kuzukiria_blog(文学的)

読書とか、いろいろなお勉強(byウィキペディア)とか、文章(文学、芸術、哲学)とか・・・


2017-04

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「モーリス・ベジャール氏死去」の衝撃・・・

えーーーーーーーーーーー

何かバレエ公演とかないかなとかネットを眺めてたら

「モーリス・ベジャール氏死去」って・・・
  http://www.nbs.or.jp/news/news20071123.html
  (NBS)

バレエを見るのが好きになった一番のきっかけは
ギエムのボレロでした
ボレロはベジャール振り付けです

なかなかショックです・・・
作品みたいなーとか思っていた人なので・・・

ともかくニュースはりつけです
他にもあるかもしれないけど・・・

■モーリス・ベジャールさんを悼む
2007年11月24日10時51分

(朝日新聞)
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200711240061.html

 22日死去した振付家モーリス・ベジャールさんは、舞踊の世界にとどまらず、音楽や演劇、映画など様々な表現ジャンルに大きな足跡を残した。日本の伝統文化とも深い関係にあったベジャール芸術の魅力を、歌舞伎俳優の坂東玉三郎さん、元バレエダンサーの俳優小林十市さん、舞踊評論家の佐々木涼子さんが語った。

踊り引き出す「お父さん」 坂東玉三郎さん〈歌舞伎俳優〉

 初めてお会いしたのは約30年前。94年初演の「リア王~コーデリアの死」などを共演したり振り付けていただいたりして、影響を受けました。踊り手の個性をつかみ出し、花咲かせる力。踊れない人でも、その人ならではの踊りを引き出すのです。

 コンテンポラリーというより古典的。芸術が根ざす思想や風土を理解した上で現代に導き出す。だから文学者をも楽しませた。東洋文化も深く理解したから「ザ・カブキ」などが生まれたのだと思います。

 歌舞伎舞踊にもある「黒塚」を踊った時、「サーカス小屋に入った気分で、よかった」と。サーカスもバレエも上下をつけず、客席での楽しさを何より重視していらっしゃった。

 作品によく出たジョルジュ・ドンさんもパトリック・デュポンさんも、やんちゃなところがあってしかられたけど、すぐに許して受け入れる大きな存在でした。ドンさんの死後、死生観を反映した作品が目立つようになりましたね。

 起伏の激しい作品を作る方という印象もあるが、少なくとも晩年はすごく優しくて、僕は心の中で「お父さん」と呼んでいました。

見せ方天才的だった 小林十市さん〈元バレエダンサー〉

 今月も車いすでけいこ場に出てきたそうです。12月発表の新作「80分で世界一周」の振り付けもしていたと聞きました。

 89年に彼のバレエ団に入りました。93年の「M」では主役を踊り、振り付け助手もするようになった。

 97年の「バレエ・フォー・ライフ」でもソロを作ってもらいましたが、彼はまず曲を選び、一緒に聴く。それから一つずつの動作を作り、五つくらいできたら曲に合わせて踊る。すごくぜいたくな時間でしたね。

 指示は具体的で、作品の持つ意味などを語ることは少なかった。一つひとつの動きは決して複雑ではなく、むしろシンプル。動きに人間くささがあり、ダンサーが感情を乗せやすかった。曲の選択や構成の仕方といった見せ方が天才的でしたね。

 彼の舞台ではいつも自分でいられた。「西洋の王子様」を演じるのではなく、「日本人の小林十市」として完全燃焼ができる。ショーとして見せるという感覚ではなく、舞台の上で生きることができた。

 見る人にショックを与えるような作品もありましたが、根本には、どんな人間をも包み込む深く大きな愛があったと感じます。

新たな表現 追求し続け 佐々木涼子さん〈舞踏評論家〉

 哲学的な思索とスペクタクル。一見矛盾するこのふたつの要素がベジャール作品に同居していた。閉鎖的で特権的だったバレエが飛躍的に間口を広げた20世紀のシンボル的存在だった。

 たとえば「春の祭典」。新しい命が生まれる奇跡をどう現代的に表現するか考えていた時、発情して交尾する鹿をテレビで見たのをきっかけに、荒々しい性の祝祭劇を世に放つことになる。この作品で彼は、劇場全体を揺るがす「コツ」をつかんだのだと思う。

 「ボレロ」もそう。女性の挑発に男たちが群れるという図式自体は、すでに他の振付家が実現していた。ベジャールが非凡だったのは、それを男性のジョルジュ・ドンに踊らせたこと。

 ドン自身が性を超えた、祭司さながらの神々しい存在となり、作品に新たなカリスマ性を与えた。ドンとの出会いで、彼の芸術はさらなる飛翔(ひしょう)を遂げた。

 誰よりも古典の素晴らしさを知りながら、そこにとどまらず、驚くべき創造力で常に新しい表現を切り開き続けてきた。全盛期には、一度つくった作品は再演しなかった。自ら課したとはいえ、いばらの道だったろうと思う。


■20世紀最大の振付師ベジャール氏、その輝かしい足跡

http://www.afpbb.com/article/entertainment/news-entertainment/2316087/2384140

2007年11月23日 19:00 発信地:ジュネーブ/スイス
関連写真 3枚

スイスのローザンヌ(Lausanne)で、リハーサルに姿を見せたフランス人振付師モーリス・ベジャール(Maurice Bejart)氏(右) (2007年11月11日撮影)。(c)AFP/ILIA CHKOLNIK



【11月23日 AFP】22日に80歳の生涯に幕を下ろしたフランス人振付師モーリス・ベジャール(Maurice Bejart)氏は、半世紀以上にわたり、近代舞踊の限界に挑戦しつづける一方で、バレエを一般大衆にもなじみ深いものにするために心血を注いできた。

 ベジャール氏は1927年、フランス・マルセイユ(Marseille)に生まれた。本名はモーリス・ベルジェ(Maurice Berger )だが、敬愛するフランスの劇作家モリエール(Moliere)の妻の名前にちなんで、後にモーリス・ベジャールの芸名を名乗るようになった。父親は著名哲学者ガストン・ベルジェ(Gaston Berger)。14歳の時、虚弱体質矯正のために、医師の勧めでバレエを習い始めた。

 大学で哲学を専攻した後、バレエに人生をささげようと決意。ロンドン(London)とパリ(Paris)で本格的にクラシックバレエを学んだ。

 1952年、イーゴリ・ストラビンスキー(Igor Stravinsky)作曲のスウェーデン映画『火の鳥(The Firebird)』で振付師としてデビュー。映画には本人も出演した。

 50年代半ごろには舞踊会で頭角を現し始めたが、クラシック・バレエが「一般大衆と切り離されている」ことを憂えて、近代音楽と力強く独創的なパフォーマンスを世に広めることに専心するようになった。

 その後、フランス人作曲家ピエール・アンリ(Pierre Henry)、ピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer)とともに『孤独な男のためのシンフォニー(Symphony for a solitary man)』を作曲。「具体音楽」と呼ばれる前衛的音楽に傾倒するようになった。55年には、同作をバレエ化している。

 だが、極めて躍動的な振り付けスタイルや、踊り手に自主性を与えるやり方は、フランス国内の評論家にはあまり受け入れられなかった。59年には、ベルギーのブリュッセル(Brussels )にあるモネ劇場(La Monnaie、正式名称はRoyal Mint Theatre)に活動拠点を移している。

 ブリュッセルでストラビンスキー作『春の祭典(Rites of Spring)』を成功させた後、60年には「20世紀バレエ団(20th Century Ballet Company)」を結成。同カンパニーは25年以上にわたり、モネ劇場の専属バレエ団として活躍しつづけた。20世紀バレエ団は世界各地で遠征公演も行い、ベジャール氏は欧州大陸にその名をとどろかせるようになった。しかし、英語圏では決定的な成功を収めるには至らなかった。

 晩年になって得た世界的名声は、革新的な作品を発表しては観衆を集めるのに苦労していた駆け出し時代の評判と極めて対照的と言えよう。振付師として50年の節目を迎えた2004年、AFPのインタビューに応じたベジャール氏は、「『孤独な男のためのシンフォニー』を発表した時は、『観衆が逃げ出す』とまで言われた。だから80人も観客が来た時はうれしかった」と当時を振り返っている。

 ブリュッセル時代の代表作に、ラベル(Ravel)の『ボレロ(Bolero)』(1960年)、ベートーベン(Beethoven)の『交響曲第9番(Ninth Symphony)』(1964年)、ピエール・アンリの『現代のためのミサ(Mass for Today)』(1967年)、ストラビンスキーの『火の鳥』(1970年)がある。西洋音楽だけではなく、歌舞伎やアジア・中東音楽も取り入れた作品も発表した。

 1987年、本拠地をスイスに移し、自身のバレエ団を「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」と改称した。

 同氏の功績は日本でも認められ、86年には勲3等旭日中綬章を受章。94年には「仏芸術アカデミー(French Academy of Fine Arts)」の会員となっている。

 ベジャール氏は22日に死去。死因は明らかにされていないが、前週、今月2度目となる心臓と腎臓の治療を受けていた。(c)AFP

■ベジャール氏、死去
2007/11/23 - 10:27

http://www.swissinfo.ch/jpn/front/detail.html?siteSect=105&sid=8456075&cKey=1195858547000&ty=st

ローザンヌで80歳の誕生日を祝う (Keystone Archive) ベジャール氏は多文化の街マルセイユ生まれ。哲学や仏教、タンゴから剣道に至る幅広い教養の下地はここにあったのかもしれない。
14歳でバレエを始め、大学で哲学を学ぶと同時にダンスのレッスンを受ける。ダンサーとしてのデビューは18歳、振り付けを初めて発表したのは24歳のときだった。



振り付けも来世へ

 1959年、「春の祭典 ( Le sacre du printemps ) 」を初演、その後27年間ブリュッセルのオペラで活動を続けた。「20世紀バレエ団 ( Ballet du XXe siecle ) 」の創設は1960年。ベジャール氏はネオクラシックバレエのスタイルを打ち破り、優雅さや妙技にセンセーショナルな官能性や情熱的な身体意識を織り込んだ。これにより、男性バレエに新風を吹き込む。

 しかし、ブリュッセルで必要な予算が認められなくなり、ベジャール氏は1987年、ダンサーたちを連れてローザンヌへ移住。この地で「ベジャール・バレエ・ローザンヌ ( BBL ) 」を主宰した。

 博識で語学に長け、外国の神話や文化にも精通していたベジャール氏は、生前「歩く百科事典」と呼ばれていた。しかし、最近、心臓や肝臓に疾患を患い、11月22日に80歳で生涯を終えた。

 ベジャール氏は、自分の死後に彼の作品を演じることを禁止している。だが、彼が作ったバレエ学校「アトリエ・ルードラ ( Atelier RUDRA ) 」は存続する予定だ。




NBSのサイトより

  http://www.nbs.or.jp/news/news20071123.html


■2007/11/23 モーリス・ベジャール氏 死去


 20世紀を代表する振付家として、「ボレロ」「春の祭典」など数々の名作を生み出したモーリス・ベジャール氏は、心臓と肝臓の疾患のため11月16日よりスイス・ローザンヌのCentre Hospitalier Universitaire Vaudoise病院に入院しておりましたが、現地時間の11月22日(木)0時25分、入院先の病院にて死去したとの連絡が入りました。享年80歳でした。

 モーリス・ベジャール氏は1927年1月1日フランス・マルセイユに生まれ、ダンサーとしてさまざまなバレエ団で活躍した後、振付家としての活動を開始しました。1959年に「春の祭典」がブリュッセルで初演され、その野生的で官能的な肉体美と躍動美の祭典はセンセーショナルな大成功を収めました。以来約50年にわたり、ベジャール氏が発表した作品は優に200を超え、「ボレロ」、「ニジンスキー、神の道化」、「バレエ・フォー・ライフ」など常に時代に向かってメッセージを発信し続け、バレエ界に衝撃を与える多くの作品を世に送り出しました。バレエ界に革命をもたらし、 “バレエの世紀”を創造したベジャール氏はまさに現代最高の振付家であるといえます。

 ベジャール氏と日本との関わりは非常に深く、1967年に初の日本公演を行ってから40年の間に、<二十世紀バレエ団>、<モーリス・ベジャール・バレエ団>を率いて、これまでに12回の日本公演を行っています。(2006年の公演にはベジャール氏は来日せず)
 また、1983年に<ベジャールの夕>で「ボレロ」「さすらう若者の歌」「ロミオとジュリエット」「ドン・ジョヴァンニ」を上演して以来、深い繋がりを持つ東京バレエ団では、これまでに16のベジャール作品が上演されてきました。このなかには東京バレエ団のために創作された、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」をバレエ化した「ザ・カブキ」(1986年)、三島由紀夫をテーマとした「M」(1993年)も含まれ、両作品は日本だけでなく、海外でも公演を重ね、各地で高い評価を得て、東京バレエ団の名を世界に知らしめることになったのです。
 大の日本通としても知られ、能や歌舞伎への造詣も深かったベジャール氏は、日本の古典芸能を題材に「黒塚」(1988年)や「舞楽」(1988年)、2002年には旧交のあった故・中村歌右衛門丈へのオマージュ「東京ジェスチャー」も発表しています。
 ベジャール氏が舞踊界に果たした功績は日本でも高く評価され、これまでに勲三等旭日中綬賞(1986年)、日本美術協会より世界文化賞(1993年)、稲森財団より京都賞(1993年)を受賞しています。
 日本をこよなく愛したベジャール氏が最後に来日したのは、2004年6月<モーリス・ベジャール・バレエ団>日本公演のこと。公演では連日カーテンコールに応え、公演の合間をぬって東京バレエ団で「ボレロ」と「中国の不思議な役人」のリハーサルを行い、この年から「ボレロ」のメロディを踊ることを許された東京バレエ団プリンシパル・上野水香に、細かい動きまで厳しくかつ丁寧に指導をしてくださいました。2006年のバレエ団公演では、医師から長距離の移動を止められたため、来日が叶いませんでしたが、ベジャール氏は愛する日本に行けないことを非常に残念がっていたと聞いております。
 20世紀のバレエ界に語り尽くせない功績を残したベジャール氏のご冥福を祈りたいと思います。

 | HOME | 

FC2Ad

 

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

[ベケットギャラリー]

(ベケットの戯曲の抜粋ランダム)

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー

全ての記事を表示

→全ての記事を表示

最近の記事

『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと⑤
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと④(読書法のこと)
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと③
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと②
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと①
ipodが壊れて買ったにっき
老子の読書めも②
リヴァイアサン読書メモ2(感覚、造影について)
贈り物には羊羹・贈り物には羊羹・贈り物には羊羹
氷が手に着くのは何でなのかな
ラジオのジャズのこと
リヴァイアサン読書めも1

ブログ内検索

Lc.ツリータグリスト

カウンター

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。