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2017-09

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『ツァラトゥストラはこう言った』ニーチェ~永劫回帰のあたり

時間についてとか興味深いのでその辺について書かれているのを
集めてみることにー

とりあえず中心は、今日収録した、
ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』の永劫回帰とかー

繰り返しの時間や、あるいは時間に関すること・・・

まずはお気に入りの伝道の書からー

▼『旧約聖書』 伝道の書1

:9
  先にあったことは、また後にもある、
  先になされた事は、また後にもなされる、
  日の下には新しいものはない。
:10
  「見よ、これは新しいものだ」と
  言われるものがあるか、
  それはわれわれの前にあった世々に、
  すでにあったものである。

:11
  前の者のことは覚えられることがない、
  また、きたるべき後(のち)の者のことも、
  後に起る者はこれを覚えることがない。


伝道の書は、ソロモンの言った言葉とされてるから古いー

次は新しめのベケット

▼ベケット『しあわせな日々』

しあわせな日々・芝居 (ベスト・オブ・ベケット)しあわせな日々・芝居 (ベスト・オブ・ベケット)
(1991/01)
サミュエル ベケット

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p33

およそ起こったことで、かつて一度も起こったことのないことなんてあるかしら、でも……ほんと、わからないわ。(間)こんなに刻一刻と日差しがきつくなってくると、ものが燃えだすのも当然なんじゃないかしら、燃えだすはずのないものまで、こんなふうによ、ひとりでに。(間)このわたしだって、しまいには、溶けるか燃えるかしちゃうんじゃないかしら、いえ、なにもぱっと燃え上がるっていうんじゃなくて、ただその、少しずつ焦げていって真っ黒い灰になっちゃうとか、この(腕を大きく広げて)──目に見える肉体がすっかり。そういえば、このわたしに、おだやかな日差しの時なんて今までにあったかしら。(間)ないわ。(間)おだやかな日差しの時とか、灼けただれるような日差しの時とかいうけど、無意味な言葉よ。



永劫回帰といえばここー

みつけて収録してきた

『ツァラトゥストラはこう言った』
下(岩波文庫)
ニーチェ


ツァラトゥストラはこう言った 下 岩波文庫 青639-3ツァラトゥストラはこう言った 下 岩波文庫 青639-3
(1970/01)
ニーチェ

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『ツァラトゥストラはこう言った』下

▼旅びと

p10
われわれは結局、自分自身を体験するだけなのだ。
 偶然がわたしを見舞うという時期は、もう過ぎた。いまからわたしが出会うのは、何もかもすでにわたし自身のものであったものばかりだ!
 ただ戻ってくるだけだ。ついにわが家に戻ってくるだけだ。──わたし自身の「おのれ」が。

▼幻影と謎

p15
 ツァラトゥストラが船に乗っているという評判が、船乗りたちのあいだにひろまったとき──

p18

 まことに勇気にまさる殺し屋はいない。──すすんで攻める勇気だ。すすんで攻めるとき、われわれは喨々と鳴りひびく音楽を聞くのだ。
 人間は最も勇気に満ちた動物だ。それによって、人間はすべての動物を征服した。鳴りひびく楽の音によって、かれはさらにあらゆる苦痛をも征服した。しかも人間の苦痛にまさる深い苦痛はない。
 勇気はまた、深淵をのぞきこんだときのめまいをも打ち殺す。それにしても人間はいたるところで深淵に臨んでいるのではなかろうか! 目をあけて見ること自体が、──深淵を見ることではないのか?
 勇気にまさる殺し屋はいない。勇気はまた同情をも打ち殺す。苦悩への同情こそ底の知れない深淵なのだ。深く仁政のなかをのぞけばのぞくほど、人間はそれだけ深く苦悩のなかを見るのだ。
 勇気にまさる殺し屋はいない。すすんで攻める勇気、それは死をも打ち殺す。なぜなら勇気はこう言うからだ。「これが生きるということであったのか? よし! もう一度!」
 かかることばには、喨々とひびく音楽がある。耳のある者は聞くがよい。──

p19



p19

「この門を通る道を見るがいい! 小びとよ」とわたしは言いつづけた。「それは二つの面をもっている。二つの道がここで出会っている。どちらの道も、まだそのはてまで歩いた者はいない。
 この長い道をたどれば、永遠にはてしがない。またあちらの長い道を出て行けば、──そこにも別の永遠がある。
 かれらはたがいに矛盾する、──この二つの道は。かれらはたがいに反撥しあう。──そしてこの門のところこそ、かれらがまさにぶつかっている場所なのだ。門の名は上に掲げられている。──『瞬間』と。
 ところで、誰かがこの道のひとつを選んで進んでいくとする、──どこまでもどこまでもいくとする。どうだろう、小びとよ、これらの二つの道は、永遠に喰いちがい、矛盾したきりであろうか?」──
「直線をなすものは、すべていつわりなのだ」と、小馬鹿にしたように小びとつぶやいた。「すべての真理は曲線なのだ。時間そのものもひとつの円形だ。」
「重力の魔よ!」と、わたしは怒って言った。「そう安直に言うな! さもないと、おまえをその坐った場所におきざりにするぞ、足萎えめ!──おまえをこの高みまで担いできたのは、このわたしだ!」
 さらに、わたしは言いつづけた。「見るがいい、この『瞬間』を! この瞬間の門から、ひとつの長い永遠の道がうしろの方へはるばるとつづいている。われわれの背後にはひとつの永遠がある。
 およそ走りうるすべてのものは、すでに一度この道を走ったことがあるのではなかろうか? およそ起こりうるすべてのことは、すでに一度起こり、行われ、この道を走ったことがあるのではなかろうか?
 すでにすべてのことがあったとすれば、小びとよ、おまえはこの『瞬間』そのものをどう思うか? この門もまたすでに──あったのではなかろうか? そして一切の事物は固く連結されているので、そのためこの瞬間はこれからくるはずのすべてのものをひきつれているのではなかろうか? したがって、──自分自身をも?
 まことに、およそ走りうるすべてのものは、この向こうへ延びている長い道を──やはりもう一度走らなければならないのだ!──
 そして、ここに月光をあびてのろのろと這っている蜘蛛、この月光そのもの、そして門のほとりで永遠の問題についてささやきかわしているわたしとおまえ、──われわれはみな、すでにいつか存在したことがあるのではなかろうか?
 ──そしてまためぐり戻ってきて、あの向こうへ延びているもう一つの道、あの長い恐ろしい道を走らなければならないのではなかろうか、──われわれは永遠にわたってめぐり戻ってこなければならないのではないかろうか?──」


p22
 犬がこんなふうに吠えるのを、いつか自分は聞いたことがあったのではないか? わたしの思い出は過去にさかのぼった。


永劫回帰についてはまたいずれー

ってことで、他も収録しての感想

永劫回帰(die ewige Wiederkunft des Gleichen)

ところでニーチェは、神は死んだ、といって
それまでの神が支配したヨーロッパの思想を否定したけど
神のかわりに「人間」をうちたてただけに思えるかも・・・

個人的には仏教徒というか仏教思想が一番なじんでるので
諸法無我とか、ともかく無なのがなじむから
この辺、ニーチェは西洋の系譜をついでいるのは確か
ニーチェは西洋人だからあたりまえだけど・・・

権威ある人が何かいうと影響力がありすぎるのがこまりもの・・・
(権威があるのはその思いつき以外の業績に基づいているにも拘わらず)

何か偉大な業績があれば、その権威への盲信だけで
その業績以外の思いつきでさえ、ありがたがられたり・・・

偉大な人だって、野球中継をみていて一言いいたくなったりするわけだけど・・・

とりあえず、ニーチェは権威ありすぎなのがこわい・・・
ニーチェ好きだけど、その辺はむずかしいな

ヽ(´ー`)ノ

同じ西洋だけど、フーコーの言葉を思い出したり
エピステーメーとしての人間、、、

「人間は、われわれの思考の考古学によってその日付の新しさが容易に示されるような発明にすぎぬ。そしておそらくその終焉は間近いのだ。」(言葉と物、最後のほう)

あと、勇気とか、勇ましい言葉づかいのこと

これは著者の趣味とかがあらわれているんだろうけれど・・・
まあいいや、中学生とかが好きそう・・・

神は死んだ、みたいに、人間も消滅する、と考える方が好き・・・

『言葉と物』第十章 人文諸科学
フーコー

人間は、われわれの思考の考古学によってその日付の新しさが容易に示されるような発明にすぎぬ。そしておそらくその終焉は間近いのだ。
 もしもこうした配置が、あらわれた以上消えつつあるものだとすれば、われわれがせめてその可能性くらいは予感できるにしても、さしあたってなおその形態も約束も認識していない何らかの出来事によって、それが十八世紀の曲がり角で古典主義的思考の地盤がそうなったようにくつがえされるとすれば──そのときこそ賭けてもいい、人間は波打ちぎわの砂の表情のように消滅するであろうと。



人間の消滅──って概念を目下考え中ー



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