kuzukiria_blog(文学的)

読書とか、いろいろなお勉強(byウィキペディア)とか、文章(文学、芸術、哲学)とか・・・


2017-04

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ドン・キホーテ』~捕虜の話とか(裏切りは喜ばれても、裏切り者は憎まれる)&『伝奇集』ボルヘス

大航海時代のころのヨーロッパはどんなかんじだったのか

セルバンテスの『ドン・キホーテ』はその当時の世界を描いています

セルバンテスがこの『ドン・キホーテ』を書いた目的について

「騎士道物語が俗世間に有する、権勢と人気を打破するためだ」
     (『ドン・キホーテ』前編2解説)

と書いているようです
      
その目的自体は今では色あせているけれど
そしてなにぶん、いろいろな意味で遠い世界(文化的にも)のことだから
タイトルの有名さのわりには、
内容まで全部読まれていることは少なそうだけれど
それでも、興味深い作品ではあります

なんとなく記憶に残っていて
今日やっと探す気がおきて探し出したところを収録しときます

ドン・キホーテ〈前篇 2〉 (ちくま文庫)ドン・キホーテ〈前篇 2〉 (ちくま文庫)
(1987/07)
セルバンテス

商品詳細を見る



ドン・キホーテ物語 (現代教養文庫)ドン・キホーテ物語 (現代教養文庫)
(1990/12)
ドレ、窪田 般弥 他

商品詳細を見る


ドレが絵を描いています
ドレの挿絵はいいなー
旧約聖書物語、新約聖書物語、神曲──の3つを
他にも持ってたりー

『ドン・キホーテ』全体についてとかをここで書く気はないので
気になった部分のことー



ドン・キホーテ(ドレ)Don_Quixote_2.jpg


『ドン・キホーテ』
 セルバンテス
  前篇
  第39章  『捕虜』がその身の上の出来事を語ること。

p266

※概略

ドン・キホーテのいる宿屋で『捕虜』が
宿屋の客にこわれて身の上話を語ります
その内容がこの章です

p230

身の上話の中で、アルバ大公が登場します
大航海時代Onlineのイスパニアイベントに登場する悪者っぽい人で
なじみぶかかったりします

また、レパントの海戦についても「あのしごく幸運な戦い」
という表現で言及されています

p234

ガレー船はオールがついていて漕ぎ漕ぎしてすすみます
当然、漕ぎ漕ぎするのは人力なわけです

語り手の『捕虜』は捕虜となった後はひたすら櫂を漕ぐ日々をおくっていた
ようです
ガレー船の漕ぎ手の状況がうかがい知ることができます

こういう時期を、わたしは相も変わらず櫂を漕いでいて、ほんの少しでも自由の望みを持つことすらできなかったのです。



p237

ずっと記憶に残っていたけれど特にメモはとってなかったのがここです

少し長めに引用してみます

城砦もまた落ちました。しかし、トルコ人たちはほんの僅かずつそれを奪取していったもので、それというのも、城砦を守備する兵たちが、じつに勇敢に頑強に戦ったので、しかけてきた二十二回の総攻撃で戦死した敵兵は、二万五千を越すほどだったのです。生き残った三百名のうち誰ひとり、無傷で捕らえられたものはありませんでしたが、これこそ彼らの奮闘と勇気のたしかな証拠でもあれば、また陣地をよく守り防いだ明白な証拠でしょう。水濠をめぐらした小さな要塞、つまり、櫓は、バレンシア出身の武将で有名な軍人ドン・フアン・サノゲーラの指揮下にありましたが、ついに降伏の憂き目を見たのです。



そして、この人の最後をわけても気の毒に思わせたのは、いよいよ城砦が落ちるとわかったとき、モーロ人の身なりをさせてタバルカへ送りつける申し出をしたアラビア人を信じて、その手にかかって死んだことですが、タバルカというのは、珊瑚採取をなりわいにするジェノヴァ人たちがあのへんの海岸に持っている、小さな船着場か商館といったものなのです。このアラビヤ人どもは、彼の首を切り、トルコ艦隊の提督のもとにそれを持参しました。すると、この人は彼らに対してわがスペインの諺、『裏切りは喜ばれても、裏切り者は憎まれる』を実際に果たしたのでした。つまり、提督は贈り物の主たちを、生けどりにしてオリアをつれてこなかったというので、吊し首にするように命じたということです。


このことわざ、
『裏切りは喜ばれても、裏切り者は憎まれる』
がとても記憶に残っていて、これを発掘するために読み直したけれど、、、

探し物が出てくるととってもすっきりー

この場面にはドレの絵がついています

ドン・キホーテ(ドレ)Don_Quixote_19.jpg

http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Don_Quixote_19.jpg

ドレの挿絵はどちらの本にもあるけれど
『ドレ画 ドン・キホーテ物語』のほうが、当然充実しています

そっちでの同じ箇所はこんなかんじ


『ドレ画 ドン・キホーテ物語』
p98
 
ところが、アラビア人たちは彼の首を切り落とし、それをトルコ艦隊の提督に届けました。提督はカスティリアの諺、〈裏切りは喜ばれるが、裏切り者は喜ばれぬ〉のたとえ通りの罰を科しました。つまり、オリアを生きたまま連れてこなかったので、全員を絞首刑にしたのです


というわけでとりあえず今回の目的はこれでおわりー

ヽ(´ー`)ノ

あらすじを読むならドン・キホーテ物語のほうが便利です
『ドン・キホーテ』は長い・・・




それにしてもー

『ドン・キホーテ』は諷刺が有名かもしれないけれど
もう否定する必要がないもの、
日本ではそもそも否定する必要がないもの(騎士物語)
の諷刺は、たいくつです

名作には違いないけれど
つまり名作は、さまざまな要素や側面があるので
さまざまな読み方、楽しみ方ができそうだけど

今回引用したようなところはおもしろいかな

正直、諷刺っぽいどたばた劇や人情みたいなののほうが退屈ー

一人で一万人倒した騎士の物語とかのほうが
楽しそうな気がするし

現在では、こういう平凡な話の内容の小説ならいっぱいあるわけで
その点から読めば、文学史的意義以上の魅力があるか疑問ー

というわけで、ドン・キホーテの性格とかも、なんとか姫とかも
サンチョパンサも、なんか現在では古くさいかんじだったりで
読んで楽しいかは疑問
というか、いいところを拾い出すというかんじになるかも
古典はどうしてもそうなるかなー
研究でよむわけでもなければ、

でも、レパントの戦いとかについて身近な立場の人の語りとかは興味深いし

ドン・キホーテといえば、ボルヘスのがあったっけ
ちょっとみてみよう

今、収録してあるのはこんなところ

『伝奇集』ボルヘス(岩波文庫)

『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール

p68

すでに述べたとおり、メナールの【目に見える】作品は簡単に列挙できる。彼個人の文書を丹念に調査した結果、それは以下のものからなっていることが確認された。
(a)「ラ・コンク」誌(一八九九年三月号および十月号)に二度、(加筆をともなって)掲載された、象徴主義ふうのソネット。
(b)日常的な言語を形づくる概念の同義語や



これはドン・キホーテの本文に言及した箇所じゃないしー
また収録するかな

さらにまじめに収録ー

伝奇集 (岩波文庫)伝奇集 (岩波文庫)
(1993/11)
J.L. ボルヘス

商品詳細を見る



p65
セルバンテスのテクストとメナールのテクストは文字どおり同一であるが、しかし後者のほうが、ほとんど無限に豊かである(彼を非難する者は、より曖昧だと評するかもしれないが、曖昧性は豊かさというものである)。
 メナールの『ドン・キホーテ』とセルバンテスのそれとの比較は教えるところが多い。たとえば、セルバンテスは次のように書いている。(『ドン・キホーテ』第一部第九章)。

 ……真実、その母は歴史、すなわち時間の好敵手、行為の保管所、過去の証人、現在の規範と忠告、未来への警告。

 十七世紀に、「無学の天才」セルバンテスによって書かれたこの列挙的な文章は、歴史への単なる修辞的な讃辞でしかない。ところが、メナールはこう書く。

 ……真実、その母は歴史、すなわち時間の好敵手、行為の保管所、過去の証人、現在の規範と忠告、未来への警告。

 歴史、真実の【母】。この考えは驚嘆に値する。ウィリアム・ジェイムズの同時代人であるメナールは歴史を、真実の探求ではなく、その源泉と規定する。歴史的真実は彼にとって、かつて起こったことではない。かつて起こったとわれわれが判断するところのものだ。末尾の句──【現在の規範と忠告、未来への警告】──は臆面もなく実用的である。
 文体の対照もまた甚だしい。メナール──彼は結局、外国人である──の擬古的な文体にはある気取りがみられる。先駆者の文体にはそれがなく、その時代の普通のスペイン語を自在に操っている。



ヽ(´ー`)ノ

ドン・キホーテ(ドレ)Don_Quixote_4.jpg



以下ウィキペディアしらべー

▼ドン・キホーテ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%86

ドン・キホーテ (Don Quixote, Don Quijote ) は、スペインの作家であるミゲル・デ・セルバンテス (Miguel de Cervantes Saavedra、1547 - 1616) の小説、または、その主人公の名前。

騎士道物語(当時のヨーロッパで流行していた)を読み過ぎて妄想に陥った郷士(下級貴族)の主人公が、みずからを伝説の騎士と思い込み、「ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ」(「ドン」は郷士より上位の貴族の名に付く;「デ・ラマンチャ」はかれの出身地のラ・マンチャ地方を指す)と名乗り、痩せこけた馬のロシナンテにまたがり、従者サンチョ・パンサを引きつれ遍歴の旅に出かける物語である。1605年に出版された前編と、1615年に出版された後編がある。(後述するアベリャネーダによる贋作は、ここでは区別のため続編と表記する。)

旧態依然としたスペインなどへの批判精神に富んだ作品で、風車に突進する有名なシーンは、スペインを象徴する騎士姿のドン・キホーテがオランダを象徴する風車に負けるという、オランダ独立の将来を暗示するメタファーであったとする説もある。(スペインの歴史、オランダの歴史を参照)実在の騎士道小説や牧人小説などが作中に多く登場し、書物の良し悪しについて登場人物がさかんに議論する場面もあり、17世紀のヨーロッパ文学についての文学史上の資料的価値も高い。

主人公の自意識や人間的な成長などの「個」の視点を盛り込むなど、それまでの物語とは大きく異なる技法や視点が導入されていることから、最初の近代小説ともいわれる。年老いてからも夢や希望、正義を胸に遍歴の旅を続ける姿が多くの人の感動をよんでいる。



ギュスターヴ・ドレ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AC

ポール・ギュスターヴ・ドレ(Paul Gustave Doré, 1832年1月6日 - 1888年1月23日)はフランスの画家。アルザス地方のストラスブールで生まれ、15歳の時から画家として活躍した。その後パリに移り、挿絵画家としてダンテやバルザック、フランソワ・ラブレーの挿絵を手がけた。1853年にはジョージ・ゴードン・バイロンの挿絵も描いている。また、イギリス版の聖書やエドガー・アラン・ポーの「大鴉」も手がけている。

1865年に出版された彼の挿絵のついた聖書は大成功を収め、2年後にはロンドンで個展も開いている。

ドレの作品「ラ・シエスタ スペインの思い出」は国立西洋美術館に常設展示されている。

http://commons.wikimedia.org/wiki/Gustave_Dor%C3%A9?uselang=ja





 | HOME | 

FC2Ad

 

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

[ベケットギャラリー]

(ベケットの戯曲の抜粋ランダム)

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー

全ての記事を表示

→全ての記事を表示

最近の記事

『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと⑤
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと④(読書法のこと)
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと③
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと②
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと①
ipodが壊れて買ったにっき
老子の読書めも②
リヴァイアサン読書メモ2(感覚、造影について)
贈り物には羊羹・贈り物には羊羹・贈り物には羊羹
氷が手に着くのは何でなのかな
ラジオのジャズのこと
リヴァイアサン読書めも1

ブログ内検索

Lc.ツリータグリスト

カウンター

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。