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2017-06

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オペラ「モーゼとアロン」~唯一で永遠で偏在し見えない考えられない神

昨日、オペラ「モーゼとアロン」見てきたので
それについていろいろー

「モーゼとアロン」
http://www.nbs.or.jp/berlin2007/detail03_top.html

作曲:シェーンベルク
ベルリン国立歌劇場
指揮:バレンボイム
演出・美術:ペーター・ムスバッハ
モーゼ:ジークフリート・フォーゲル
アロン:トーマス・モーザー


スタッフ&出演者
 http://www.nbs.or.jp/berlin2007/detail03_cast.html

東京文化会館(上野)
2007年10月20日
3時~5時10分(休憩25分)(約2時間10分)
パンフレット3000円(お買いあげ)
B席37000円(3階L)

モーゼとアロン4.jpg



おまけ・・・

「モーゼとアロン」チケット買ったときに書いたブログ
 http://ameblo.jp/kuzukiriz/theme2-10003022286.html

ヽ(´ー`)ノ

NBSのサイトに動画ではこんな感じで紹介されていました

モーゼとアロン1.jpg
「この作品を日本で上演するのは私の義務だ!!」

  使命感に燃えたバレンボイムが
  全身全霊をかけて挑む奇蹟のオペラ!

日本で37年ぶりの本格上演が実現!


というかんじで、あまり上演されないオペラなのは確かなようです
37年ぶりということはもしかしたらこれを逃すと
あと37年まつことになったら大変ですねー

NBSのサイトの説明はこんな感じ・・・

 ベルリン国立歌劇場でシェーンベルクの大作『モーゼとアロン』プレミエが行われた2004年4月、その衝撃的な上演のニュースは世界へと広まりました。このオペラのテーマは、神の存在をめぐる思想(言葉)とイメージ(音楽)の対立とされていますが、ペーター・ムスバッハによる演出は、まさに現代社会を映したものとしてつくられ、我々に問題を提起したからです。特徴的なのは、本来はモーゼがいなくなり、不安と焦燥に駆られた民衆の前に、アロンが仕立てたのは黄金の仔牛と設定されていますが、これを人型の黄金の像に変えていることです。やがて民衆の心が離れたときには、その頭部がもぎ取られ、倒された像のうえで大騒動が巻き起こる…。この光景は、誰の目にも、その前年に世界を震撼させたフセイン政権崩壊を思わせるものでした。また、出演者全員が背広にネクタイ、髪をなでつけサングラスをかけているというのが、映画「マトリックス」を連想させたことも、視覚的に強いインパクトを与えたのです。
 モーゼとアロンという二人の主役とともに、このオペラの上演に重要な役割を果たすのは合唱団。音楽監督バレンボイムは合唱団には2年、オーケストラには半年余という時間をかけて、この難曲の上演に取り組んだといいます。
 こうして、誕生したバレンボイムベルリン国立歌劇場の「モーゼとアロン」は、来年秋の日本公演においても、最大の注目を集めるばかりではなく、日本オペラ上演史上においても、歴史に残る大きな出来事となるはずです。



▼ストーリー

1幕

神はモーゼにイスラエルの民を救う役割を命じた。そして弁舌の不得意なモーゼに雄弁で実行力のある助手としてアロンを指名する。モーゼとアロンの兄弟は荒野で出会う。目に見えぬ神の本質を形而上的に捉えようとするモーゼと、神の存在を民衆に理解させるためには具体的な印が必要とするアロン。モーゼとアロンは、ファラオの圧政に苦しめられながら新しい神による救済を待ち望んでいる民衆の前に姿を表わす。アロンは、モーゼの思考を借りたかたちで、神は正義の者にのみ見えると説くが、民衆は理解できず反発する。説得の困難さを感じるモーゼの傍ら、アロンはたまらずに自らの行為で示そうと、モーゼの杖をひったくり、これを蛇に変えてみせる。民衆はこの奇蹟のとりことなり、アロンの偉大な力を讃え、アロンがモーゼの僕であり、そのモーゼが神の僕であるなら、神の力はいかばかりか!と驚く。さらにアロンは苦しむ病人をモーゼの手によって癒し、ナイル河の水を血に変えて見せるので、民衆の驚きは頂点へと達する。アロンの巧みな弁舌に、民衆は約束の地をめざしてエジプトから脱出の道へと歩み出す。


シナイ山麓。モーゼは神の啓示を求めて40日も山にこもったきり。いらだつ民衆はモーゼへの不信を叫び、われわれの神を返せと騒ぎ出す。アロンは遂に、彼らに昔の神々の偶像崇拝を許す。黄金の仔牛の像が呈され、祭儀が始まる。解放感を得た民衆たちに喧騒が広がる。やがて祭壇に上がった全裸の少女は祭司たちに抱擁された挙げ句、恍惚の絶頂で刺殺される。いまや放縦と驚喜の世界となったなかで、自殺する者、乱交する者など、恐るべき情景が強烈な音楽とともに繰り広げられる。狂乱が静まろうとする頃、山から下りて来たモーゼは、怒って仔牛の像を壊し、アロンに詰め寄る。アロンは具体的な印をもって導くほかはなかったのだと反駁する。平行線の論争のなかで、言葉ではアロンに及ばないモーゼは、山上から携えてきた十戒の記された石板を砕く。神の印に導かれて進む民衆の姿に、モーゼは再び無力感に打ちのめされ、「言葉よ、わたしに欠けているのは言葉だ」と崩折れる。

(3幕上演なし)



ヽ(´ー`)ノ



1幕から感想つきでみていってみます
パンフレットを参照しつつ
台詞っぽいのがあれば適宜収録

▼1幕

・1場
──モーゼはいばらの茂みから神の声をきく

「唯一であり、永遠であり、あらゆるところにいるが
見えない、そして思い浮かべることさえできない神よ!」

„Einziger, ewiger, allgegenwärtiger, unsichtbarer und unvorstellbarer Gott.“

 (モーゼの神への呼びかけの言葉、一番最初の?)

「私は考えることができるが、語ることはできない」



モーゼは見えない神について思索するようなタイプの人のようです
内省的な人で、民衆を救うとか諭すということは
苦手なようです
神は、語るのが上手な弟アロンに語らせるように、
とモーゼにいいます

この「私は考えることができるが、語ることはできない」は、
ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を思い出しました

像はそれにも登場する言葉だし・・・

二・一 われわれは事実の像を作る。
……
二・一二 像は現実に対する模型である。

●三 事実の論理像が思考である。
三・〇〇一 「ある事態が思考可能である」とは、われわれがその事態の像を作りうるということにほかならない。
……
三・〇一 真なる思考の総体が世界の像である。
三・〇二 思考は、思考される状況が可能であることを含んでいる。思考しうることはまた可能なことでもある。
三・〇三 非論理的なものなど、考えることはできない。なぜなら、それができると言うのであれば、そのときわれわれは非論理的に思考しなければならなくなるからである。

四・一一五 哲学は、語りうるものを明晰に描写することによって、語りえぬものを指し示そうとするだろう。

五・六 私の言語の限界(・・・・・・・)が私の世界の限界を意味する。
……
五・六二 この見解が、独我論はどの程度正しいのかというという問いに答える鍵となる。
 すなわち、独我論の言わんとする(・・・・・・)ところはまったく正しい。ただ、それは語られ(・・・)えず、示されているのである。
 世界が私の(・・)世界であることは、この(・・)言語(私が理解する唯一の言語)の限界が私の(・・)世界の限界を意味することに示されている。
五・六二一 世界と生とはひとつである。
五・六三 私は私の世界である。(ミクロコスモス。)
五・六三一 思考し表象する主体は存在しない。
 「私が見いだした世界」という本を私が書くとすれば、そこでは私の身体についても報告が為され……。これはすなわち主体を孤立させる方法、というよりむしろある重要な意味においては主体が存在しないことを示す方法である。つまり、この本の中で論じることのできない(・・)唯一のもの、それが主体なのである。
五・六三二 主体は世界に属さない。それは世界の限界である。

五・六四一 それゆえ、哲学において、自我について心理学的にではなく論じうる意味がたしかにある。 自我は、「世界は私の世界である」ということを通して、哲学に入りこむ。 哲学的自我は人間ではなく、人間の身体でも、心理学が扱うような人間の心でもない。それは形而上学的主体、すなわち世界の──部分ではなく──限界なのである。

六・四四 神秘とは、世界がいかに(・・・)あるかではなく、世界があるというそのこと(・・・・)である。

★六・五 答えが言い表しえないならば、問いを言い表すこともできない。 謎(・)は存在しない。
……
六・五二 たとえ可能な(・・・)科学の問いがすべて(・・・)答えられたとしても、生の問題は依然としてまったく手つかずのまま残されるだろう。これが……われわれの直感である。もちろん、そのときもはや問われるべき何も残されていない。そしてまさにそれが答えなのである。
……
六・五三 語りうること以外は何も語らぬこと。自然科学の命題以外は──それゆえ哲学とは関係のないこと以外は──何も語らぬこと。そして……
……

●七 語りえぬものについては、沈黙せねばならない。



モーゼはこんなことを考えたりしそうな人っぽいです
次に出会うアロン、さらにその後に登場する民衆たちとは
このオペラのモーゼは(聖書のモーゼとは性格が違うようで)
随分、かけ離れています


・2場
──モーゼとアロンが荒野で出会う

・3場
──民衆はモーゼとアロンを待つ

・4場
──モーゼとアロンが民衆に新しい神の言葉をとく

「見えない神」を説くモーゼと
「感じられる神」でないと受け入れられない民衆
アロンは杖を蛇に変えたり、ナイル川の水を血にしたり
奇蹟を起こして、民衆を説得する

モーゼの言葉、モーゼの神は
民衆のそれとはそもそも違います
モーゼの民衆に理解されない絶望は
もともと、別なものに同じ名前をつけているから
(モーゼの神と民衆の神)かも
と思ったりしました
アロンは、この隔絶を知っていて
なんとか橋渡ししようと努力します
モーゼより、民衆を理解しています
(彼は民衆を愛しているとモーゼに語っています)
彼はモーゼよりも民衆の遠さを知っているかもしれません
だからこそ、モーゼの言葉が絶対に民衆に伝わらないと知って
奇蹟をおこしたり、民衆の望みを取り入れたりして
なんとか、説得させようと試みます
民衆は素直なわけでないこと、民衆なりの価値観を大事にしていること
それをモーゼより分かっているのではないでしょうか

民衆に歩み寄り、奇蹟を見せることによって
民衆はモーゼを理解し、モーゼの神を敬う、と言います

▼2幕

・1場
──アロンと長老と民衆は、シナイ山の麓で待つ

「モーゼはどこだ」



40日もまたされて見捨てられたと思って荒れる民衆

・2場、3場
──民衆、偶像を作ってまつり、どんちゃんさわぎ

・4場
──モーゼ、シナイ山から石版を持って帰る

「モーゼが山をおりてくる」



・5場
──モーゼ、アロンに怒り、絶望する

「それも偶像だ」
  (アロンがモーゼに、石版について指摘)

「言葉よ、私にはお前が欠けている」
  (モーゼの最後の言葉)



民衆はモーゼを待てず、偶像を崇めます
けれども、民衆たちは愚かなだけともいいきれません
彼らは、モーゼを待たなかったいっぽうで
この作品では、一貫して、自分たちの神を求め続けています

彼らはどの神につこうか、心変わりが激しいだけで
それは「唯一の神」でなければ気が済まない
モーゼの神にはうけいれられることではなかったけれども
彼らは、らんちき騒ぎをしたりしつつも
神を求めます
神のためなら、命も財産も捧げる──といっています

つまり彼らは、信仰や神をないがしろにしているわけではなく
宗教を必要としていないわけでもありません

なぜこんなに人は宗教や神を必要とするのだろうか?
という疑問がひきおこされます

神の存在を信じられなければ、自信も気力も勇気もない
──彼らはエジプトの地で酷使されていた人々です
神、権威に頼らず、自信を持てる、気力を持てる
ということは、なかなか難しいことです

ニーチェは、「神は死んだ」といったけれども
そう言い切れる人は、少数派です

心理学的に、必要とするものなのかも・・・


▼3幕
(台詞のみ、今回上演なし)




旧約聖書、出エジプト記の抜粋ー

▼聖書
(出エジプト記)抜粋

http://www.bible.or.jp/main.html


出エジプト記 / 1章 22節

ファラオは全国民に命じた。「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ。」

1:出エジプト記 / 3章 1節

モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。


2:出エジプト記 / 3章 2節

そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。


3:出エジプト記 / 3章 3節

モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」


4:出エジプト記 / 3章 4節

主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、


5:出エジプト記 / 3章 5節

神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」


6:出エジプト記 / 3章 6節

神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。


7:出エジプト記 / 3章 7節

主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。


8:出エジプト記 / 3章 8節

それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。


9:出エジプト記 / 3章 9節

見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。


10:出エジプト記 / 3章 10節

今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」


11:出エジプト記 / 3章 11節

モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」


12:出エジプト記 / 3章 12節

神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」


13:出エジプト記 / 3章 13節

モーセは神に尋ねた。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」


14:出エジプト記 / 3章 14節

神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」


15:出エジプト記 / 3章 15節

神は、更に続けてモーセに命じられた。「イスラエルの人々にこう言うがよい。あなたたちの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主がわたしをあなたたちのもとに遣わされた。これこそ、とこしえにわたしの名/これこそ、世々にわたしの呼び名。


16:出エジプト記 / 3章 16節

さあ、行って、イスラエルの長老たちを集め、言うがよい。『あなたたちの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主がわたしに現れて、こう言われた。わたしはあなたたちを顧み、あなたたちがエジプトで受けてきた仕打ちをつぶさに見た。


17:出エジプト記 / 3章 17節

あなたたちを苦しみのエジプトから、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む乳と蜜の流れる土地へ導き上ろうと決心した』と。


18:出エジプト記 / 3章 18節

彼らはあなたの言葉に従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちを伴い、エジプト王のもとに行って彼に言いなさい。『ヘブライ人の神、主がわたしたちに出現されました。どうか、今、三日の道のりを荒れ野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。』

2:出エジプト記 / 4章 2節

主は彼に、「あなたが手に持っているものは何か」と言われた。彼が、「杖です」と答えると、


3:出エジプト記 / 4章 3節

主は、「それを地面に投げよ」と言われた。彼が杖を地面に投げると、それが蛇になったのでモーセは飛びのいた。


4:出エジプト記 / 4章 4節

主はモーセに、「手を伸ばして、尾をつかめ」と言われた。モーセが手を伸ばしてつかむと、それは手の中で杖に戻った。


5:出エジプト記 / 4章 5節

「こうすれば、彼らは先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、主があなたに現れたことを信じる。」


6:出エジプト記 / 4章 6節

主は更に、「あなたの手をふところに入れなさい」と言われた。モーセは手をふところに入れ、それから出してみると、驚いたことには、手は重い皮膚病にかかり、雪のように白くなっていた。


7:出エジプト記 / 4章 7節

主が、「手をふところに戻すがよい」と言われたので、ふところに戻し、それから出してみると、元の肌になっていた。


8:出エジプト記 / 4章 8節

「たとえ、彼らがあなたを信用せず、最初のしるしが告げることを聞かないとしても、後のしるしが告げることは信じる。


9:出エジプト記 / 4章 9節

しかし、この二つのしるしのどちらも信ぜず、またあなたの言うことも聞かないならば、ナイル川の水をくんできて乾いた地面にまくがよい。川からくんできた水は地面で血に変わるであろう。」


10:出エジプト記 / 4章 10節

それでもなお、モーセは主に言った。「ああ、主よ。わたしはもともと弁が立つ方ではありません。あなたが僕にお言葉をかけてくださった今でもやはりそうです。全くわたしは口が重く、舌の重い者なのです。」


11:出エジプト記 / 4章 11節

主は彼に言われた。「一体、誰が人間に口を与えたのか。一体、誰が口を利けないようにし、耳を聞こえないようにし、目を見えるようにし、また見えなくするのか。主なるわたしではないか。


12:出エジプト記 / 4章 12節

さあ、行くがよい。このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう。」


13:出エジプト記 / 4章 13節

モーセは、なおも言った。「ああ主よ。どうぞ、だれかほかの人を見つけてお遣わしください。」


14:出エジプト記 / 4章 14節

主はついに、モーセに向かって怒りを発して言われた。「あなたにはレビ人アロンという兄弟がいるではないか。わたしは彼が雄弁なことを知っている。その彼が今、あなたに会おうとして、こちらに向かっている。あなたに会ったら、心から喜ぶであろう。


15:出エジプト記 / 4章 15節

彼によく話し、語るべき言葉を彼の口に託すがよい。わたしはあなたの口と共にあり、また彼の口と共にあって、あなたたちのなすべきことを教えよう。


16:出エジプト記 / 4章 16節

彼はあなたに代わって民に語る。彼はあなたの口となり、あなたは彼に対して神の代わりとなる。


17:出エジプト記 / 4章 17節

あなたはこの杖を手に取って、しるしを行うがよい。」

6:出エジプト記 / 7章 6節

モーセとアロンは、主が命じられたとおりに行った。


7:出エジプト記 / 7章 7節

ファラオに語ったとき、モーセは八十歳、アロンは八十三歳であった。


アロンの杖
8:出エジプト記 / 7章 8節

主はモーセとアロンに言われた。


9:出エジプト記 / 7章 9節

「もし、ファラオがあなたたちに向かって、『奇跡を行ってみよ』と求めるならば、あなたはアロンに、『杖を取って、ファラオの前に投げよ』と言うと、杖は蛇になる。」


10:出エジプト記 / 7章 10節

モーセとアロンはファラオのもとに行き、主の命じられたとおりに行った。アロンが自分の杖をファラオとその家臣たちの前に投げると、杖は蛇になった。


11:出エジプト記 / 7章 11節

そこでファラオも賢者や呪術師を召し出した。エジプトの魔術師もまた、秘術を用いて同じことを行った。


12:出エジプト記 / 7章 12節

それぞれ自分の杖を投げると、蛇になったが、アロンの杖は彼らの杖をのみ込んだ。

1:出エジプト記 / 8章 1節

主は更にモーセに言われた。「アロンにこう言いなさい。杖を取って、河川、水路、池の上に手を伸ばし、蛙をエジプトの国に這い上がらせよ。」


2:出エジプト記 / 8章 2節

アロンがエジプトの水の上に手を差し伸べると、蛙が這い上がってきてエジプトの国を覆った。

19:出エジプト記 / 12章 19節

七日の間、家の中に酵母があってはならない。酵母の入ったものを食べる者は、寄留者であれその土地に生まれた者であれ、すべて、イスラエルの共同体から断たれる。
26:出エジプト記 / 14章 26節

主はモーセに言われた。「海に向かって手を差し伸べなさい。水がエジプト軍の上に、戦車、騎兵の上に流れ返るであろう。」


27:出エジプト記 / 14章 27節

モーセが手を海に向かって差し伸べると、夜が明ける前に海は元の場所へ流れ返った。エジプト軍は水の流れに逆らって逃げたが、主は彼らを海の中に投げ込まれた。


28:出エジプト記 / 14章 28節

水は元に戻り、戦車と騎兵、彼らの後を追って海に入ったファラオの全軍を覆い、一人も残らなかった。


29:出エジプト記 / 14章 29節

イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んだが、そのとき、水は彼らの右と左に壁となった。


30:出エジプト記 / 14章 30節

主はこうして、その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた。イスラエルはエジプト人が海辺で死んでいるのを見た。


31:出エジプト記 / 14章 31節

イスラエルは、主がエジプト人に行われた大いなる御業を見た。民は主を畏れ、主とその僕モーセを信じた。

十戒
1:出エジプト記 / 20章 1節

神はこれらすべての言葉を告げられた。


2:出エジプト記 / 20章 2節

「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。


3:出エジプト記 / 20章 3節

あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。


4:出エジプト記 / 20章 4節

あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。


5:出エジプト記 / 20章 5節

あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、


6:出エジプト記 / 20章 6節

わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。


7:出エジプト記 / 20章 7節

あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。


8:出エジプト記 / 20章 8節

安息日を心に留め、これを聖別せよ。


9:出エジプト記 / 20章 9節

六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、


10:出エジプト記 / 20章 10節

七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。


11:出エジプト記 / 20章 11節

六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。


12:出エジプト記 / 20章 12節

あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。


13:出エジプト記 / 20章 13節

殺してはならない。


14:出エジプト記 / 20章 14節

姦淫してはならない。


15:出エジプト記 / 20章 15節

盗んではならない。


16:出エジプト記 / 20章 16節

隣人に関して偽証してはならない。


17:出エジプト記 / 20章 17節

隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない。」


18:出エジプト記 / 20章 18節

民全員は、雷鳴がとどろき、稲妻が光り、角笛の音が鳴り響いて、山が煙に包まれる有様を見た。民は見て恐れ、遠く離れて立ち、


19:出エジプト記 / 20章 19節

モーセに言った。「あなたがわたしたちに語ってください。わたしたちは聞きます。神がわたしたちにお語りにならないようにしてください。そうでないと、わたしたちは死んでしまいます。」


20:出エジプト記 / 20章 20節

モーセは民に答えた。「恐れることはない。神が来られたのは、あなたたちを試すためであり、また、あなたたちの前に神を畏れる畏れをおいて、罪を犯させないようにするためである。」

21:出エジプト記 / 20章 21節

民は遠く離れて立ち、モーセだけが神のおられる密雲に近づいて行った。

金の子牛
1:出エジプト記 / 32章 1節

モーセが山からなかなか下りて来ないのを見て、民がアロンのもとに集まって来て、「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください。エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです」と言うと、

14:出エジプト記 / 32章 14節

主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された。


15:出エジプト記 / 32章 15節

モーセが身を翻して山を下るとき、二枚の掟の板が彼の手にあり、板には文字が書かれていた。その両面に、表にも裏にも文字が書かれていた。


16:出エジプト記 / 32章 16節

その板は神御自身が作られ、筆跡も神御自身のものであり、板に彫り刻まれていた。
17:出エジプト記 / 32章 17節

ヨシュアが民のどよめく声を聞いて、モーセに、「宿営で戦いの声がします」と言うと、


18:出エジプト記 / 32章 18節

モーセは言った。「これは勝利の叫び声でも/敗戦の叫び声でもない。わたしが聞くのは歌をうたう声だ。」

17:出エジプト記 / 32章 17節

ヨシュアが民のどよめく声を聞いて、モーセに、「宿営で戦いの声がします」と言うと、


18:出エジプト記 / 32章 18節

モーセは言った。「これは勝利の叫び声でも/敗戦の叫び声でもない。わたしが聞くのは歌をうたう声だ。」

21:出エジプト記 / 32章 21節

モーセはアロンに、「この民があなたに一体何をしたというので、あなたはこの民にこんな大きな罪を犯させたのか」と言うと、


22:出エジプト記 / 32章 22節

アロンは言った。「わたしの主よ、どうか怒らないでください。この民が悪いことはあなたもご存じです。

27:出エジプト記 / 32章 27節

彼らに、「イスラエルの神、主がこう言われる。『おのおの、剣を帯び、宿営を入り口から入り口まで行き巡って、おのおの自分の兄弟、友、隣人を殺せ』」と命じた。


28:出エジプト記 / 32章 28節

レビの子らは、モーセの命じたとおりに行った。その日、民のうちで倒れた者はおよそ三千人であった。


29:出エジプト記 / 32章 29節

モーセは言った。「おのおの自分の子や兄弟に逆らったから、今日、あなたたちは主の祭司職に任命された。あなたたちは今日、祝福を受ける。」

14:出エジプト記 / 34章 14節

あなたはほかの神を拝んではならない。主はその名を熱情といい、熱情の神である。



ヽ(´ー`)ノ

というわけで、聖書の出エジプト記が
モーゼとアロンの出典です
聖書通りではなくて、作者シェーンベルク
(台本を書いたのはシェーンベルク)の創作も含まれています
聖書のモーゼと、オペラのモーゼの性格は同じではないですね
オペラでは奇蹟を行ったのはアロンであり
モーゼはむしろそのような奇蹟で人々を扇動することを
嫌うような人物となっているようです
聖書ではモーゼが杖を蛇にしたりする奇蹟を行っています

聖書の出エジプト記は長いけど、物語としても面白いかも

オペラのテーマは
目に見えない存在と目に見える存在の対立
──といっていいかも
モーゼは抽象的、理念的です
イデアと物質、みたいな対立と見てもいいのかな?

モーゼ──思想、抽象、普遍、永遠、理知
アロン──具象、感情、世俗、政治

なんとなくこんな属性の振り分けができるかも

モーゼは、「自分には言葉が欠落している」と2幕最後にいいます
この場合の言葉は、彼が思想に使っている言葉
(言葉なしに思想することはありえない、
 彼は神の言葉を聞き、神と問答している)
ではなく、
民衆へ伝達する道具としての言葉です

オペラの一番のテーマはモーゼとアロンの対比だと思うけど
民衆の存在感も強いです
ときどき、モーゼとアロンの対立は思想家同士の議論でしかなく
民衆や世間とは隔絶した空論のようにさえ、感じられます

でも、作品として面白いのは
モーゼの「見えない神」のテーマじゃないかなー
こういうテーマのオペラはあんまりないし

というわけで、また民衆について

民衆が求めている
社会的、精神的安定に必要な
権威、規範、思考の枠組みとしての神と、
思索者の真理の追究としての神と
同名なだけで別のものなのではないでしょうか?
(前も書いたっけ?)

で、モーゼの神は「唯一の神」と自らいい
「私以外の神を認めてはならない」というような神なので
別の名前をつけるわけにもいかないのかも



ウィキペディアから、モーゼとアロン、シェーンベルクのこと


モーゼとアロン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%B3

『モーゼとアロン』(Moses und Aron)はアルノルト・シェーンベルク作曲の未完のオペラ。

十二音技法によって書かれ、1つのセリー(音列)が基礎になっている。単一のセリーでオペラを書いたことはシェーンベルクには1つの誇りであったようで、エッセイ「12音技法の作曲」の中で「私は1つのセリーで1曲のオペラを作ることができる」と述べている。全3幕の予定だったが、第3幕はシェーンベルクによる台本が書かれたのみで作曲は中断された。第2幕まではオーケストレーションも含めてシェーンベルク自身の手で完成されている。全曲にわたって演奏は技術的に困難であり、第2幕第3場の「黄金の子牛の踊り」は特に難しい。シェーンベルク自身は、エレクトロニクスの力を借りなければ演奏は不可能だろうと考えていたと言われる。

作曲の経過
当初はオペラとしてではなく、カンタータ「モーゼと燃える柴」として構想された。現在知られている限り、このことに触れたのはアントン・ヴェーベルン宛の手紙(1926年3月29日)が最初であるが、その内容から見ると、台本はもっと以前から手をつけていたらしい(1933年10月16日のアルバン・ベルク宛の手紙でも、同様の内容のことが触れられている)。

1926年以降になって「モーゼと燃える柴」を改作した際、より大規模な作品にすることに決め、1928年10月にその台本草稿を完成させた。この段階では、オラトリオとして作曲するつもりであったらしい。しかし、その後18ヶ月間は進展がなく、1930年5月になって、ようやく第1、2幕の台本の最終版が完成される。「モーゼとアロン」をオペラとして作曲することを考え始めるのはこのころであるらしい。

作曲は、1930年5月7日に開始され、第1幕は1931年7月14日に完成。間奏曲は、同年同月の20から25日に書かれた。その後、直ちに第2幕の作曲に入り、1932年3月10日に完成された。この間に第3幕のスケッチも行われていたが、スケッチのレベルを越えることはなかった。ナチスに追われて、1933年にシェーンベルクはアメリカへ移住するが、その後も第3幕の完成をあきらめたわけではなかった。1933年6月から1934年3月にかけて、第3幕の台本が改稿されている。この時点で、シェーンベルクは第3幕の方向性を大きく旋回させている。また、1937年には、第3幕の音楽をどうするかについて一考している。

シェーンベルクは最晩年に至っても、第3幕の完成には意欲をみせていたようである。未完に終わった理由は諸説あるが、決定的なものはない。


[編集] 台本
旧約聖書の「出エジプト記」の第3、4、32章を下敷きにシェーンベルク自身によって作られた。宗教的題材を基礎としながらも、シェーンベルクの解釈はかなり個性的である。その理由の一つは、ナチスによるユダヤ人迫害というドイツの政治的状況にある。


[編集] 曲の構成

[編集] 第1幕
第1幕は4場からなる。


[編集] 第1場
神が燃える柴を通してモーゼに、神の預言者となり、エジプトでファラオの奴隷になっているイスラエルの民を解放せよと伝える。モーゼは、自分は年老いているし、誰も自分を信じようとはしないだろうと言う。しかし、神はそれを否定する。重ねてモーゼは、自分には、民衆を説得するだけの弁舌の才がないことを訴える。神は、モーゼの口の代わりになる人物として、モーゼの弟、アロンを挙げる。そして、イスラエルの民は唯一の神によって選ばれたる民であり、ゆえに神を知り、ただ一つの神を崇拝すべきである、イスラエルの民は今後数千年にわたって多くの辛苦に耐えねばならない、しかし、その末に、イスラエルの民は神と一体となり、全人類のモデルとなるであろう、と約束する。


[編集] 第2場
モーゼは荒野でアロンと出会う。しかし、対話のうちに、両者の考え方の違いが次第に露わになる。アロンは、想像することができない神を、イスラエルの民が愛することができるのかと疑問を抱く。そして、神は人の罪を代々にわたって罰し、 また、神の命令に忠実なる者には報いるのだと言う。アロンは、新たなる神がイスラエルの民をファラオの呪縛から解放することに希望を託す。一方、モーゼは、神は見ることのできない全能の存在であり、人を罰したり、報いたりはしない、乞食が願いを聞きいれてもらうために供物を捧げたとしても、神はそれに心を動かされるようなことはないと、反論する。


[編集] 第3場
若者と、少女、男、司祭が、モーゼやアロン、そして新たなる神について語り合っている。一部の者は、モーゼが戻ってきて新たな反乱をそそのかすのではないかと心配する。若者は、新たなる神がどのように見えるだろうか、と想像し、 男は、神はファラオよりも強いだろう、そして、我々を助けてくれるだろう、と想像する。少女は、快活で若く、ハンサムな神だろうと思う。民衆の意見は2つに割れる。一方は、新たなる神は、我々を救い、ファラオよりも強い神であるから、崇拝すべきだと言う。他方は、ファラオよりも強い神などいない、神々は我々に愛など与えてくれない、今のままがいい、と言う。やがて、遠くからモーゼとアロンがやってくるのが見える。


[編集] 第4場
モーゼとアロンが民衆の前に現れる。アロンは民衆に、新たなる神を崇拝すべきことを説く。民衆は、神を見せろと迫る。 アロンは、神は見ることが出来る存在ではないと説明するが、民衆は納得せず、そのような神は欲しない、そのような神に 与えられる自由などいらないと言い、嘲笑する。モーゼは、自分の思考をアロンの言葉を通して伝えられないことに失望する。アロンは、モーゼの杖を持ち出し、民衆の目の前でそれを地面に投げ出し、杖を蛇に変えて見せる。そして、おののく民衆の前で、蛇がモーゼの手に戻ると再び杖に変化する様子を見せる。アロンは、杖は法をあらわす、そして、その杖はモーゼのものである、ゆえに、モーゼに従うのだ、と説く。民衆は、アロンが杖を蛇に変えた力に驚き、その蛇を杖に戻したモーゼの更に大きな力に驚く。そして、アロンがモーゼの僕であり、さらにモーゼは神の僕であり、それならば、新たなる神の力も大いなるものであろうと考えるようになる。

そこに司祭が異議を唱える。新たなる神がファラオの力に打ち勝ち、我々を自由にできるのか、と。民衆は疑心暗鬼になる。アロンは、説得のために、モーゼの健康な手を民衆に示して、もう一つの奇跡を起こしてみせる。民衆に向かって、司祭の考えは病んでいる、そして、それを知っているがゆえに、モーゼの心もまた病にかかっている、そのために、モーゼの手を胸に置くと、健康だった手がただれてしまうのだ、と言って、実際、その通りになることを実演してみせる。これにおののく民衆に向かって、アロンは更に続ける。しかし、同時にモーゼの胸には神が宿っている、ゆえに、その力が、ただれた手を再び健康な手に戻すことが出来るのだ、と。民衆は、実際にそうなる様子に驚愕する。アロンは、自分たちの心の中に宿る神を探せ、その力がファラオを打ち負かすのだと、熱烈に説く。こうして、民衆は新たなる神を受け入れる。アロンは、砂漠をぬけた後に、神がイスラエルの民を約束の地へと導くだろうと約束する。


[編集] 間奏曲
合唱つきの短い間奏曲。シナイ山へ上ったまま40日待っても戻らないモーゼを待つ民衆の不安がモティーフとなっている。


[編集] 第2幕
第2幕は全5場からなる。(以下、準備中)

この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。




[編集] 楽器編成
この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

[編集] 演奏時間
1時間40分(各幕50分)


[編集] 演奏形式
劇場用オペラとして作曲されたが、演奏会形式のオペラや一種のオラトリオとして演奏されることもある。完成された第2幕まで演奏して終了する形態と、その後第3幕のセリフのみをモーゼとアロンの対話として語らせて終了する形態の2種類がある。


[編集] 初演
1950年にフィレンツェ5月音楽祭での初演の計画が持ち上がるが、これは頓挫した。代わって、第2幕の「黄金の子牛の踊り」だけがコンサートで初演された(1951年7月2日、ダルムシュタット。指揮はヘルマン・シェルヘン)。2幕まで通してのコンサート初演は、1954年3月12日、ハンブルクで、指揮はハンス・ロスバウト。舞台初演は、1957年6月6日、チューリッヒ。国際現代音楽協会(International Society of Contemporary Music) の世界音楽祭にて。

日本初演は1970年3月28日に、大阪のフェスティヴァルホールにて、ブルーノ・マデルナ指揮、ベルリン・ドイツ・オペラによって行われた(2幕版)。


[編集] 出版
楽譜は、ショット社(マインツ)、オイレンブルク社から出版されている。




シェーンベルク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF

アルノルト・シェーンベルク (Arnold Schoenberg, 1874年9月13日 - 1951年7月13日) はオーストリアの作曲家。調性を脱し無調音楽に入り12音技法を創始したことで知られる。 アメリカに帰化した際、ドイツの政策に嫌気が指して綴りをドイツ語式のSchönbergから英語式のSchoenbergに改めた。ドイツ語や英名の読み方を知らない者からは「スコエンバーグ」、「スコエンベルグ」などと呼ばれることもあった。

経歴と音楽

[編集] 出生
父シャームエル・シェーンベルク (Sámuel Schönberg 1838年 - 1889年 [1]) は代々ハンガリーのノーグラード県セーチェーニに住むユダヤ人で、靴屋を営んでいた。母パウリーネ・ナーホト (Pauline Náchod 1848年 - 1921年) もプラハ出身のユダヤ人。

ウィーンにて生誕。初めはカトリックのキリスト教徒として育てられる。8歳よりヴァイオリンを習い始める。その後チェロを独学で学ぶ。15歳の時、父が亡くなり、経済的に立ち行かなくなった彼は、地元の私立銀行に勤め始め、夜間に音楽の勉強を続けていた。余りにも前衛的な態度の為ウィーンを追い出されベルリン芸大の教授に任命される時プロテスタントのキリスト教徒に改宗、その後ナチのユダヤ政策に反対して1933年、ユダヤ教に再改宗。


[編集] 無調への試み
初期は「ペレアスとメリザンド」や「浄められた夜」など、後期ロマン主義の作品を書いていたが、その著しい半音階主義からやがて調性の枠を超えた新しい方法論を模索するようになる。室内交響曲第1番は後期ロマン派の大規模な管弦楽編成からあえて室内オーケストラを選び、4度を基本とした和声を主軸とした高度なポリフォニーによる作品となっている。これ以降、彼の実験は更に深められ、次第に調性の放棄=無調による作品を志向するようになっていく。1900年から書き始められ1911年に完成した『グレの歌』は、巨大な編成と長大な演奏時間をもち、カンタータ、オペラ、連作歌曲集などの要素が融合した大作である。しかし、基本的な構想は1901年までに書かれているため、音楽的には「ペレアスとメリザンド」などと同様後期ロマン派の様式となっており、ある意味、後期ロマン派音楽の集大成であり頂点であるともいえる。しかし、楽器法などには中期のスタイルがみられる。

若い頃の彼はブラームスに傾倒していたが、のちツェムリンスキーに師事し、師の影響でヴァーグナーの音楽にも目覚め、また、ツェムリンスキーとともにマーラーの家に出入りして音楽論をたたかわせたり、彼の交響曲について好意的な論文を記述したこともある。ブラームスとヴァーグナーという異なる傾向を結びつけるような音楽を書いた点はツェムリンスキーと共通している。

1909年に書かれた「3つのピアノ曲」Op.11や「5つの管弦楽のための小品」Op.16、モノドラマ「期待」Op.17では、多少調性の香りを残していたが、無調へと大きく踏み出して、様々な実験を試みていった。そして「6つの小さなピアノ曲」Op.19で、調性をほぼ完全に放棄するに至った。この実験から傑作歌曲集「月に憑かれたピエロ」(ピエロ・リュネール)が生まれる。

「月に憑かれたピエロ」は「期待」の成果を更に推し進めて生み出されたと言ってよいかも知れないが、着想などは更にユニークである。ラヴェルやストラヴィンスキーに影響を与え、前者が「マラルメによる3つの歌」を、そして後者が「紀貫之の短歌等による日本の3つの抒情詩」を作るきっかけとなった。そして後のブーレーズやファニホゥなどにも影響を与えた傑作である。物語の朗唱を室内楽で伴奏をするという方法が、かつてなかったとは言えないまでも、これほどにまで高められた作品は皆無で、またかつて無い効果をあげた伴奏の書法も全くユニークな傑作であった。

ただ、時代は無調の音楽に対する準備が出来ていたとは言えなかった。ストラヴィンスキーの「春の祭典」で大騒ぎとなるような時代で、無調の音楽は一部のサークルの中だけのことであった。ウィーンの私的演奏会で聴衆が怒り出してパニックになったり帰る人が続出したのは当然であった。しかし、指揮者のシェルヘンなどが積極的にこれらの音楽を後押しし、演奏してまわったことで、シェーンベルクなどの音楽が受け入れられるようになっていく。

同じ頃、弟子のアルバン・ベルクは「クラリネットとピアノのための4つの小品」Op.5や「管弦楽のための3つの小品」Op.6などで、無調(あるいは拡大された半音階主義)の作品を発表し、アントン・ヴェーベルンも師シェーンベルクにならって「6つの小品」Op.6を書いているが、シェーンベルクはバランス感覚に優れ、ベルクはより劇的で標題性を持ち、ヴェーベルンは官能的なまでの音色の豊穣さに特徴があり、明確な個性の違いがあるのは興味深い。


[編集] 12音音楽の確立
1910年代後半、シェーンベルクは未完に終わった「ヤコブの梯子」という大作に挑む。同じ頃、弟子のベルクは歌劇「ヴォツェック」Op.7を完成する。シェーンベルクらと始めた無調主義による傑作オペラの登場である。無調主義が次第に市民権を持ちはじめると共に、無調という方法に、調性に代わる方法論の確立の必要性を考えるようになっていった。それが12音音楽であった。

重複しない12音を平等に使って並べた音列を、半音ずつ変えていって12個の基本音列を得る。次にその反行形(音程関係を上下逆にしたもの)を作り同様に12個の音列を得る。更にそれぞれを逆から読んだ逆行を作り、基本音列の逆行形から12個の音列を、そして反行形の逆行形から12個の音列を得ることで計48個の音列を作り、それを基にメロディーや伴奏を作るのが12音音楽である。一つの音楽に使われる基本となる音列は一つであり、別の音列が混ざることは原則としてない。したがって、この12音音楽は基本となる音列が、調性に代わるものであり、またテーマとなる。そして音列で作っている限り、音楽としての統一性を自然と得られる仕組みとなっている。

この手法でシェーンベルクが最初に書いたのが、「5つのピアノ曲」Op.23の第5曲「ワルツ」であった。1920-23年に書かれたこの作品は、シェーンベルクの初めての12音音列による作品として重要である。「ワルツ」の完成は1923年2月とされているが、一説には全曲12音技法で書かれた「ピアノ組曲」op.25(1921~1923)の「プレリュード」が1921年7月に完成されており、こちらが最初の12音技法のよる作品であるとの説もある。ヴェーベルンも1924年、「子どものための小品」の中で12音音列を使った作品を書き、ベルクもすぐにその技法を部分的にとり入れている。

ただし、12音の音列による作曲法はシェーンベルクの独創とは言えない。ウィーンの同僚であったヨーゼフ・マティアス・ハウアーが、シェーンベルクより2年ほど前にトローペと言われる12音の音列による作曲法を考案している。1919年にハウアーが作曲した「ノモス」は、最初の12音音楽と見なされている。この年、シェーンベルクはこの作品を自身の演奏会で紹介しているが、12音音楽の創始者に固執したこともあり、シェーンベルクと、その理解者でベルクの弟子でもある哲学者・音楽学者のテオドール・アドルノの2人から酷評される。また、1930年代のナチスの台頭により退廃音楽家として彼は排斥され、戦後、再評価されるまで全く忘却されてしまったこともあり、ハウアーが1920年代に果たした役割が過小評価されていることは否めない。

弟子のヴェーベルンが音楽をパラメータごとに分解してトータル・セリエリズムへの道を開き、形式上の繰り返しを否定し変容を強調したのに対し、シェーンベルクは無調ながらもソナタや舞曲など従来の形式を踏襲している。また初期の無調音楽は部分的には機能和声で説明できるものが多く、マーラーやツェムリンスキーなど高度に複雑化した和声により調性があいまいになっていた後期ロマン派音楽の伝統と歴史の延長線上に位置する。

厳格でアカデミックな教育方針は古典作品の徹底的なアナリーゼを基礎としていた。12音技法の開拓後はリズム、形式面で古典回帰が顕著で、彼自身も新古典主義との係わりを避けることは出来なかった。

美術をはじめとする芸術一般にも興味を持ち相互に影響した。シェーンベルクの描いた表現主義的な「自画像」は(メンデルスゾーンなどと同じく)画家としての才能も示している。ロシアの画家カンディンスキーはシェーンベルクのピアノ曲演奏風景をそのまま「印象・コンサート(1911年)」という作品にしている。


[編集] 亡命と晩年
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツから逃れてアメリカに移住する。移住後も南カリフォルニア大学(USC)とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて教育活動を精力的に行い、弟子にはジョン・ケージ、ルー・ハリソンなど、アメリカ現代音楽を代表する作曲家も含まれる。 USCにはリサイタルホールを擁するアーノルド・シェーンバーグ研究所(Arnold Schoenberg Institute)があり、UCLAには彼の生前の功績をたたえ、記念講堂が建造されている。

移住後は、自分の無調性や十二音技法に不安感を覚え「室内交響曲第2番」などの調性音楽も作曲した。

また、他界する直前まで合唱曲「現代詩篇」を作曲していたが、未完に終った。戦後始まった第一回ダルムシュタット夏季現代音楽講習会からも講師として招待されたが、重い病気の為キャンセルした。

1951年7月13日、喘息発作の為、ロサンゼルスにて他界。享年77。


[編集] 主な作品

[編集] 管弦楽曲
交響詩「ペレアスとメリザンド」 op.5(1903/1913、1918改訂)
室内交響曲第1番 op.9(1906/1923改訂/1914、1935管弦楽版)
室内交響曲第2番 op.38(1906-1916、1939-1040)
5つの管弦楽曲 op.16(1909/1922改訂/1949小管弦楽版)
浄められた夜 op.4 (1917、1943弦楽合奏版)
管弦楽のための変奏曲 op.31(1926-1928)
映画の一場面への伴奏音楽 op.33(1929-1930)
組曲ト長調(弦楽合奏)(1934)
主題と変奏 op.43a(吹奏楽版:1943)/op.43b(管弦楽版:1944)

[編集] 協奏曲
ヴァイオリン協奏曲 op.36(1934-1936)
ピアノ協奏曲 op.42(1942)

[編集] 室内楽曲
浄められた夜 op.4(弦楽六重奏版:1899)
弦楽四重奏曲第1番 ニ短調 op.7(1905)
弦楽四重奏曲第2番 嬰ヘ短調 op.10(1907-1908/1929弦楽合奏版) ※ソプラノ独唱付き
弦楽四重奏曲第3番 op.30(1927)
弦楽四重奏曲第4番 op.37(1936)
弦楽三重奏曲 op.45(1946)
セレナード op.24(1920-1923)
管楽五重奏曲 op.26(1923-24)
7楽器の組曲 op.29(1924-1926)
ヴァイオリンのためのピアノ独奏付き幻想曲 op.47(1949)

[編集] ピアノ曲
3つのピアノ曲 op.11(1909)
6つのピアノ小品 op.19(1911)
5つのピアノ曲 op.23(1920-1923)
ピアノ組曲 op.25(1921-1923)
ピアノ曲 op.33a(1928)
ピアノ曲 op.33b(1931)

[編集] 独唱曲
月に憑かれたピエロ(ピエロ・リュネール) op.21(1912)
2つの歌 op.14(1907-1908)
架空庭園の書 op.15(1908-1909)
心のしげみ op.20(1911)
4つのオーケストラ歌曲 op.22(1913-1916)
ナポレオンへの頌歌 op.41(1942)

[編集] 合唱曲
地上の平和 op.13(1907)
グレの歌 (1900-1911)
ヤコブの梯子(1917-1922、未完)
4つの混声合唱曲 op.27(1925)
3つの風刺 op.28(1925)
6つの無伴奏男声合唱曲 op.35(1929-1930)
コル・ニドレ op.39(1938)
ワルシャワの生き残り op.46(1947)
現代詩篇 op.50c(1950-1951、未完)

[編集] 歌劇
期待 op.17(1909)(その以前に未完の歌劇があるらしい)
幸福な手 op.18(1908-1913)
今日から明日まで op.32(1928-1929)
モーゼとアロン (1930-1932、未完)

[編集] 編曲
チェロ協奏曲ト短調(モンの協奏曲による)(1912)
チェロ協奏曲(モンのチェンバロ協奏曲による)(1932-1933)
弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲(ヘンデルの合奏協奏曲op.6-7による)(1933)
バッハ:コラール前奏曲BWV631の管弦楽編曲(1922)
バッハ:コラール前奏曲BWV654の管弦楽編曲(1922)
ヨハン・シュトラウス2世:皇帝円舞曲の室内楽編曲(1925)
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番の管弦楽編曲(1937)





ヽ(´ー`)ノ

で、オペラを見ての感想ー

マトリックスっぽい演出は、最初、とっつきがわるいと思ったけど
基本的には、読替演出(コンセプト演出、クプファーとか)っぽいの
あんまり好きじゃないけど
(他人である巨匠の名前に乗っかって自己主張する感じが嫌い)
これは、コンセプトのおしつけっぽさはあんまりなく
むしろ、シンプルになっていて好感が持てました

能のシンプルさとか好きなので、いちいち杖といったら杖をだし
蛇といったら蛇をだし、というのはうっとうしかったりします
というか、コンセプト演出って、この辺を削るのではなくて
むしろ逆で、
自分の思想とかをさらに出してくるから
普通っぽい演出よりもさらにごてごてしてて
気持ち悪いというかんじ・・・

で、これはシンプルだったのはよかった
見わけつかないことも、見分けがつく必要がないということでもあるし
見せ物小屋にいるような、アジテーションきかされるような
そんな余計なものは除外してくれるなら
それはいい演出かも
他の演出のことはしらないけど・・・

演奏については、不満がなかったということでよかったということで

モーゼとアロンは、CDもってるけど
オペラだけあって、CDできくだけだと退屈してくるけど
(変わっているからインパクトあるけど)
舞台つき、台詞つき(ドイツ語聞き取り無理ー)だと
退屈なところはぜんぜんなくって楽しめたー
音楽もいいし

シェーンベルクは、「月につかれたピエロ」を
昔、聞いたことは覚えているけど
他は聞いたことあったか覚えてないー

そして「月につかれたピエロ」はCDも持ってるけど
声の質が重要かもーと思ったり
暖かい感じな声だと似合わないかも

で、日本上演は、本格的だと3度目って
パンフレットには書いてあった
1度目が1970年ベルリン・ドイツ・オペラ
2度目が1994年演奏会形式(CDあり)東京交響楽団(秋山和慶指揮)とかー
演奏会形式以外では37年ぶりのようです
前回は私がまだ生まれてない頃なので
次は生きているうちにあるのかなーと思えば
最後かも知れない気分で舞台を眺めてみたり・・・

最後、日本酒(白鶴だった)の樽が割られて
紙吹雪がまって、
舞台上の人にお酒がふるまわれていました
垂れ幕に、「祝・大成功」とかあって
なんかいい雰囲気でした

これをなんていうんだっけ・・・
とずっと悩み続けてやっと思い出せました

▼鏡開き
〔「開き」は「割る」の忌み詞〕
(1)正月に神や仏に供えた鏡餅をおろし、雑煮や汁粉に入れて食べること。
正月一一日に行うところが多い。
近世に始まり、当時は鏡餅を男は具足に、女は鏡台に供え、
一月二〇日に割って食べた。鏡割り。[季]新年。

(2)パーティーなどで、酒だるのふたを木づちで割ってあけること。
汲み上げた酒で乾杯する。鏡割り。



幸せな気分になれたオペラでしたヽ(´ー`)ノ

モーゼとアロン2.jpg

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