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能の基本(歴史、用語)とか

最低限覚えておきたい能の基本

 能・狂言を知るためには、最低限の知識が必要です。
 例えば、能といえばなんとなくお面を思い出さないでしょうか? でもあれをそもそも「お面」と呼んでいいのでしょうか? あるいは、人気の狂言の人がいるとします。野村萬斎さんなどが人気ですが、萬斎さん主演の能「羽衣」が見たい、といった願いは可能なのでしょうか? あるいは、三味線を鳴らす人は能、狂言に登場するでしょうか?
 あるいは、能のパンフレットを見たとします。シテ某と書いてありますが、「シテ」とはそもそも何なのか、用語をしらなければ、そのパンフレットはちっとも役に立ったことにはなりません。
 そういうわけで、能、狂言の世界を見て行く前に、基本知識を解説します。

●歴史

 能は誰かが無から創造したというのではなく、もっと以前から広く行われていた芸能改良されてゆき、現在にいたる能のスタイルを確立したものです。
 能の歴史は南北朝から室町時代初めのころからはじまります。そのころ、観阿弥、世阿弥といった人物があらわれました。当時は能とはいわず「猿楽」「申楽」と言っていました。
 観阿弥は時の権力者足利義満に見出されました。足利義満は文化にも造詣が深い人物でした。その観阿弥の子が『風姿花伝』で有名な世阿弥です。彼は現在上演される多くの能を作りました。
 江戸時代になると、能は徳川幕府に保護されます。

●役者

  能の役者は、シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方の四つに分業されています。

 「シテ」は能の主役です。シテ方の役者がこれを担当します。主役なのでさまざまな役を演じます。神様だったり、亡霊だったり、植物の精だったり、妖怪だったり、生きている人間だったりさまざまです。彼らに関わるストーリーが能の物語の内容になります。
 また彼らは多くの演目で「舞」を舞います。「舞」は能の重要な要素です。また面をつけているのも彼らです。

 「ワキ」はワキ方が担当する役です。ワキは面をつけません。シテを主役というならワキは脇役といえるかもしれませんが、現在の映画やドラマの脇役とは違って重要度の問題ではありません。彼らは「シテ」に対峙する役割を持っています。それは亡霊として登場したシテに出会ったり、悪霊として出てきたシテを調伏したり、シテと会話をしたり、様々です。ですから、内容的には主役といえるような役をワキが演じる演目もあります。(羅生門など)

 「アイ」は狂言方が演じます。能が前半後半に別れるとき、間に行われる「間狂言」(多くはあらすじを物語る)を行います。間狂言以外に登場することもありアシライアイと呼びます。

 「囃子」は能の音楽で、囃子方が行います。囃子方は、笛、小鼓、大鼓、太鼓の四種類であり、それぞれ完全に分業されています。

 「地謡」は、舞台向かって右側に並んで座っている人たちです。彼らはシテ方の人で、彼らはコーラスのような謡を担当しています。

 「ツレ」は、シテやワキが一人でない場合に登場する人物のことです。シテのツレならシテツレ(シテ松風、ツレ村雨など)、ワキのツレならワキツレです。

「子方」は、シテ方の子供が演じる役です。「隅田川」のように子供の役を演じる場合と、「舟弁慶」の義経のような大人の役を演じる場合があります。

「後見」は、シテの後ろなどにひっそりいる人です。シテの着替えを手伝ったり、道具の出し入れをしたりします。シテの役者が上演中に不具合が生じた場合は、後見人がかわって演じ続けます。シテ以外の後見人もそれぞれいます。

●道具・装置

「面」は能のもっとも目立つ特徴です。役柄に応じてさまざまな種類があります。同じ演目でも使用する面が演出によって変更されるものもあります。
 主な面というと「般若」(鬼女)、「小面」「孫次郎」「若女」(若い女性)、「増」(女神)、「深井」「曲見」(中年女性)、「中将」(公達)などいろいろあります。

「舞台」はシンプルです。木造の三間四方の舞台があって、背後の板には老松の絵が書かれた鏡板があります。向かって左には細い廊下のような「橋がかり」があって、その奥に「揚幕」があってその先が「鏡ノ間」(控え室)があります。役者は「揚幕」から舞台へ登場します。鏡板の前に後座があってそこに囃子方や後見が位置します。地謡は舞台向かって右の地謡座にいます。ワキはよく、舞台向かって右の一番手前に座っています。

 観客の立場でいうと、舞台の正面が「正面」席であり、橋がかりの前が「脇正面」、その中間が「中正面」といいます。チケットを買う場合、「中正面」は柱(目付柱)が舞台を見るのに邪魔になるため、安めの設定になっています。
 また一般的に、上演中も客席の灯りはついたままです。

「作り物」というのは小道具のことです。能の舞台はとても簡素です。説明的な装置などは置かれいません。どんな演目でも羽目板に老松が描かれているだけの舞台で行われますが、小道具を使う演目もあります。その場合も極力省略されています。船のようなもの、車のようなもの、という感じで、リアリティとかは追求されていません。井筒の井戸、熊野の車、道成寺の鐘などさまざまです。

「衣装」 は非常に美しいものです。舞とも密接な関係があります。

「小書」という言葉をパンフレットなどで目にすることがあります。これは、演出のことです。同じ曲でもいくつかの演出の種類があったりします。舞や装束がかわったり、詞章が変わったりします。

●音楽と舞

「謡」は、能におけるシテやワキの台詞や歌です。能の詞章の謡われる方法は、いくつかの種類があります。まず詞(ことば)(節がついていない台詞)、節(ふし)(節がついている箇所)に分類されます。節はさらに、拍子にあうもの、あわないものに分類されます。これらの区分にはそれぞれ独特な名称がついています。名ノリ、一セイ、サシ、ワカ、下歌、上歌、クセ、ロンギ、キリ……などです。

「囃子」は囃子方が行い、笛、小鼓、大鼓、太鼓の四種類です。太鼓は入っていない演目もあります。

「型」というものが能にはあります。歩くことも、ただ歩くのではなく運歩(はこび)という型となっているのです。また能の表現は演技過多の対極ともいえるもので、泣く場合にも泣くという抽象的な記号としての型(シオリ、手のひらを顔の前に持ってくる)を使うだけです。

「舞」は、能の最も重要な見せ場です。舞を舞うのはシテで、囃子を伴って舞われます。基本的に、袖を返したりする型を行いながら、舞台を廻ります。舞を舞う前に舞台上で着替え(物着)をしたりする演目もあります。舞にはいくつかの種類があります。中ノ舞、序ノ舞、急ノ舞、神舞、早舞、天女ノ舞、神楽、乱拍子、イロエ、カケリ、祈リ……などです。

●内容

 能は内容的にいくつかの特徴があります。亡霊や神や鬼などがシテである作品が多いのは、他の演劇(歌舞伎や外国の演劇、オペラなど)と比べると特徴的といえます。

「夢幻能」とは、前半で前シテが里の者などの姿をとって現れ、後半では後シテが本来の神仙や亡霊などの姿を現して登場する、という形式の能のことです。この場合多く、前半でワキ(僧など)が仮の姿の前シテに出会い、意味深な会話をします。そして後半になると、後シテがワキの前(夢の中など)に現れて、シテの過去や物語などを語ります。

「現在能」は、夢幻能と異なって、現に生きている人物がシテとなる作品のことです。またどちらかにはっきり分類できないものも存在します。

 また能の演目は、内容などによって五つに分類されます。

一番目物(初番物)、脇能、神物、(神)
二番目物、修羅物、(男)
三番目物、鬘物、(女)
四番目物、雑物、(狂)
五番目物、切能、鬼物、(鬼)



参考資料

謡曲集』
ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%BD

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