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2017-11

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『ワープする宇宙』(ランドール)~②Ⅰ部1章から4章

目次と序章は↓にー
 http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-35.html

というわけで引き続き、読書&メモー

ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く
リサ・ランドール (2007/06)
日本放送出版協会

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序章から4章までが
●Ⅰ部 空間の次元と思考の広がり
です

その後、Ⅱ部からⅣ部までは
余剰次元の理論にいたるまでの
物理の理論の概要っぽいです

1章ー

●Ⅰ部 空間の次元と思考の広がり

▼第1章 入り口のパッセージ──次元の神秘的なベールをはぐ
  次元とは何か 
  愉快なパッセージを通って余剰次元へ
  二次元から見る三次元 
  有効理論



■第1章メモ

p34
「余剰次元」(エクストラ・ディメンション)という表現はとくに紛らわしい。この言葉を空間に適用する場合でも、その空間は私たちに知覚できるものではないからだ。視覚化しにくいものは、概して表現もしにくい。そもそも私たちは生理学的に、三つよりも多くの空間次元を処理できるようにつくられていない。光でも重力でも、既存のどの観測手段を用いても、この世界には空間の次元が三つしかないように見えるのだ。

 三つより多くの次元がある場合、それを表現する言葉(および方程式)の効力は、一〇〇〇枚の画像にも匹敵することが、このあとを読めばわかってもらえると思う。

▼次元とは何か

▼愉快なパッセージを通って余剰次元へ

イギリスの数学者エドウィン・A・アボットが『フラットランド』という小説を書いた。舞台となるのは架空の二次元宇宙──つまり題名のフラットランド(平面の国)──で、二次元の(さまざまな幾何学的形状をした)生き物が住んでいる。

p42

まだフラットランドに閉じこめられているA・スクエアは、三次元の球がいきなりやってきて自分のいる二次元世界を垂直に突っ切るのを見る。A・スクエアはフラットランドに閉じこめられているので、彼から見れば、一枚の円盤がだんだん大きく広がってゆき、また小さく縮まっていくようにしか見えない。しかしもちろん、それは球がA・スクエアのいるフラットランドを通過するときの断面である。

p43
 同じように考えると、たとえば「超球」(四つの次元をもった球)が私たちの宇宙を突っ切ったとした場合、私たちにとっては三次元の球が時間とともにだんだん大きくなって、また小さくなっていくように見えるはうだと類推できる。

三次元を通過する超球が、私たちにとっては三次元の球の連なりのように見えるはずだと自信を持って推論できる。

超立方体

▼二次元から見る三次元

p46
私たちは二次元の情報を使って三次元を構築できるのだ。

断面化(スライシング)、射影、ホログラフィーといった手法があり、

▼有効理論

p54
検出できない微小なプロセスの場合は、物理的な効果も無視されるのが普通である。

これを「有効理論」という。有効理論は、問題とされる距離において「有効」となる粒子や力だけに着目する。

計測や観測が期待できるものについてだけ考える。



ヽ(´ー`)ノ



続いては二章をみます

●Ⅰ部 空間の次元と思考の広がり

▼第2章 秘密のパッセージ──巻き上げられた余剰次元
  物理学における巻き上げられた次元
  ニュートンの重量の法則と余剰次元
  ニュートンの法則とコンパクトな次元
  次元に別の境界はありうるか



■第二章のメモ

p57

三つの次元がなぜ特別なのかわからなくても、どう特別なのかを考えることはできる。

ひも理論が本当に自然を正しく記述するもので、空間の次元が九つ(加えて時間の次元が一つ)あるのなら、失われている六つの空間次元はどうなったのか? なぜ見えないのか? それらの次元は私たちが見ている世界に何らかの影響を及ぼしているのか?
 後半の三つの疑問が、この本の中心をなしている。

余剰次元をもった世界という考えを受け入れるのであれば、その余剰次元がどのような理論から導かれるのであれ、存在の痕跡をわずかでも検出できていない理由には何らかの妥当な説明があるに違いない。

 この章では、極端に小さく「コンパクト化」された、すなわち巻き上げられた次元について説明しよう。この次元はどこにも伸びない。

▼物理学における巻き上げられた次元
p61

量子力学と重力を結びつける理論の最有力候補と目されるひも理論は、余剰次元について考えるべき具体的な理由を示している。

 そもそもは二〇世紀の初めに、アインシュタインの相対性理論が空間の余剰次元の可能性に扉を開いた。
アインシュタインの理論はどれか特定の空間次元の数を優遇するものではない。三次元でも四次元でも、一〇次元でも同じように通用する理論なのだ。それならなぜ、実際には三つしか次元がないように見えるのか?

一九一九年、ポーランドの数学者テオドール・カルツァは、アインシュタインの一般相対性理論を熱心に研究するうちに、その可能性がアインシュタインの理論のなかにあることに気づき、目に見えない新しい空間次元、すなわち四番目の空間次元があるという大胆な説を提示した。

クラインの説によれば、余剰次元は円状に巻かれていて、その大きさはきわめて小さく10-33センチメートル、すなわち一センチメートルの一兆分の一の一兆分の一の一〇億分の一しかない。この巻き上げられた極小の次元はあらゆるところにあって、空間のどの点も10-33センチメートルの微小な円をもっている。
 この小さな物理量をプランク長さという。

p65
ホース宇宙に住んでいる小さな生き物──たとえば平坦な虫──にとって、宇宙は二次元に見える

p67
カルツァ─クライン宇宙に話を戻そう。

たとえ新たな次元が存在していたとしても、見ることも経験することもできないなら、それは無視できるし、

三次元空間の各点にも、コンパクト化された円がそっくり乗せられる。

p71
さまざまな種類のコンパクトな空間のうち、ひも理論にとって重要なのが、カラビ─ヤウ多様体である。

 いずれにしても、巻き上げられた次元がいくつあって、どういう形状をしていようと、無限に伸びた次元上の各点には、巻かれた次元をすべて内包した小さいコンパクトな空間がつねに存在する。したがって、たとえば仮にひも理論が正しいとすれば、目に見える空間のあらゆるところに──
──目に見えないほどの微小な六次元のカラビ─ヤウ多様体が存在していることになる。高次元の幾何学図形が、空間のすべての点に存在しているわけだ。
 ひも理論では、たいてい──クラインが言ったように──巻き上げられた次元の長さは非常に短く、プランク長さ、即ち10-33センチメートル程度とされる。たしかにプランク長さほどのコンパクトな次元なら、しっかり隠れていて当然だ。

▼ニュートンの重量の法則と余剰次元

p72
 ニュートンの逆二乗法則というかたちで定式化されている重力法則の距離依存は、空間次元の数と密接に関連している。

ホース、スプリンクラー

▼ニュートンの法則とコンパクトな次元

つまり巻き上げられた次元の大きさよりも長い距離で離れた物体間の重力を測っている限りにおいては、量的な観点からさえ、余剰次元の存在は知り得ないのだ。

▼次元に別の境界はありうるか

 ここまでの話をまとめておくと、余剰次元が充分に小さければ、それは目にも見えず、私たちの観測できる距離スケールにおいては存在の影響さえ見せない。

余剰次元の研究にとて重要な疑問は、これらの次元がどれだけの大きさだったら私たちに見えないままでいられるか、ということだ。

余剰次元は本当に小さくなければならないのか、ということだ。たしかに私たちには微小な次元は見えないが、目で見えない次元は小さくなければならないのか? 余剰次元が私たちの目に見えないまま広がりつづけている可能性はないのか?

ブレーン──高次元空間にある膜のような物体──は、世界が「終る」のに必要な境界条件を与える。



ヽ(´ー`)ノ
とりあえず読書中のメモなのでまとめとかはなし・・・



3章ー

●Ⅰ部 空間の次元と思考の広がり

▼第3章 閉鎖的なパッセージ
     ──ブレーン、ブレーンワールド、バルク
  スライスとしてのブレーン
  境界をなすブレーンと埋め込まれたブレーン
  ブレーンにとらわれて
  ブレーンワールド──ブレーンのジャングルジムの青写真



■3章のメモ

p82
しかし、ひも理論のブレーンは、粒子といっしょに力までつかまえるという初めてのタイプのブレーンで、このあと見るように、そこがこのブレーンの非常に興味深いところとなっている。

粒子と力も、探せばほかにいくつも次元があるかもしれない宇宙のなかで、ブレーンという低次元の面にとらわれている可能性がある。

▼スライスとしてのブレーン

p84
いまやふたたび物理学は、私たちを取り巻く三次元世界が高次元世界の三次元スライスでありうるという考えに戻ってきている。ブレーンは、空間の一枚の(おそらくは多次元の)スライスに沿った方向だけに広がっている、時空の特殊な領域である。「ブレーン」という言葉が「膜(メンブレーン)」という言葉から来ているのも当然で、膜もブレーンと同じように、物質を取り囲む、あるいは物質のあいだに広がる層だからだ。

 いずれにしてもブレーンという領域では、それを取り巻く、あるいはそれが境界をなす全体の高次元空間よりも次元の数が少ない。ただし、膜の次元は二つだが、ブレーンの次元の数はいくつにもなりうる。私たちにとて最も重要なブレーンの空間次元は三つだが、「ブレーン」という言葉はこの種の「スライス」すべてを指している。

次元が三つあるブレーンならば「3ブレーン」、四つあるブレーンならば「4ブレーン」というふうに称される。

▼境界をなすブレーンと埋め込まれたブレーン

p85
次元は丸まってはいずに、ある有限の範囲内で終っているだけではないのか。

高次元世界では、ブレーンが高次元空間全体の境界になっている。この全体の空間を「バルク」という。ブレーンと違って、バルクは全方向に伸びている。バルクはあらゆる次元に及び、ブレーン上にもブレーン外にも広がっている。
したがってバルクは文字通り「バルキー」、つまり「かさがある」が、その点ブレーンは(ある次元では)パンケーキのように平らである。

ものが境界をなすブレーンに到達すると、それは跳ね返ってくる。

これは、物理学用語で言う「反射境界条件」の一例だ。

バルクやブレーンの次元がいくつであろうと、また、ブレーンが空間の内部にあろうと境界にあろうと、ブレーンはつねに粒子や力をそのブレーン上につかまえておけることを説明しよう。

▼ブレーンにとらわれて

移動の自由が制限されていて、ある領域の空間には決して行かれないものの例は、身近にいくらでもある。ワイヤーの電荷も、そろばんの玉も、

シャワーカーテンについた水滴は、カーテンの二次元の面にそってしか移動できない。

p89
シャワーカーテンやロイドの15パズルと同じく、ブレーンも、ものを低次元の面につかまえたまま放さない。つまり、ブレーンがあると考えると、世界のなかに別の次元があったとしても、すべての物質が自由にどこへでも移動できるわけではない可能性が出てくる。カーテン上の水滴が二次元の面に拘束されているように、粒子やひもも、高次元世界の内部にある三次元ブレーンに閉じこめられているのかもしれない。

 ブレーンに閉じこめられた粒子は、物理法則によって完全にそのブレーンにとらわれている。ブレーンに拘束された物体は、そのブレーンの外に伸びる余剰次元には絶対に飛び出していかない。すべての粒子がブレーンにとらわれるわけではなく、一部の粒子は自由にバルク内を移動できているのかもしれないが、いずれにしてもブレーンを含めた理論では、それ以外の多次元理論にはない、ブレーン上の粒子という概念が重要となる。

p91
 原則として、ブレーンとバルクの次元の数はいくつにもなりうる。ただし、ブレーンがバルクより多くの次元をもつことは決してない。ブレーンに閉じこめられた粒子が移動できる次元の数が「ブレーンの次元」だ。これにはいくつもの数が考えられるが、あとで私たちにとって最も重要となるのは、三次元のブレーンである。三次元がどうしてそんなに特別なのか、その理由はわからない。

 この宇宙にたくさんの次元があったとしても、私たちにおなじみの粒子や力が三次元ブレーンにとらわれているのなら、次元が三つだけの宇宙にいるのとまったく変わらないふるまいをするだろう。ブレーンに閉じこめられた粒子は、そのブレーンに沿った移動しかしないのである。

 さらに言えば、ブレーンにとらわれた力は、同じブレーン上に閉じこめられた粒子にしか影響を及ぼさない。私たちを構成している原子核や電子などの物質も、それらの構成単位を相互作用させる電気力などの力も、ともに三次元のブレーンに閉じこめられているのかもしれない。

 しかし、力と物質がブレーンに張りついているとしても、すべてのものが一枚のブレーンに閉じこめられているわけではないというのがブレーンワールドの興味深いところだ。たとえば重力は、決してブレーンに閉じこめられない。一般相対性理論によれば、重力は時空構造に織り込まれている。したがって重力は空間のいたるところで、どの方向にでも働くはずだ。もし重力が一枚のブレーンに閉じこめられているのなら、私たちは一般相対性理論を捨てなければならなくなる。
 幸い事実はそうではない。たとえブレーンが存在しているとしても、重力はブレーン上でもブレーン外でも、どこでも自由にふるまえる。これは重要なことだ。

 というのも、そうだとすればブレーンワールドは少なくとも重力を唯一の媒介として、バルクと相互作用を果たしていることになるからだ。重力がバルクに伸び、すべてのものが重力を通じて相互作用を果たすのだから、ブレーンワールドはつねに余剰次元とつながっていることになる。ブレーンワールドは孤立して存在するのではなく、もっと大きな全体の一部として、そこと相互作用を果たしているのだ。重力に加えて、おそらくバルクには別の粒子や力が存在している。もしそうなら、それらの粒子もブレーン上に閉じこめられた粒子と相互作用を果たし、ブレーンにとらわれた粒子を高次元のバルクに結びつけるだろう。

ブレーンは力と粒子をとどめておける低次元の面であり、高次元空間の境界をなす──これだけを押さえておけばいい。

▼ブレーンワールド──ブレーンのジャングルジムの青写真

p93

 ブレーンはほとんどの粒子と力を閉じこめておけるわけだから、私たちの住む宇宙は余剰次元の海に浮かぶ三次元ブレーンに収容されている可能性がある。重力は余剰次元に伸びていけるが、恒星や惑星や人間、そのほか私たちが知覚するすべてのものは、三次元のブレーンに拘束されているのかもしれない。だとすると、私たちはブレーン上に住んでいることになる。ブレーンが私たちの住環境なのだ。ブレーンワールドという概念は、この仮定の上になりたっている。

p94
 一枚のブレーンが高次元の時空に浮かんでいられるのなら、もっと多くのブレーンがあったとしてもおかしくはない。むしろブレーンワールドのシナリオには、たいてい二枚以上のブレーンが含まれる。この宇宙にどのような種類のいくつのブレーンがありうるのかは、まだわかっていない。そうした二枚以上のブレーンを想定する理論をさして「マルチバース(多重宇宙)」という呼び方をすることがある。
この言葉は一般には、ある部分と別の部分が相互作用をしない、あるいは弱くしか相互作用をしない宇宙をさすのに用いられる。

したがって本書では、二枚以上あるブレーンのあいだに重力以外に共通する力が何もない状況で、その両方を収容している宇宙をマルチバースと呼ぶことにする。

 ブレーンについて考えると、私たちが自分の住む空間をいかに知らないかにあらためて気づく。この宇宙は断続的なブレーンをみごとにつなぎあわせた構成になっているのかもしれない。しかし、たとえ基本的な構成要素がわかっていたとしても、二枚以上のブレーンを内包するマルチバースでは、風変わりな新しい空間配置のシナリオがいろいろと考えられるし、そこに私たちの知る粒子と知らない粒子がどのようにちりばめられているかについても、無数の可能性が考えられる。

 あるブレーンは私たちのブレーンと平行になっていて、パラレルワールド(並行世界)を内包しているかもしれない。しかし、それとは違った別のブレーンワールドがたくさん存在している可能性もある。ブレーンとブレーンが交差して、その交差点に粒子がとらわれていることだって考えられる。ブレーンによって次元の数も違うだろう。湾曲したブレーン、動くブレーン、目に見えない次元を取り巻いているブレーンもあるかもしれない。

p96
 私たちの知らない新しい力が、遠いブレーンに閉じこめられたまま存在している可能性もある。あるいは私たちと直接的な相互作用をすることのない新しい粒子が、そうした別のブレーンいっぱいに広がっている可能性もある。ダークマターとダークエネルギー──重力効果から推測されるが、その正体は不明な物質とエネルギー──を説明できる新たなものが別のブレーンに、あるいはバルクとブレーンの両方に広がっている可能性もある。

もし別のブレーンに生命体がいたとしても

発見可能なブレーンワールドとは、私たちの世界の物理的な特徴との関連性をもっているブレーンワールドだ。





4章ー

3章までは、余剰次元という
この本の主要テーマのさわりっぽかったけど
1部の最後の4章は少し変わって
2部以降のこれまでの物理学のおさらい&まとめへの導入として
現在の物理学の状況「物理学の世界がどういうものであるか」
──を説明しているようです

本の主題から離れるのはもどかしいともいえるけど
量子力学、相対性理論、素粒子物理学とか
本を買ってでも(買ってる)勉強したい内容ばかりだと思えば
別に本を買わずにすんでお買い得、と思っておけばいいかも

メモをとる頻度は一律にするように神経使う必要ないかも
それで逆に、全部収録しなきゃとかプレッシャーになると
読書する気がおちるし、、、
現在読んでいるのは4章までで
メモをとるために読書はすすんでいないし
読み進めるのと、メモを取るのと
バランスよくすすめたいなー

というわけでメモー

ヽ(´ー`)ノ

●Ⅰ部 空間の次元と思考の広がり

▼第4章 理論物理学へのアプローチ
  モデル構築
  物質の中核
  今後の展開



■4章のメモ

p100
なぜ物理学者は現実の物理世界に本当に余剰次元があると考えるようになったのか。これに答えるには、少々長い説明が必要だ──前世紀のきわめて重要な物理学上の進展を知っておかなくてはならない。どういう余剰次元宇宙が考えられるかを見ていくまえに、このあとの数章でそれらの進展をおさらいし、そこから再審理論にどうつながっていったかを説明しておこう。

量子力学、一般相対性理論、
標準モデル、対称性、対称性の破れ、階層性問題
超対称性、ひも理論、余剰次元、ブレーン

だが、いきなりこれらのテーマに入るまえに、まずは準備段階として、物理学の世界がどういうものであるかを簡単にこの章で見ていくことにする。

こうした手がかりをおいかけるのに用いられている現在の二つの手法を、つぎの節で説明する。それはモデル構築──私の得意とする方式──と、基礎的な高エネルギー物理へのもう一つのアプローチ、すなわち、ひも理論である。ひも理論がある一定の理論から普遍的な予言を導こうとするものであるのに対し、モデル構築は物理学上の特定の問題を解決する方法をまず見つけ、そこを出発点として理論を組み立てようとするものだ。

▼モデル構築

物理学者からすれば、できるだけ簡潔な規則とできるだけ少ない基礎的な要素であらゆる観測結果を説明できるような理論が見つかれば申し分ない。一部の物理学者にとっての究極の目標は、シンプルでエレガントな統一理論──それを用いればどんな素粒子物理実験の結果でも予言できる理論なのである。

悩ましいことに、この世界は複雑なのである。現実の入り組んだ世界に、すっきりした無駄のない説明を結びつけるには相当の苦労がいる。

 素粒子物理学者はこの問題を打開するために、二種類の方法論を用いて理論を観測結果に結びつけている。一つは「トップダウン」方式で、まず自分が正しいと信じる理論を──ひも理論の研究者ならひも理論を──出発点として、そこから実際に観測される乱雑な世界に見合うような帰結を演繹しようとする。
これに対して、モデル構築がとるのは「ボトムアップ」方式だ。観測された素粒子とその相互作用のあいだの関連性を見つけることによって、その根本にある理論を導き出そうとするもので、こちらは物理現象のなかに手がかりを求める。そしてモデルをつくるわけだが、それは試論であって、最終的に正しいかどうかはわからない。いずれの手法にもそれぞれの長所と短所があり、どちらが進展につながるかは時と場合による。

ひも革命

ただし、物理学者がこぞってひも理論に飛びついたわけではない。

当初、対立する二つの視点──ひも理論とモデル構築──のどちらが優れているかをめぐるバトルはすさまじく、どちらも自分たちのやり方のほうが真実にいたる立脚点としてふさわしいと主張した。

ちょうど素粒子物理学の世界に入ったところだった私はモデル構築側の陣営にとどまった。

 私たちモデル構築の研究者は、すべてをいっぺんに導き出すのは現実的に無理だと考えている。

p112
 幸い、状況は変わった。昨今では、理論と低エネルギー現象がお互いの進歩を支えあい、いまや大半の研究者がひも理論と実験物理学を同時に考えるようになっている。

もはや両陣営は以前ほど明確に分かれてはおらず、多くの共通基盤をもつようになった。

科学的にも社会的にも、モデル構築とひも理論のあいだに重なり合う部分が増えてきた。

▼物質の中核

物質の中核にあって、それ以上分解できないものが素粒子である。

素粒子物理学の最終目標は、物質の最も基本的な構成要素と、その構成要素をつかさどる最も基礎的な物理法則を発見することである。

原子核、電子
陽子、中性子、核子

クォーク

これらのクォークを結びつけている力が「強い力」と呼ばれる核力である。

 ノーベル物理学賞受賞者のスティーヴン・ワインバーグは、このような物質の基本構成単位──電子、アップクォーク、ダウンクォーク──と、それ以外の一時的に現れる基本素粒子の相互作用を記述する従来の素粒子物理理論をさして、「標準モデル」と名付けた。標準モデルでは、素粒子に相互作用を果たさせる四つの力のうちの三つ、すなわち電磁気力と、弱い力と、強い力についても説明される(通常、重力は省かれる。

p119

標準モデルの素粒子を一覧にしたのが図32と図33だ。

標準モデルに含まれる重い素粒子がなぜ存在するかは誰にもわからない。その目的は何か、究極的な根本理論にどんな役割をはたすのか、普通の物質を構成している物質素粒子となぜこれほど質量が違うのか──。これらは標準モデルが抱える大きな謎の一つだ。このほかに、標準モデルが未解決のままにしている数少ない謎にはこんなものがある。なぜ四つの力があってそれ以外はないのか? まだ検出されていない別の力がある可能性はないのか? 重力はなぜほかの力に比べてこんなにも弱いのか?

 さらに、標準モデルにはもっと思弁的な問題も残っている。
どうしたら量子力学と重力をどの距離スケールでも矛盾なく両立させられるかということだ。

素粒子物理学の本質的な限界にかかわる問題である。

ともに未解決のまま残っているので、私たちは標準モデルの先を考えざるをえない。標準モデルは優れた理論で、数々の難問を解決したが、さらに基礎的な構造が発見を待っているのは明らかであり、より基礎的な原理を探す試みは決して徒労には終わらない。作曲家のスティーヴ・ライヒが『ニューヨーク・タイムズ』で(自分の書く作品のたとえとして)語っていたとおり、「最初は原子があるだけだったが、それから陽子と中性子が出てきて、さらにクォークが出てきて、いまやひも理論が語られている。二〇年、三〇年、四〇年、五〇年と経つごとに、落とし戸が開いて別のレベルの現実が現れてくる」。

もはや、粒子加速器による実験で標準モデルの素粒子が探されることはない。それはもうすべて見つかった。

正しい自然の記述

▼今後の展開

p122

 次章から、これらの進展を一つずつ見ていくことにしよう。理論は観測と、そのまえの理論の欠陥を埋めることから生まれる。

第10章では、

それは素粒子の質量の起源だ

ある章を読み飛ばしたい場合や、後述するテーマのほうに関心がある場合は、この箇条書きにした項目をその章のまとめとして利用してもらえばいい。

第17章からは、いよいよ余剰次元のブレーンワールドの探索に入る。




ヽ(´ー`)ノ

●Ⅰ部 空間の次元と思考の広がり──はこれでおわりー

次からはしばらく二〇世紀の物理学のことになります
読み飛ばしてもいいみたいだけど、一応よもうー

というわけでウィキペディアで用語について補足ー

標準モデル
標準模型
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%99%E6%BA%96%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB

標準模型(ひょうじゅんもけい)は、標準理論(ひょうじゅんりろん)ともいい、素粒子物理学の三つの基本的な力すなわち強い力、弱い力、電磁力を記述する理論である。正確には、強い力の量子色力学と、弱い力、電磁力のワインバーグ・サラム理論と小林・益川理論を合わせたものである。

それは場の量子論的方法で記述されているため、量子力学と特殊相対性理論の両方と整合している。今までのところ、三つの力に関するほとんどすべての実験結果は標準模型による予言と一致する。ただし、ニュートリノは質量ゼロの粒子として定義しているため、ニュートリノ振動などの実験結果を説明するためには修正が必要である。

したがって、標準理論は基本的力の完全な理論ではない。その理由として、先の三つの力の統一ができていない(大統一理論、超対称大統一理論を参照せよ)ことがあげられる。さらに、重力について何も記述していないことも大きな問題である。


[編集] 標準模型の内容
標準模型はボース粒子・フェルミ粒子両方を含む。フェルミ粒子は半整数スピンを持ち、パウリの排他原理に従う粒子である。この排他律により、フェルミ粒子は同じ量子状態を共有することはできない。ボース粒子は整数スピンを持ち、パウリの排他原理には従わない。

▼標準模型のフェルミ粒子
(フェルミ粒子 記号 電荷 弱荷* 色荷 質量 )
●第一世代
電子 e- -1 -1/2 無色 0.511 MeV
電子ニュートリノ νe 0 +1/2 無色 < 50 eV
アップクォーク u +2/3 +1/2 赤/緑/青 ~5 MeV
ダウンクォーク d -1/3 -1/2 赤/緑/青 ~10 MeV
●第二世代
ミュー粒子 μ- -1 -1/2 無色 105.6 MeV
ミューニュートリノ νμ 0 +1/2 無色 < 0.5 MeV
チャームクォーク c +2/3 +1/2 赤/緑/青 ~1.5 GeV
ストレンジクォーク s -1/3 -1/2 赤/緑/青 ~100 MeV
●第三世代
タウ粒子 τ- -1 -1/2 無色 1.784 GeV
タウニュートリノ ντ 0 +1/2 無色 < 70 MeV
トップクォーク t +2/3 +1/2 赤/緑/青 178 GeV
ボトムクォーク b -1/3 -1/2 赤/緑/青 ~4.7 GeV

▼標準模型の力を媒介するボース粒子
(相互作用 ゲージ群 ボース粒子 記号 電荷 質量 )
電磁力 U(1) 光子 γ 0 0
弱い力 SU(2) Zボソン Z0 0 91.19 GeV
Wボソン W± ±1 80.2 GeV
強い力 SU(3) グルーオン g 0 0

[編集] 関連記事
ワインバーグ・サラム理論
量子色力学
小林・益川理論






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