kuzukiria_blog(文学的)

読書とか、いろいろなお勉強(byウィキペディア)とか、文章(文学、芸術、哲学)とか・・・


2017-05

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「物語のディスクール」ジュネット~②物語言説?

長いので分割します
①↓のつづき
 http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-48.html

……の読書メモの収録です

物語のディスクール―方法論の試み物語のディスクール―方法論の試み
(1985/09)
ジェラール・ジュネット、花輪 光 他

商品詳細を見る



あとリンクとか

▼伝説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9D%E8%AA%AC

▼物語の類型
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%81%AE%E9%A1%9E%E5%9E%8B

▼物語要素辞典
http://www.aichi-gakuin.ac.jp/~kamiyama/




▼4 「物語のディスクール」メモ・3頻度

●ジェラール・ジュネット「物語のディスクール─方法論の試み」

3頻度
p129

▼単起法・括復法

物語の頻度:物語言説と物語世界との頻度の諸関係(反復の諸関係)
物語の時間性の本質的な相の一つ

出来事というもの:生起する、反復する

反復
精神が構成するもの、
個々に生起する出来事からそれに固有の者を一切排除して同一部類に属する他の全ての出来事と共通するもののみを保持する(抽象化)

同一の出来事、同一の出来事の反復:
相互に類似した、そしてまた、もっぱらその類似性においてのみ考察の対象とされた、いくつかの出来事からなる連続

語る言表:
一度だけ生産されるとは限らない、反復されうる
反復(同一性)……抽象化、

反復能力の諸関係の4つの潜在的タイプ

1)一度生起したことを一度 1R/1H 単起的物語言説re'cit singulatif
(語る言表の単一性が語られた出来事の単一性と対応する、日常的、標準的)

2)n度生起したことをn度 nR/nH (対応的な単起法)

3)一度生起したことをn度 nR/1H 反復的物語言説re'cit re'pe'titif
(文体上のヴァリアント、視点そのものが様々に変化する場合)
(言表の反復が出来事のどんな反復にも対応していない物語言説)

4)n度生起したことを一度 1R/nH 括復的物語言説re'cit ite'ratif
(ただ一度の語りの発信行為が数度にわたって生起した同一の出来事を一括して引受ける物語言説)

伝統的には
括復的物語言説……描写の機能に近いもの、本来の意味での物語言説(単起的物語言説)に奉仕しているもの、

敷衍的括復法ite'ration ge'ne'ralisante(外的括復法ite'ration externe):
単起的な情景の内部で物語言説が括復法に移行する場合

総合的括復法ite'ration synthe'tisante(内的括復法ite'ration inte'rne):
もとの単起的な情景が有する持続の一部分を括復法によって処理するもの
(括復的共説法はより広大な外的持続を対象としているのではなくまさしくその情景自体の持続を対象としている)

疑似括復法
(擬似的たる所以……細部がいかにも詳しくかつ正確に書込まれているためにその情景がいかなる変化も伴わずそこに物語られているままの形で何度も繰返し生起したとはどんな読手にも本気では信じられないにある)
(単一の情景が括復的な情景へと変換されている)
(物語の修辞学における一つの文彩)
(語りの破格)

語りの破格
(文学的慣習)

プルーストの真理の支配的な特徴の一つ
習慣と反復に対するきわめて鋭敏な感覚、各瞬間の間に類似性をみてとろうとする意識、

プルースト的存在:
場所の個別性には好んで敏感な反応を示すけれども、瞬間の個別性に対してはそれほど敏感ではない
諸々の瞬間は相互に類似し渾然一体とかすという強い傾向を有している
空間的感性の単起的傾向、時間的感性の括復的傾向、

▼境界限定・周期特定・延長
p147

括復的物語言説:
ある数の単一の単位によって構成された一つの括復的系列の内部で繰返し生起したもろもろの出来事を総合的に語ったもの

括復的系列(ex:1890年夏の全ての日曜日)

この系列の弁別特徴
境界限定de'termination(通時的境界)(ex1890年6月から9月末)(暗黙のまま留まることがある、ex太陽は毎朝昇る)
周期特定spe'cification(構成単位が反復生起する周期)(ex七日に一度の割合で反復)(非明示的であることがある、ex時として、日によっては、しばしば)
延長extension(構成単位のそれぞれが持つ通時的振幅、構成された総合的単位が持つ通時的振幅)

物語言説を具体化するための
括復的系列の内的境界限定と内的周期特定とが提供する多様化の諸手段が介入してくる

括復法本来の性質に根ざした多様化のための方法
内的境界限定
ある括復的系列の内部にいくつかの単起的な部分を区別してゆく手法
内的周期特定
多様化のための純粋に括復的な手法
反復を下位区分することにより交替関係にある二つの変異体を獲得することにつきる



プルーストのいわゆる「時刻が移るにつれて変化してゆく風景」のテーマ

時刻・日々・季節の回帰・宇宙の運動の円環性──これこそは、プルーストの括復性とためらわずに呼ぶべきものの、もっとも不変の主題であると同時に、もっとも的確な象徴でもある。

括復法に対する単起法の従属と言うことを共通の特徴とする二つの多様化の手段が残っている
第一の手段……常套的な文彩としての疑似括復法
第2の手段……在る単一の出来事をまったく文字通りにしかもまったく公然と援用して一つの括復的系列の例証ないしは確証とするか、確立したばかりの規則に対する例外とする、という手段

▼内的通時性と外的通時性
p162

内的通時性(総合的単位の通時性)
外的通時性(現実的系列の通時性)

プルーストの主人公に見受けられる種類の絶えざる忘却
自己の人生の連続性が、つまりある時間と他の時間との関係が彼には根本的に近くできないということ

二つの瞬間を同時に考えること──プルースト的存在にとってそれはほとんどいつでもその2つの瞬間を同一化し、混同することにほかならない。そしてこのような不可思議な方程式こそ括復法の法則そのものなのである。

▼交替・移行
p166

プルーストの物語言説では
古典的小説における語りの総合形式である要約法(失われたときには存在しない)に別種の総合形式である括復法がとってかわっているように見受けられる
総合:要約法(加速化)、括復法(同化と抽象化)、

物語言説の律動を根本からささえるもの:
括復法と単起法との交替
(古典的物語言説の場合:要約法と情景法の交替)

交替が関連する2種類の根本的な従属関係
単起的な情景法に従属した(通常は挿入された)描写的ないしは説明的な機能を持つ括復的切片というタイプ
括復法の展開に従属した例証的機能を持つ単起的な情景法というタイプ

失われたときには何かコラージュのようなあるいはむしろパッチワークのようなところがある。そしてこの作品の物語言説としての統一性は、プルースト自信の比較に寄れば、……事後的な統一性なのであって……

物語言説は何の前触れもなしに一つの習慣から単一の出来事へといきなり移行する……習慣そのものが単一の出来事になりうる、いやそれどころか、習慣の儘でありながら単一の出来事でもありうるかのごとくなのである
プルーストのありのままのテクストにおける断固たる非現実主義のありどころを示している

括復法と単記法とのこれらの接点
両者のいずれに属するかを定めうる時間関係の指示が欠如
中性的切片(非限定的な相をもった切片、相の変化を読手に気づかせまいとする機能)の介在によって隠蔽

中性的切片の3つの分類
現在形で語られた余談的な脱線の切片
言明動詞を伴わぬ対話
括復方途単起法との混合的切片か、どちらとも受取れる曖昧な切片

物語の時間性の諸形態を……音楽とかすことを望んだのであった

▼時間との戯れ
p178

ある物語言説の時間的性質の特徴を引出すにはその物語言説自信の時間性とそれが語る物語内容の時間性との間にうち立てられるあらゆる関係を全体的に考察しなければならない

記憶は、まず第一に(通時的なものである)時間を(共時的なものとしての)時期(エポック)に還元し、出来事を情景(タブロー)に還元すると同時に、第2として、これらの時期や情景を配列するに際しては、それらの時期や情景の順序ではなく、記憶自信の順序に従うのである。媒介主体の記憶の活動は、それゆえ物語世界の時間性から物語り言説を解放するための一要因(一手段)ということになる。……

持続のゆがみ

歪曲作用(巨大な省略法、並はずれた情景法)

語りそのものの時間性

無意志的記憶

挿入、歪曲、圧縮

時間を相手にしておこなっている恐るべき戯れ



▼5 「物語のディスクール」メモ・4叙法1

●ジェラール・ジュネット「物語のディスクール─方法論の試み」

4叙法

▼物語言説の叙法
p187

物語言説の機能:
単に一つの物語内容を語ること、いくつかの(現実もしくは虚構の)事実を報告すること、
……その叙法は直説法以外でありえない

断言の程度にも種々の差異が存在するのであり、それらの差異を表現するのが一般に叙法の様々な変化なのである

叙法……問題となっていることがらをさまざまな程度において断言するために、そして、人が存在や行為を考察するときにとる種々の観点を……表現するために用いられる、種々の動詞形態に与えられた名称

物語叙法mode narratif
という範疇が俎上に載せるもの:
人は自分が物語る対象をより多く物語ることもより少なく物語ることもできるし、その対象をあれやこれやの視点から物語ることもできる、という種の能力、
こうした能力を行使する差異のもろもろの様態

物語言説はより多くのもしくはより少ない詳細を、より直接的もしくはより直接的ではない仕方で読手に提供しうる

物語言説は自己の物語る対象との間により大きなもしくはより小さな「距離」をおいているように思える

物語言説はそうした引受け手(作中人物、作中人物のグループ)の、一般には視像(ヴィジョン)とか視点と呼ばれる者を採用する(ふりをする)ことになるのと同時に、その物語内容に対してしかじかの「パースペクティヴ」をとるように思われる

▼距離
p188

プラトンにおける2種類の物語叙法の対立
純粋の物語(ディエゲーシスdie'ge'sis):
物語っているのは自分以外の誰かであるとわれわれに信じさせようとはせずに詩人自身の名において物語る場合
(間接化、圧縮)
模倣(ミメーシスmime'sis):
物語っているのは自分ではないという錯覚を、つまり発話された言葉が問題であるとすれば物語っているのはしかじかの作中人物であるという錯覚を詩人がつとめて与えようとしている場合
(演劇的流儀、直接的)

純粋の物語は模倣よりも大きな距離で隔てられていると見なされる

純粋の物語
より少なくより間接的な仕方で物語る

showing示すこと
telling語ること

物語言説は自己の語る物語内容を示すことや模倣することは出来ない
(物語るという行為が言語的事象でありまた言語は意味作用を行うのであって模倣するわけではないと言う理由のため)

物語言説に可能なこと:
詳しく正確に活き活きと物語内容を語ること、ミメーシスの錯覚を様々な度合で与えること

▼出来事についての物語言説
p191

無益で偶然的な細部:
指向対象が示されているという錯覚、ミメーシス効果を生み出す典型的媒体
ミメーシスの共示子

出来事についての物語言説
非言語的なものの言語的なものへの転写
ミメーシスの錯覚

示すこと
ある語り方以外のものではありえない
物語りたい蹤について最大限のことを語ると同時にしかも語っているというそのことについては最小限にしか語ろうとしない
物語っているのが語り手であることを忘れさせる

示すことについての二つの基本原理
情景(詳述された物語言説)がジェイムズ流に優位を保つこと
語り手がフローベール流に(擬似的な)透明性を維持すること

示すふりをすること:黙るふりをすること

ミメーシス性とディエゲーシス性との対立の公式
情報+情報提供者=一定
(情報量と情報提供者の存在は反比例)

ミメーシス(最大限の情報と最小限の情報提供者)
ディエゲーシス(最小限の情報と最大限の情報提供者)

情報量:
物語言説の速度と完全に反比例

▼言葉についての物語言説
p196

語り手はそれを書きうつしている

模倣された言説
作中人物が発話したとみなされるままの形で再現されたrapporte'言説

物語化されたnarrativise'言説
いくつもの出来事の中の一つとして扱われ語り手自身によってそのような出来事としてひきうけられた言説

転記されたtranspose'言説
緊密な従属関係にある間接話法でかかれたある程度中間的な幾つかの要素が導入される

内的言説

ひとりごと
内的独白、外的独白

1)物語化された(物語られた)言説:
最も距離が大きな状態
出来事への還元度が最も高い状態

2)間接話法によって転記された言説:

3)再現された言説(最もミメーシス的な形式):
語り手は自分の作中人物に文字通り言葉(パロール)(発言権)を譲渡するかにみせかける
演劇的タイプ

演劇的モデルが物語りジャンルをいわば後見するといった役割を演じているという事実
演劇的モデルによる後見の事実

直接的言説:
ミメーシスを極限にまで押し進めた
作中人物にパロールを一挙に与える

自由間接話法:
語り手が作中人物の言説を引受ける
作中人物が語り手の声によって話す

直接的言説:
語り手が姿を消して作中人物が語り手にとってかわる

内的独白:
超越も伝達も捨象したある「生きられた経験」の主観性の内部に、作中人物を閉じこめるもの

直接的独白

外的な言説(対話):
プルーストは自由間接話法の用い方とは完全に手を切っている
バルザックのモデルに近い
バルザックのモデル:
再現された言説が優位を占めている
「客観化された言語」、作中人物達のすべてにあるいは少なくともそのうちの何人かに付与された言語的自立性が優位を占めている

性格台詞

個々の特徴化(個人言語、社会言語)

客観化:作中人物の文体の個別化

作中人物のほとんど全員がたとえば誤った言回し、方言、社会階級を暗示する言回し、自分で作り出すかよそから借りるかした独特の語法、失言、嘘、示唆的な言間違い等の何らかの不安定な言語特徴を少なくともある瞬間に示す

言語特徴:
個人的な(かつまたは社会的淵源を持った)一つの癖もしくはコールサインのようなものとして彼らに属している

個人的文体

文体化(様式化)された言説:
言説のミメーシスの極限形式

プルーストの作中人物達:
定義しがたい捕えられぬ人物、「逃れ去る存在」でありつづけるのであって、彼らの行動に一貫性が欠如している
作中人物の言語には誇張的なまでの一貫性が認められる(しかしこの面での一貫性は真理が次第に希薄化してゆくのを償うどころかそうした希薄化を強調し推し進めるだけ)

主要人物たちといえども、自分の言語と一体化し、ついには言語そのものに還元されてしまう

最も強烈な言語的存在こそ実はある種の消滅の印
(文体上の客観かをぎりぎりまですすめた極北で)
自分自身の言説の中に、自己を廃滅させる




▼6「物語のディスクール」メモ・4叙法2

●ジェラール・ジュネット「物語のディスクール─方法論の試み」

▼パースペクティヴ
> ①見込み。展望。視野。─用例(唐木順三)
> ②遠近法でかいた舞台装置の見取り図。また、書き割り。
> ③遠近法。透視図法。▽perspective

p217

語りのパースペクティヴ:
ある制限的な「視点」を選択すること(あるいはしないこと)から生じる情報の第二の制御のしかた

理論的研究は大半が叙法と態とを混同している

語りの焦点focus of narration(「視点」の類義語)の類型論の表
(クリアンス・ブルックスとロバート・ペン・ウォーレンによる)

|内部から分析 |外部から観察
|された出来事 |された出来事
────────────────────────
作中人物として |1)主人公が自 |2)ある証人が
筋の内部に存在 |らの物語内容を|主人公の物語
する語り手 |語る |内容を語る
────────────────────────
作中人物として |4)分析家乃至 |3)作者が外部
筋に不在の語り |作者が物語内容|から物語内容
手 |を語る |を語る

(表の縦軸こそ「視点」に関連しているものの横軸の法は態に関わる(語り手の同一性)

シュタンツェルによる小説の物語状況の3つのタイプの区別
1作者が語る物語状況(作者が全知)
2私が語る物語状況(語り手が作中人物の一人)
3作中人物が語る物語状況(一人の作中人物を通して「三人称」で語られる場合

(2、3のタイプの物語状況との差異は視点とは無関係)

ノーマン・フリードマンによる8つのこうからなる分類

全知の語り
作者の介入が認められるタイプ
認められないタイプ
一人称の語り
私=証人のタイプ
私=主人公のタイプ
選択的全知の語り(制限された視点による語り)
視点が多元的
視点がただ一つ
演劇的様式
映画カメラのそれ(選択も組織化も抜きにして純粋に記録のみを行うタイプの語り)

焦点人物と語り手が混同されている

叙法、視点、視像、相と呼ばれているものに関わる限定関係

3項からなる類型論
1語り手>作中人物 全知の語り手による物語言説
(語り手は作中人物よりも多くのことを知っている、語り手はどの作中人物が知っているよりも多くのことを語る)
2語り手=作中人物
(語り手はある作中人物が知っていることしか語らない)
(視点を持った物語言説、視野を制限された物語言説、ともにある視像)
3語り手<作中人物
(語り手は作中人物が知っていることよりも少なくしか語らない)
(客観的もしくは行動主義的な物語言説、外部からの視像)

焦点化focalisation:
(視像、視野、視点)(語りの焦点)

▼焦点化
p222

(3項からなる類型論の呼び直し)
1非焦点化の物語言説(焦点化ゼロの物語言説)
2内的焦点化の物語言説
(更に3つに別れる)
内的固定焦点化(全てが三人称で指示される作中人物某の視点を通して語られる)
内的不定焦点化(焦点人物が変っていく)
内的多元焦点化(書簡体小説など、何人かの作中人物がそれぞれの視点を通して同一の出来事を何度も喚起することが可能、映画「羅生門」(#確か原作は藪の中だったっけ?何故か)
3外的焦点化の物語言説

▼変調
p227

視点の変化(焦点化の変化):
を物語が取入れたとしてもそれは完全に正当化しうる選択なのであり、ジェイムズ以降の批評ではぜがひでも厳守すべきとされる一貫性の規範など明らかに恣意的なものにすぎない

変調alte'ration:
孤立して現れる侵犯(焦点化の変化)
(ただし全体の一貫性がそうした侵犯にも関わらずなお十分に強固で支配的な叙法の概念がそのまま妥当性を持続けるようなときにかぎる)

変調の二つのタイプ

黙説法paralipse:
全体を支配する焦点化のコードにおいて原理的に要求されるよりも少ない情報しか与えないタイプ
冗説法paralepse:
支配的コードにおいて原理的に許されているよりも多くの情報を与えるタイプ

黙説法
焦点化のコードにおいて焦点化の対象である主人公の重要な行為なり指向を省略すること、
語り手はそれらを読手に隠蔽することを選ぶ
作中人物が最初から知られ過ぎてしまうことになりどんな意外性をも読手に与えることが出来なくなる、
意図的な省略、

冗説法
物語言説が概して外的焦点化で語られている場合にある作中人物の意識の内部に踏込むこと
内的焦点化の場合であれば、焦点人物以外の作中人物の指向についての、もしくは焦点人物には見ることのできない光景についての偶然的情報

▼1999年10月4日月曜日

焦点化を施された物語言説によって与えられる情報≠読手がその情報に与えることを求められている解釈
(#読手なら読みとれること)

明示的情報にたいする暗示的情報の過剰

▼多調性

p232

一人称が使用されているからといって(語り手と主人公の人称が同一であるからといって)そのことがただちに主人公に対する物語言説の焦点化を含意するわけではない

(自伝の語り手は過去の自分の人生を物語る物語言説に現在の自分の意見を混ぜることもより自然なこととして許されている)

自伝の語り手が守らなければならない唯一の焦点化は、語り手が持っている現在の情報との関連で決ってくるのであって、主人公がもつ過去の情報との関連からではない

失われたときの物語叙法
たいてい、主人公にたいする内的焦点化

失われたときの物語言説を支配しているのは一般に主人公の視点なのであるが、もちろんそれには彼の視野の制限や知の一時的欠如をはじめとして若気のあやまちとか無邪気さ、あるいは束の間の幻想と語り手が心中秘かにみなしているものまでが含まれている

思い違い

誤解の危険(この種の焦点化につきものの危険)

スタンダール
脚注という手段
「これは主人公の意見である。いまのところはいささか常軌を逸しているが、いずれは彼も自分の誤りを改めることであろう。」

いまだきにみたない指示や不用意な示唆は一切差控える

内的焦点化が果す心理的機能
主な作中人物の一人の「視点」を首尾一貫して守ることにより、相手の感情はほとんど完全な謎として残り続け、かくして、神秘的で曖昧な人格をその相手に付与してやることが、容易に可能となるわけである
「逃れ去る存在」(愛される存在)
恋愛における本質的な「主観性」

一時的な知の欠如や誤解
最後まで不透明で終る例

様態付与の言回し(おそらく、多分、まるで、思われる、見える)の多用:
内的焦点化を厳守していては断言できぬはずのことも仮定の形で物語ることが出来る

相反するもろもろの仮定の多元性が暗示するのは、むしろ、問題の解決不能性ということであり、少なくとも語り手にはその問題を解く能力がないということ

プルーストの描写は主観的性格のきわめてこいものであり、主人公の地殻活動と常に結びついている
プルーストの描写は厳密な焦点化を受けている

一人称に置かれた物語言説が論理的に含意する唯一の焦点化とは、語り手に対する焦点化なのだ
自伝形式が必然的に主人公に対する焦点化を要請するようなことはない(もっぱら二つの審級の広く流布した混同)

予告(主人公ではなく語り手が発するもの)
先説法
(この種の介入を「全知の小説家」にきしてしまうのは正しくない)
主人公に未知の事実の報告にあたっては自伝の語り手が関与するということ

主人公の情報と小説家の全知の間には、語り手の情報というものが存在する

自伝の語り手はその情報を思うが儘に譲渡するのであり、とくにはっきりとした理由を認めた場合にのみその情報を手元に留めておく

語り手にきすことが不可能なもののみを小説家にきすべき

真の困難が始るのは、主人公自信もそこにいあわせている情景が進行して行くなかで、物語言説がそのばでただちにそして感知しうるどのような中継もへることなく、主人公以外の作中人物の思考をわれわれに報告するときである
(ex死に瀕した人物の最後の思考)(冗説法)(全知の小説家にきす)

冗説法であるかいなかの決定的基準:
テクストの一貫性、物語の調子

非焦点化、古典的小説家の全知、

二重の焦点化、

多調性polymodalite':
(プルーストの物語言説の特徴)
複数性を特徴とする状態
(二つの焦点化の共存こそ実はプルーストの語りの実践の全体を象徴する役割を演じているのだ。事実彼の語りの実践は平然といわば無意識にでもあるかのように3通の焦点化の叙法を同時に利用しており……それはまた内部と外部に同時に存在することはありえないと定める精神の法則をも侵犯する……)
(すべての侵犯(黙説法、冗説法)がそれとの関連から変調と定義されるような音階法と、もはやどのようなコードも優位性をもたず侵犯という概念自体がすでに通用しなくなるような無音階法との間に介在するある種の中間的な状態)

両義的(というよりむしろ複合的)でことさら無秩序な語りの姿勢
(焦点化の体系だけでなく、失われたときの叙法の全実践をも特徴づけている)
1)最大限に強烈なミメーシスと、一切の小説的ミメーシスとは原理的に相反する語り手の存在との、行為を語る物語言説の水準における逆説的な共存
2)各作中人物の文体上の自立性が一段と揺るぎないものとする、直接話法の優位性、すなわち最高度の対話のミメーシス(ただしこれは最終的には言葉の巨大な戯れの中に作中人物たちを吸収してしまう)、あるいはその極点にたっした文学的無動機性や、写実主義(レアリズム)のアンチテーゼ
3)物語的再現の全論理を動揺せしめる、理論的には両立し得ない焦点化の競合

叙法の顛覆:
語り手自身の活動(存在)と、物語の源泉(物語言説における語り)による攪乱性の介入とに結びついている

態の審級



▼7 「物語のディスクール」メモ・5態1

●ジェラール・ジュネット「物語のディスクール─方法論の試み」

5態

▼語りの審級
p249

態voix:
動詞のあらわす行為が主語との関連において示す相

可変的関係

言表、言表行為(言表とその生産の審級)

物語言説の生産の審級

物語行為(語り)narration:

ある虚構の物語言説の物語状況はその書記(エクリチュール)の状況に決して還元されないのである

語りの審級の考察
それが生産したと見なされる物語言説のなかにそれが残した(とみなされる)痕跡によらなければならない

語りの分析
審級の変化(不変化)の研究

語りの時間
語りの水準
人称(語り手もしくは場合によって語り手の相手である一人または複数の聞手(ナラテール)と、語り手の語る物語内容との関係

▼語りの時間
p252

空間的限定
(物語内容が生じている場所、物語内容を語っている場所)

語りの審級の時間的限定
物語内容に対するその相対的位置

語りの4タイプ(時間的位置の観点)
1後置的なタイプ
(過去形で語られた物語言説における古典的な位置)
2前置的なタイプ
(予報的な物語言説、未来形で語られるのが普通、現在形で語ったとしても可)
3同時的なタイプ
(物語られる行為と同じ時点に位置する)
(単純、物語内容と語りとが厳密に一致しているためにどんな種類の相互干渉もまたいかなる種類の時間的作用も排除されてしまう
(二つの審級の一体化は、物語内容に力点が置かれるかそれとも物語言説のほうに力点がおかれるかによって二つの相対立した方向で機能する)
(行動主義的でもっぱら出来事のみを語る、客観性の極地)
(力点が語りそのもののほうにあるとすれば物語内容と語りの一致は言説の方に遊離に作用することになり、物語られる行為の方は単なる口実の状態にまで還元されついには廃絶されるかにみえる)
4挿入的なタイプ
(物語られる行為の諸時点の間に挿入される)
(複雑、複数の審級が含まれていて、語りが物語内容に逆作用を及すようなかたちで絡み合っている、)
(複数の手紙の書手が存在する書簡体小説、日記の形式がくずれていって、不確定で、さらには一貫してもいない時間的位置を持つ一種の事後的な独白)
(不確定性、)
(物語内容と語りが時間的にきわめて接近していることから、出来事を語る物語言説に認められる軽度の時間的ずれ(「今日私の身にこんなことがおこった」)と、思考や感情の陳述における絶対的同時性(「それについて今夜の私はこんなふうに考えている」)との間に、こいってよければ精妙きわまりない摩擦効果が、たいていの場合は生み出されるわけである。)
(日記と手紙による告白とは常に、……つまり内的独白に近いものと事後的な報告とをあわせもっている。この場合語り手は依然として主人公でありながらも、それと同時にすでに別の誰かである。)
(二人の相連続したヒロインを持つことになる。そして第2のヒロイン(だけ)は語り手で(も)あって、自分の視点を相手に押しつけてくる……その視点とは、かろうじて不協和音が生じるだけのずれをもった、直後の視点にほかならない)

物語内容が語りにおいつくには語りの持続が物語内容のそれをこえないことがいうまでもなく必要である

物語るということは時間のかかること

物語言説を語る虚構の語りにはどんな持続も存在しないと見なされている

語りの持続の問題

後置的な語りには、時間的状況(過去の物語内容に対する)が含まれていると同時に、それは固有の持続をもたないのだから非時間的な本質もまたそこには存在する
(一瞬の持続、時の秩序から解き放たれた瞬間)

▼語りの水準
p266

ある物語言説によって語られるどんな出来事も、その物語言説を生産する語り行為が位置している水準に対して、そのすぐうえの物語世界の水準にあるのだ

1)物語世界外extradie'ge'tiqueの水準
第一の水準で遂行された行為
2)物語世界のdie'ge'tique水準(物語世界内のintradie'ge'tique水準)
第一次の物語言説に含まれている
3)メタ物語世界me'tadie'ge'tiqueの出来事
第2次の物語言説の中で語られた出来事

第一次物語言説の語りの審級:
物語世界外に位置
第2次(メタ物語的)物語言説の語りの審級:
物語世界(内)に位置

物語世界外の性質と現実の歴史的存在、物語世界(内)(及びメタ物語世界)の性質と虚構、──を混同してはならない

物語世界外の語りがすべて文学作品として引受けられているわけでは必ずしもない
物語世界外の語りはさらに必ずしも書かれたかたりとして引受けられているわけでさえない

物語世界内の語りがすべて必然的に口頭による物語を生産するわけではない
書かれたテクスト、虚構の文学テクストでもありうる

第2次物語言説もまた、口頭によるものでも書かれたものでもなくて、公然とであるかいなかはともかく、内的な物語言説として与えられることがありうる
(ある作中人物の記憶(夢の中であろうとなかろうと)蘇ったあらゆる種類の回想)
第2次物語言説は最後に、非言語的な(大抵は視覚的な)再現によっても引受けられる
(語り手としてはその種の図版的死霊を自分自身で描写することによって、あるいはもっとまれなことだが同じく『救われたモーゼ』においてヨゼフの一生を描き出す絵画にアムランが注釈を加える例のように、一人の作中人物にそれを描写させることによって、物語言説に変換してしまうのである)

▼メタ物語世界の物語言説
p271

第二次物語言説
(exオデュッセイアのオデュッセウスの語り、千一夜物語)

メタ物語世界の物語言説をそれが挿入されている第一次物語言説に結びつけうる関係の主なタイプ

1)メタ物語世界の出来事と物語世界の出来事とを直接的に結びつける因果関係
第二次物語言説に説明的機能を付与する
説明的後説法の変異体
2)純粋にテーマ論的な関係
メタ物語世界と物語世界とのいかなる空間的時間的な連続性も含意しない
対照の関係、類似の関係
(入れ子構造、類似関係の極限形式、範例)
3)物語内容の二つの水準の間にどんな明示的関係をも含まない
物語世界の中で一つの機能を果しているのは語りの行為そのものであり、それはメタ物語世界の内容とは無関係
(気晴し、妨害)
(ex千一夜物語)

語りの審級は第一のタイプから第3のタイプにかけていよいよその重要性を増してくる

語りもまたごく普通の行為の一つにすぎない

▼転説法
p274

ある語りの水準から別の語りの水準への移行を保証するものは原理的に語り以外に存在しない
語り以外の移行形式は全て不可能ではないにしても違犯

作者の転位法
読手に語りかける、読手の介入の要請、読手に頼み事をする

物語世界外の語り手もしくは聞手が物語り世界の空間へ侵入すると(物語世界(内)の作中人物たちがメタ物語世界の空間に侵入すると、等)ある奇妙な効果が生じる(滑稽、幻想的……)
この種の違犯

転説法(語りの転位法me'talepse narrative)

その平凡で単純な例
2種類の時間(物語内容の時間と語りの時間)を利用

(ex同じ役者達が次々と主人公になったり俳優になったりする)

これらの水準の戯れはいずれも真実らしさに背いてまでもそれらの戯れが越えようと試みている限界の重要性を、その効果の強烈さによって明らかにしている。そして、その限界とは、まさしく語り(もしくは再現)そのものにほかならない。それこそは二つの世界、即ち語りの場である世界と語りの対照である世界とを分離する、揺れ動きはしているがしかし侵すことの出来ない境界なのである

転説法においてもっとも衝撃的に思われる点:
物語世界害はおそらくつねにすでに物語世界なのであり語り手とその聞手達(つまり我々)は多分、やはり何らかの物語言説に属しているという仮定、の中にある

転説法に関連づけることの可能な一つの文彩
メタ物語世界として提示された者を物語り世界に属するものとして文脈と同じ語りの水準で物語るという文彩

これらの語りの形式では、メタ物語世界の中継(語り手)は言及されているといなとに関わらずただちに排除されて、第一次の語り手だけが残さることになる。そしてそのことが語りの水準を一つだけ(時には複数)節約する結果となるのであるが、われわれはこういった形式のものを、還元された(勿論物語世界に、というのが省略されている)メタ物語世界、もしくは疑似物語世界と呼ぶことにしよう。

▼『ジャン・サントゥイユ』から『失われたとき』へ──疑似物語世界の勝利
p278

ジャン・サントゥイユ(失われたときの初稿)

zについてxがyに語った物語言説こそわれわれの「経験」の織物それ自体なのであり、われわれの経験の大部分はまさしく語りの次元に属しているのである

失われたときにおける語りの主な特徴:
メタ物語世界の物語言説が殆ど一貫して排除されている

われわれという古風な語法、読手への呼びかけ、擬似的対話、語り手の解放

疑似物語世界の物語言説(失われたときの至る所で変ることなく用いられている言説):
原理的には第二次の物語言説ではあるが、ただちに第一次の水準に還元され、その起源がどうであろうと主人公=かたりてによって引受けられた物語言説
(主人公が記憶に呼戻した回想、内的物語言説、第三者が主人公に語って聴かせた種々の報告)

失われたときという作品:
全体が疑似物語世界の巨大な後説法
(それは媒体主体の回想としての資格を持つが、それらの回想はただちに最終的な語り手によって物語言説として要請され引受けられる)

昔語って聴かされた物語言説の回想
(二重の意味でメタ物語世界的)



▼8「物語のディスクール」メモ・5態2

●ジェラール・ジュネット「物語のディスクール─方法論の試み」

▼人称
p286

小説家の選択:
二つの語りの姿勢のうちいずれを選ぶかという点にある
二つの語りの姿勢
物語内容を語らせるにあたって作中人物の一人を選ぶか、その物語内容には登場しない語り手を選ぶか

二つの状況(一人称)
(文法的には同一視されるにしても語りの分析からすれば区別して考えるべき)
1語り手自身が自らを語り手として指示する場合
2語り手と物語内容の作中人物の一人とが人称の上で一致している場合
(一人称の物語言説という言い方は巧者のほうにしか当てはまらない、こうした言回しは不適切)

語り手はいつでも語り手として物語り言説に介入できるのだからどんな語りも定義上潜在的には一人称で行われていることになる

真の問題は自分の作中人物の一人を指し示すために、一人称を使用する機会が語り手にあるのかどうかを知ること

物語言説の2つのタイプ
1)異質物語世界の物語言説
語り手が自分の語る物語内容の中に登場しない場合
(exイーリアスにおけるホメロス)
2)等質物語世界の物語言説
語り手が自分の語る物語内容の中に、作中人物として登場する場合
1自己物語世界的:
語り手が自分の物語言説の主人公である場合
2語り手が二次的な役割(観察者、証人)しか演じていない場合

実のところ語り手は、主役を演じるか、それとも単なる観客にとどまるか、そのいずれでしかありえないのだ。

物語内容に対する語り手の関係は原理的に不変

侵犯、違犯、
同じ作中人物を支持するのに文法的人称が変る場合

古典的小説の領域では、語りの病理学(テクストの性急な手直しとテクストが未完成の状態にあることによって説明が付く)

現代の小説、
語り手と作中人物たちとの間に可変的もしくは浮動的な一つの関係を平然とうちたてている

失われたときと言う作品:
自己物語世界の物語言説、
主人公=語り手が語りの機能の特権を誰かに渡す殆ど一度もないといってよい
一人称の物語言説は意識的な美学上の選択がなされたその結果なのであって、直接的なうち明け話、告白、自伝の印などではない

語り手の境位の4つの基本タイプ:
語りの水準(物語世界外か物語世界内か)と物語内容に対する語り手の関係(異質物語世界か等質物語世界か)とに同時に着目する場合
1)異質物語世界外のタイプ
自分自身は登場しない物語内容を語る第一次の語り手
(exホメーロス)
2)等質物語世界外のタイプ
自分自身の物語内容を語る第一次の語り手
(exジル・ブラース)
3)異質物語世界内のタイプ
自分自身は概して登場することのないいくつもの物語内容を語る第二次の語り手
(exシャハラザード)
4)等質物語世界内のタイプ
自分自身の物語内容を語る第二次の語り手
(exオデュッセウス)

唯一の人称にようる3つの審級の統合──主人公=語り手=作者であるマルセル

客観化されるに至った精神的経験を支配しうる全知の語り手と同時に、
自己物語世界の語り手、つまりその最終的異議を他の全てのものに賦与しながらあくまでもそれ自体は主人公の特権であり続ける霊的な経験を自ら引受け、自分自身で注釈を添えることによってこれを真正なものとし、かつまたこれを解明しうるような語り手とが、
プルーストには必要となるわけである。
こうして一人称の、しかしながら時には全知でもあるという語りという、逆説的な、そして人によっては顰蹙の種ともなりかねない状況が生じる。

▼主人公・語り手
p297

自伝形式の小説:
(byシュピッツァー)
「物語る私」「物語られる私」
年齢と経験の差によって隔てられ、そうした差異の故に物語る私はある種の見下したようなあるいは皮肉混じりの優越感をもって物語られる私を扱いうる。
優越意識

(失われたとき)
進歩と言ったものには還元することのできない差異
(絶対的な差異、最終的な啓示、無意志的記憶、芸術的天職との決定的な経験)

▼語り手の機能
p300

語り手の言説は、それが小説的な言説であろうとそれ以外のものであろうと、他にもいくつかの機能を引受けることが出来るのである

語り手の機能の分類

1語りの機能fonction narrative:
物語の第一の相:物語内容、に関係
2管理の機能fonction de re'gie:
物語の第二の相:物語のテクスト、に関係
3コミニュケーションの機能fonction de communication:
物語の第三の相:物語状況そのもの、に関係
(これに関与する二人の中心人物の内一人は聞手であり他の一人は語り手自身である。こうした聞手への指向を確立しこれを維持しようと言う配慮)
4証言の機能fonction testimoniale、証明の機能fonction d'attestation:
(自分の語る物語内容に対して語り手が、語り手としてどのような役割を演じているのか、また語り手は物語内容との間にどのような関係を保っているかを説明する)
5思想的機能fonction ideologique:
(物語られる行為についての権威ある注釈)

作者が語る

▼聴き手
p305

聴き手(ナラテール):
語り手と同様、聴き手もまた物語状況の諸要素の一つであって、必然的に語り手と同じ物語世界の水準に位置を占める。いいかえるなら、語り手が必ずしも作者と一致しないように、聴き手もまた、アプリオリには読手とcたとえそれが潜在的な読手であっても)一致しないということである。

物語世界内の語り手には物語世界内の聴き手が照応する
これらの聴き手を指示するのは、時に応じてテクストの中に姿を現す二人称の標識だけ
われわれ読手はこれらの虚構の聴き手と同一視されえないがそれはこれらの物語世界内の語り手にはわれわれに語りかけることができないのと同じ

物語世界外の語り手は、物語世界外の聴き手しかその相手とはなしえない
この物語世界外の聴き手は、この場合、潜在的な読手に一致するのであって、現実のそれぞれの読手は、かかる聴き手と同一視されうる。
この潜在的な読手は原理的には不確定である(誰にも語りかけてはいないふりをすることもできるにしても)

言説というものの例にもれず、物語言説もまた、必ずや誰かを開いてとして語られるものであり、潜在的には受手に対する呼びかけを常に含んでいる

作品というのは結局の所プルーストもいうように、自己の内部をよみやすくしてやるために作者が読手に提供する一種の光学機械にすぎない

実のところそれぞれの読者は、読書をしている時には、他ならぬ自分自身の読者なのだ

物語言説の真の作者は、単に物語り言説を語るものだけに限られるわけではないのであり、それと同様か、時にはそれ以上に、物語言説を聴くものでもあるということだ。そして、物語言説をきくものが必ずしも、語りかけられているものというわけでもない──いつだって隣には誰かがいるものだ。

▼あとがき
p309

ある芸術家が偉大である時、その芸術家の美意識が彼の実践に釣り合うことは、決してと言ってよいほどありえないことなのであり、

解読格子(グリッド)

何が何でも「統一性」を求めるようなことをしたとしたら、つまり、作品の一貫性を強引に抽き出すようなことをしたとしたら、私にはさぞかし遺憾に思えることであろう。

物語の偶然性

▼訳者あとがき

ロシア・フォルマリズム

テーマ論的物語論(物語内容、何が語られているか)

形式的物語分析
どのように語られているか



フェルメール『地理学者』(.jpg


あとは、装飾とかつけて、さらにぼちぼち見ていきたい予定、、、

アイコン(コーン、工事中).jpg

 | HOME | 

FC2Ad

 

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

[ベケットギャラリー]

(ベケットの戯曲の抜粋ランダム)

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー

全ての記事を表示

→全ての記事を表示

最近の記事

『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと⑤
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと④(読書法のこと)
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと③
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと②
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと①
ipodが壊れて買ったにっき
老子の読書めも②
リヴァイアサン読書メモ2(感覚、造影について)
贈り物には羊羹・贈り物には羊羹・贈り物には羊羹
氷が手に着くのは何でなのかな
ラジオのジャズのこと
リヴァイアサン読書めも1

ブログ内検索

Lc.ツリータグリスト

カウンター

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。