宗教儀式、その奇妙さゆえにチョイスされたユニークな地方の伝統[2]、その他の習慣の縁起が歌われている。少なくとも最初の3巻はムーサに質問する形式をとっている。具体的には、

どうしてパロス島でカリスを信仰するのに笛も王冠も使わないのですか?[3]
どうしてアルゴスでは一月を「lambs(子羊)」と言うのですか?[4]
どうしてレウカス(en:Lefkada)ではアルテミスの像の頭に乳鉢を乗せているのですか?[5]


[3] 『アイティア』1, frag. 3.
[4] 『アイティア』1, frags. 26-31a.
[5] 『アイティア』1, frags. 31b-e.


一連の質問は断片から再構築することが可能である[6]。俗に『Coma Berenices(ベレニケの髪の毛)』と呼ばれる『アイティア』の1節は、カトゥルスによってパピルスに残っていたものから再構築され、ラテン語版が世に広まった[7]。

現存している讃歌は非常に博学で、何人かが自然でなく人工的だと評するスタイルで書かれている。一方、エピグラムは広く高い評価を受けていて、ギリシア詞華集(en:Greek Anthology)にも収められている。

クインティリアヌスによると[8]、カリマコスはエレゲイア詩の第一人者だったということだ。カリマコスのエレゲイア詩はローマ人(en:Neoteric参照)によって高く尊ばれ、オウィディウスやカトゥルス、とりわけセクストゥス・プロペルティウスに模倣された。近代の多くの古典主義者たちは、カリマコスはラテン詩に大きな影響を及ぼしたと見なしていた。


なかなか興味深いーヽ(´ー`)ノ

というか

ムーサに質問する形式をとっている。具体的には、

どうしてパロス島でカリスを信仰するのに笛も王冠も使わないのですか? [3]
どうしてアルゴスでは一月を「lambs(子羊)」と言うのですか? [4]
どうしてレウカス(en:Lefkada)ではアルテミスの像の頭に乳鉢を乗せているのですか? [5]


[3] 『アイティア』1, frag. 3.
[4] 『アイティア』1, frags. 26-31a.
[5] 『アイティア』1, frags. 31b-e.


一連の質問は断片から再構築することが可能である[6]。俗に『Coma Berenices(ベレニケの髪の毛)』と呼ばれる『アイティア』の1節は、カトゥルスによってパピルスに残っていたものから再構築され、ラテン語版が世に広まった[7]。

というところ・・・
いまいちわかりにくいけど、引用されているっぽいところは
詩ってことなのかな?

神様に質問する形式の短い詩──というと
屈原の「天問」を思い出したり・・・

屈原とかについてはここ参照↓
 http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-55.html

こんなかんじー

▼天問

・第一節

曰遂古之初
誰伝道之
上下未形
何由考之


(いわく、すいこのはじめ
 たれか、これをつたえ、いえる
 しょうか、いまだかたちあらずと
 なにによってか、これをかんがえし)

〈そもそも天地開闢以前の太古のことを、
 誰がいったい言い伝えたのだろうか?
 天と地がまだはっきりと形を成してわかれていなかったと、
 なにを根拠にして考えたのだろうか?〉


ヽ(´ー`)ノ

というわけで今日のところはこのへんでー

と思ってたら、ウィキペディアに青空文庫のリンクがあって
思いっきり、今回のテーマそのままー
というわけで収録ー

「ピタゴラスと豆」
寺田寅彦
 
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card42267.html


というわけで読んでみることにー

この同じピタゴラスが豆のために命を失ったという話がディオゲネス・ライルチオスの『哲学者列伝』の中に伝えられている。


というわけで豆のエピソードの出典がわかりました
この本は岩波文庫で出ていて、家にあったようなー

寺田寅彦は次のようにかいてます

豆がいけないことになっている、この「豆」(キュアモス)というのが英語ではビーンと訳してあるのだが、しかしそれが日本にあるどの豆に当るのか、それとも日本にはない豆だか分らないのが遺憾である。それはとにかく、何故その豆がいけないかという理由については色々のことが書いてある。


そら豆って書いてなかったのかー
ウィキペディア便利だなーとかしみじみ思ったり・・・

とくに豆がいけない理由ですてきだと思ったのは

それからまた「宇宙の形をしているから」とか


ここまでくると電波っぽくて素敵すぎー;;

あとは豆畑と死に方についてのさまざまな説とかが紹介されていて
さいごはこんなふうにしめくくられています

 ピタゴラス派の哲学というものはあるが、ピタゴラスという哲学者は実は架空の人物だとの説もあるそうで、いよいよ心細くなる次第であるが、しかしこのピタゴラスと豆の話は、現在のわれわれの周囲にも日常頻繁に起りつつある人間の悲劇や喜劇の原型(プロトタイプ)であり雛形(モデル)であるとも考えられなくはない。色々の豆のために命を殞(おと)さないまでも色々な損害を甘受する人がなかなか多いように思われるのである。それをほめる人があれば笑う人があり怒る人があり嘆く人がある。ギリシャの昔から日本の現代まで、いろいろの哲学の共存することだけはちっとも変りがないものと見える。
    (昭和九年七月『東京日日新聞』)


ともかくピタゴラスと豆の関係とは
いろいろなことを考えさせてくれる組み合わせのようでした

ヽ(´ー`)ノ







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