kuzukiria_blog(文学的)

読書とか、いろいろなお勉強(byウィキペディア)とか、文章(文学、芸術、哲学)とか・・・


2017-10

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「奥の細道」~旅と俳句の作り方+末期の眼

俳句について考え中・・・
というか考えないと・・・

というわけで俳句の切り口はいろいろあるけれど
──をテーマにみてみたいかなー


俳句と旅といえば松尾芭蕉の『奥の細道』です
有名な序文ー


月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。

舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、
日々旅にして、旅を栖とす。

古人も多く旅に死せるあり。

予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、
漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、
去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、
やゝ年も暮、春立る霞の空に、白川の関こえんと、
そヾろ神の物につきて心をくるはせ、
道祖神のまねきにあひて取もの手につかず、
もゝ引の破をつヾり、笠の緒付かえて、
三里に灸すゆるより、
松島の月先心にかゝりて、
住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
 
草の戸も住替る代ぞひなの家



ヽ(´ー`)ノ

俳句はまず何かをよくみることが大事だとして、、、

珍しいものはよく見るし、ありふれたものはよくみない
──という性質が人にはあるのではないでしょうか

川端康成が──末期の眼──という言葉をいいました
死ぬ寸前の末期の眼で世界を見ると
世界はとても美しく見える
といったかんじです

あとでしらべよう、、、

というわけで、俳句は見ることが大事だけれど
旅といっても旅行とはかぎりません

たとえば、正岡子規は病気で寝たきりで
家の中でずっと療養しながら、作品を作りました

鶏頭の十四五本もありぬべし(子規)



家を旅、庭を旅、家の近所を旅
──それで何かを発見できないとしたら
どこへいっても、南極へいっても欧州へいっても
何も発見できないのと同じかもしれないです

よく見れば薺花咲く垣根かな(芭蕉)



旅はこういうものの集合です
ヴィトゲンシュタインもいいました

『論理哲学論考』より

●一 世界は成立していることがらの総体である。

一・一 世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。
一・一一 世界は諸事実によって、そしてそれが事実のすべて(・・・)であることによって、規定されている。
……
一・二 世界は諸事実へと分解される。
……

●二 成立していることがら、すなわち事実とは、諸事態の成立である。
二・〇二七一 対象とは不変なもの、存在しつづけるものである。対象の配列が、変化するもの、移ろうものである。(2.0271)
二・〇二七二 対象の配列が事態を構成する。
二・〇三 事態において諸対象は鎖の環のように互いに繋がりあっている。
……
二・〇六三 現実の全体が世界である。



家を旅して探検する
庭を旅して探検する

そんな感じで俳句は作られるようなものではないか

そんなことを考えたりー

ヽ(´ー`)ノ


 | HOME | 

FC2Ad

 

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

[ベケットギャラリー]

(ベケットの戯曲の抜粋ランダム)

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー

全ての記事を表示

→全ての記事を表示

最近の記事

『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと⑤
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと④(読書法のこと)
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと③
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと②
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと①
ipodが壊れて買ったにっき
老子の読書めも②
リヴァイアサン読書メモ2(感覚、造影について)
贈り物には羊羹・贈り物には羊羹・贈り物には羊羹
氷が手に着くのは何でなのかな
ラジオのジャズのこと
リヴァイアサン読書めも1

ブログ内検索

Lc.ツリータグリスト

カウンター

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。