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2017-07

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菊池容斎という日本画家のメモ

ウィキペディア好きなわけだけど・・・
ウィキメディアコモンズも楽しい

今まで知らなかった絵とか画家とかいっぱいー

というわけでこれいいなと思ったので
名前を忘れて探し出せなくなるまえにぺたぺた

日本画家で人物画をかいてる人のようです
絵の題材が日本の有名な人物です
だから日本武尊とか、藤原だれそれとか、紫式部とか、
そういう人の人物画に出会えます

いいなー

後、檜垣媼の絵もあったー

能の『檜垣』好きだけど、それはここかいたっけ?

とりあえず画像はこんなかんじ・・・

菊池容斎檜垣の媼.jpg


小野小町とか源融とかもいたようなー

▼菊池容斎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%8A%E6%B1%A0%E5%AE%B9%E6%96%8E

菊池 容斎(きくち ようさい、天明8年11月1日(1788年11月28日) - 明治11年(1878年)6月16日)は、幕末から明治初期にかけての日本画家。旧姓は河原。本名は量平または武保。

文政8年(1825年)から『前賢故実』の著作に取りかかり、天保7年(1836年)に完成させた。これは10巻より成り、神武天皇の時代から、後亀山朝にいたる日本史を代表する500人を選び、画のうえにそれぞれ小伝を加えるかまたは詩歌を掲げた。この著は容斎の歴史趣味と尊皇愛国の精神を遺憾なく伝えた代表作である。明治元年(1868年)9月に刊行。明治天皇が東京に遷るときにあたって、推薦する人があって右大臣・三条実美と左中将・東久世通禧によって天皇の目にとまり、容斎に対して「日本画師」の号を賜られた。一説によると刊行前に孝明天皇に献上され、天皇を動かして和気清麻呂に神号を追贈させるきっかけとなったという。明治7年(1874年)「土佐日記絵巻」2巻を描く。明治10年(1877年)の内国勧業博覧会に出品し、最高の竜紋褒賞を授与された。神田お玉が池の自宅において逝去。


●ウィキメディアコモンズ
http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Kikuchi_Yosai?uselang=ja


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