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2017-05

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『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと④(読書法のこと)

てことで、ともかく分厚いのでさらに読書めもをすすめるー
ほんと読み応えがあっていいなあ・・・


失われた時を求めて〈10 第7篇〉見出された時 (ちくま文庫)失われた時を求めて〈10 第7篇〉見出された時 (ちくま文庫)
(1993/07)
マルセル プルースト

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のーと③
http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-170.html
のつづきー



考察とか探究のさらなる続きー

314ページ

……
──私が社会と人生をやりきらないものだと思ったのもまさしくおなじ推理であって、社会と人生をそのように思ったのは、それらを真実性のない回想によって判断していたからであったが、三度も過去の真の瞬間が私のなかに再生したばかりのいま、私は生きたいという非常な欲望を覚えるのであった


てことで、真実性のない回想(理知的な)と、
過去の真の瞬間の再生とは違うー

すぐ続き

 単なる過去の一瞬、それだけのものであろうか? はるかにそれ以上のものであるだろう、おそらくは。
過去にも、そして同時に現在にも共通であって、その二者よりもさらにはるかに本質的な何ものかである。
これまでの生活で、あんなに何度も現実が私を失望させたのは、私が現実を知覚した瞬間に、をたのしむために私がもった唯一の器官であった私の想像力が、人は現にその場にないものしか想像できないという不可避の法則にしばられて、その現実にぴったりと適合することができなかったからなのであった。


この過去の真の瞬間の再生は、生きたいという欲望を与えるほどで、
単なる過去の一瞬ではなく、それ以上価値あるもので、
今までの失望は、美をたのしむ想像力が、うまく発揮できなかったから
──みたいな感じかな

想像力の発揮についてもなかなか、ふむふむーという感じ

つづき

そのために、過去のなかで、私の想像力は、その感覚を十分に味わうことができたのだし、同時に現在のなかで、物の音、リネンの感触等々による私の感覚の有効な発動は、想像力の夢に、ふだん想像力からその夢をうばいさる実在の観念を、そのままつけくわえたのであって、そうした巧妙な逃道のおかげで、私の感覚の有効な発動は、私のなかにあらわれた存在に、ふだんはけっしてつかむことができないもの──きらりとひらめく一瞬の持続純粋状態にあるわずかな時間──を、獲得し、孤立させ、不動化することをゆるしたのであった。


ふむふむー

直後の続きは、主人公に何度も繰り返し言及されたり追憶される
具体的なエピソードの単語も鏤められてたり

あのような幸福の身ぶるいでもって皿にふれるスプーンと車輪をたたくハンマーとに同時に共通な音を私がきいたとき、またゲルマントの中庭の敷石とサン・マルコの洗礼堂との足場の不揃いに同時に共通なもの、その他に気づいたとき、私のなかにふたたび生まれた存在は、事物のエッセンスからしか自分の糧をとらず、事物のエッセンスのなかにしか、自分の本質、自分の悦楽を見出さないのである。


あと、事物のエッセンス──というキーワードとか

ところで回想について考察されているけれども、
ここで価値あるものとされているそれは、
意識的、意志的、理知的、思考的・・・になされたものではない

むしろそれらでの回想は、対照的なものとされている

意志について、こんなかんじ

324ページ

意志でもって築きあげられる未来とは、意志が、現在と過去との断片から築きあげる未来で、おまけに意志は、そんな場合、現在と過去とのなかから、自分できめてかかった実用的な目的、人間の偏狭な目的にかなうものだけしか保存しないで、現在と過去とのなかの現実性を骨ぬきにしてしまうのである。
ところがすでにきいたり、かつて呼吸したりした、ある音、ある匂が、現在と過去との同時のなかで、ふたたびきかれ、ふたたび呼吸されると、たちまちにして、事物の不変なエッセンスふだんはかくされているエッセンスが、おのずから放出され、われわれの真の自我が──ときには長らく死んでいたように思われていたけれども、すっかり死んでいたわけではなかった真の自我が──もたらされた天上の糧を受けて、目ざめ、生気をおびてくるのだ。
時間の秩序から解放された人間をわれわれのなかに再創造して、その瞬間を感じうるようにしたのだ。
それで、この人間は、マドレーヌの単なる味にあのようなよろこびの理由が論理的にふくまれているとは思われなくても、自分のよろこびに確信をもつ、ということがわれわれにうなずかれるし、「死」という言葉はこの人間に意味をなさない、ということもうなずかれる。
時間のそとに存在する人間だから、未来について何をおそれることがありえよう?


ふむふむー

てことで今回はこのへんで






▼『失われた時を求めて』の趣味にあう読書法

さっき思いついたんだけど・・・

失われた時を求めては長い&登場人物も多いから、
要約はわりとよく作られていて、本にもついてたり

ちくま文庫にもついてるし、
古い単行本(水色の、どこのか忘れた、数冊だけ持ってて行方不明w)
にもついてたような・・・

①要約でストーリー&登場人物をおさえる
②趣味に合う箇所(思考、芸術関連とか)だけ拾い読み
③出来事や人物の把握のために長大な読書をせずにすむ
④目的に従った読書が快適にはかどって幸せ

読書したくて読書するなら、これでいいんじゃないかなあ・・・








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