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2017-04

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「羽衣」

これも書き途中・・・。
長くなりすぎるので、どうしようか考え中。


羽衣(はごろも)
──いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを。

■作者──世阿弥か。
■季節──三月
■登場人物──ワキ・白龍(はくりょう)/ワキツレ・漁夫/
  シテ・天人
■場所──三保の松原




 羽衣の物語は、能以外でもよく知られているのではないでしょうか?
 この能での物語は次のとおりです。
 ある春の日、漁師(白龍)は、漁をしていました。
 その後、三保の松原で松の枝に掛かっている不思議な美しい羽衣を見つけます。彼はそれを持って帰ろうとするのですが、そこに天女が話しかけます。それは私の衣だから返して下さい、と。けれども、白龍は衣を返しません。羽衣がなければ天に帰ることもできない、と天女は悲しみます。それを見て白龍はかわいそうになって、返す、といいます。ただし、その羽衣を着て天女の舞を見せてくれれば、という条件を出します。天女は喜んで応じます。天女は舞うから羽衣を返してほしいといいますが、白龍は、羽衣を返したら舞をまわずにそのまま逃げて帰ってしまうのではないかと疑います。天女は
シテ「いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを。」
ワキ「あら恥かしやさらばとて、羽衣を返し与ふれば」
と答え、それから羽衣を着てそれから舞はじめます。そして舞い終ると、天高く帰ってゆくのでした。
 ──これが能のストーリーです。羽衣の伝説はさまざまな形があります。この物語では天女は羽衣を帰して貰って天に帰りますが、白龍と結婚する、という話もあります。羽衣伝説にはいろいろな類型があります。
能「羽衣」のパターンはどうしてこうなったのでしょうか?
他の説話や伝説の類型との違いから、能の美意識が浮かび上がってくるかもしれません。
 このパターンで特徴的なのは次のあたりでしょう。
・漁師は嘆く天女に同情して衣を返す。(隠したり、難題をふっかけたりしない)
・漁師が天女に求めるのは「舞」であり、漁師が得るのは天女の舞だけである(結婚、子孫、宝などはない)
 これらに見られる傾向は、人間的、人情とは離れた性質です。あるいはそれらの性質から意図的に離れたとしたら、そのあたりに能(作者)の美意識があるかもしれません。
 ここでいう人情と離れたというのは、夏目漱石のいう「非人情」と同じようなものだといえます。
 能は、時の権力者の保護をうけた世阿弥が洗練された芸術として高めたものです。彼は幽玄、花──を重んじました。
 冷えた美しさ──それが目指された境地でした。
(世阿弥の能論)
 日本の伝統芸能といえば、能の他に歌舞伎が思い出されますが、歌舞伎は人情的なドラマが多いのに対して、能は概して非人情的です。
 ドラマチックな内容があったとしても、主人公は既に死んでいて昔のこととして語ったりするように。
 次は「複式夢幻能」を見てみましょう。
 この形式は世阿弥が作り出した独創的な形式で、かつとても能らしいものです。

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