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2017-11

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『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと③

『失われた時を求めて』「第七篇 見出された時」
ぱらぱら読書めものつづきー

失われた時を求めて〈10 第7篇〉見出された時 (ちくま文庫)失われた時を求めて〈10 第7篇〉見出された時 (ちくま文庫)
(1993/07)
マルセル プルースト

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のーと②
http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-169.html
のつづきー



ともかく、外でつまづいていた頃の主人公とはそろそろお別れかな?

317ページ(ちくま文庫10巻)からー

引用の凡例は、読書のーと②に準ずる
てかだいたいそんなかんじ


317ページ

 そのことをしきりに自問しながら、きょうこそは解答を見出そうと決意しながら、私はゲルマントの館のなかにはいった、というのも、われわれは内心に抱えている仕事よりも、いま演じている表向きの役目のほうをいつも先にすませるからで、この日の役目は、招待された客のそれなのだった。


こんなかんじで一端主人公は考え事を中断して、
招待されていたお屋敷に入ったり

こういう一文にも
「われわれは内心に抱えている仕事よりも、
 いま演じている表向きの役目のほうをいつも先にすませるからで」
みたいな魅力的な一文が何気なく含まれてるのがいいなあ・・・

この日は、三度、探していた幸福感を感じていることが
後の方で書かれているけれど、
のーと①②のあたりのが1番目の幸福感で、
次のが2番目のもの

317ページ

ところで、まさしくこのとき、第二のまえぶれがやってきて、不揃いな二つの敷石があたえたまえぶれを強め、なお根気よく努力するように私をはげました。
それはちょうど一人の召使いが部屋にきていて、音をたてないように一心につとめた甲斐もなく、スプーンを更にかちあてたところだったのである。
不揃いなタイルが私にあたえた幸福感と同種の幸福感が私におしよせたのだ。


で、それについてプルーストにしては長くない考察をしたあと、
さらにスプーンの音からハンマーの音の幻覚が現れるけどこの辺はメモはいいや

次が三番目の幸福感

318ページ

それからは、まるで、この日、私を失望からひきだし、私に文学への信頼をとりもどしてくれる表徴(シーニュ)が、自分で懸命にふえてゆこうと心がけているかのようだった、というのは、長らくゲルマント大公に仕えている一人の給仕人頭が、私だということを知って、私が通されている図書室に、私がビュッフェまで行かなくてもいいように、プチ・フールのとりあわせと一杯のオレンジエードとをもってきたので、私は彼がわたしてくれたナプキンで口を拭いたのだ、ところがそのとたんに、あたかも『千一夜』の人物が、自分をただちに遠くへはこんでくれる素直な魔神(ジェニー)を自分だけの目に見えるように出現させる、まさにそのような儀式をそうとは知らずにやってのけたかのように、コバルト・ブルーの新しい視像が、ちらと私の目のまえを通りすぎた。

……
そしてその印象は非常に強くて、私がかつて生きていた瞬間が、現時点であるかのように思われた
私は、自分がほんとうにゲルマント大公夫人にむかえられようとしているのか、それともすべてがくずれさろうとしているのではなかろうか、と自問していたあの日以上に茫然としながら、その召使がたったいま浜辺に面した窓をあけたような気がし、満潮の防波堤におりてそこを散歩するようにすべてが私をさそっているような気がするのだった。

319ページ

それに私は、単にそんな色彩だけをたのしんでいるのではなくて、その色彩を浮きあがらせている、私の過去の生活のまったき一瞬をたのしんでいる
のであって、その一瞬こそは、まぎれもなくそれらの色彩への私の渇望そのものであったのだが、バルベックでは、何か疲労感または悲哀の感情といったものが、その一瞬をたのしむことをおそらく私にさまたげたのであろう、そしていまや、その一瞬が、外的知覚にふくまれる不完全な要素をとりさり、肉体を離れ、純粋になって、私を大歓喜でふくれあがらせたのであった。


ふむふむー

過去の時点では疲労などの肉体的な要素の妨げによって、
過去のある一瞬をたのしむことが妨げられていたけれども、
こうして過去を今であるかのように思い出している時には
その妨げはとりさられて、その一瞬を純粋に楽しむことができた、
──というかんじかなあ

といったところで、主人公はこういった考え事をすすめなければならない
という状況を確認ー

319ページ

 演奏されている演目はまもなくおわるだろう、そして私はサロンにはいってゆかなくてはならないだろう。
だから私はいましがた数分のあいだに三度も感じた同一の快感の性質をできるだけ早く見ぬくことにつとめ、ついでそこからえられるはずの教訓をひきださなくてはならなかった。


ということで、それに関する考察が続くー
具体的なことはメモを取る必要性あんまりないのでとばすー

そして主人公の回想に関する考察

321ページ

それにしても、突然われわれにもどってくる回想と、われわれの現状とのあいだには、異なる年月、場所、時間の、二つの回想のあいだにおいても同様だが、非常な距離がある、したがって、両者に特有の独自性を問題外にしても、その距離の点だけで、それぞれをたがいに比較できなくするに十分だろう。
……

そうなのだ、回想は、忘却のおかげで、それ自身と現在の瞬間とのあいだに、なんの関係をむすぶことも、どんな鎖の輪を投げることもできなかった、回想は自分の場所、自分の日付にとどまったままだった、回想はいつまでもある谷間の窪道に、ある峰の尖端に、その距離、その孤立を保ってきた、というのが事実であるにしても、その回想が、突然われわれにある新しい空気を吸わせるというわけは、その空気こそまさしくわれわれがかつて吸ったある空気だからなのである。
そうした一段と純粋な空気こそ、詩人たちが楽園にみなぎらせようと空しく試みたものであり、その空気はすでに過去において吸われたことがあって、はじめて、あのように深い再生の感覚をあたえることができるのであろう、けだし、真の楽園とは、人がひとたび失った楽園なのだ。


ふむふむー

さらに探究をすすめるー

長いけど、なんか「失われた時」とか「見出す」という単語があるから
この本の主題っぽいので、わりとべったりとφ(・ω・。)メモメモ

322ページ

私にはそれよりももっと強く要請されているものがある、それはあの幸福感とかならずそれに伴う確実性との原因を求めるという、昔からのばしのばしにしてきた探究であった。
さて、その原因であるが、私はそれらのさまざまなたのしい印象を相互に比較することによって、その原因をさぐりあてようとしたのである、するとそれらの印象は、相互のあいだに、つぎのような共通の場をもっているのだった、すなわち私が、それらのたのしい印象を、現在の瞬間であると同時に遠く過ぎさった瞬間でもある場、過去を現在に食いこませその両者のどちらに自分がいるのかを知ることに私をためらわせるほどの場で、感じとっていたということである。
じつをいえば、そのとき、私のなかで、そんな印象を味わっていた存在は、その印象がもっている、昔のある日といまとの共通域、つまりその印象がもっている超時間(エクストラ=タンポレル)の領域で、その印象を味わっていたのであって、そんな存在が出現したのは、その存在が、現在と過去とのあいだの、あの一種の同一性によって、つぎのような唯一の環境に身を置くことができたときでしかなかったのだ。
それは、その存在が、事物のエッセンスによって生きることができ、それを糧として享受できるような環境、つまり時間のそとに出ることができるような環境でしかなかったのだ。
それで説明がつくのだが、プチット・マドレーヌの味を無意識に私が認めた瞬間に、自分の死についての不安がはたとやんだのは、そのとき、私という存在は、超時間の存在、したがって未来の転変を気にかけない存在であったからなのだ。
そのような存在は、これまで私がかならず行動や直接的享楽のそとにいたときにしか、私にやってきたりあらわれたりしたことはなかった、そのたびに類推の奇蹟が私を現在から抜け出させたのであった。
ただ一つ、この奇蹟だけが、私に昔の日々を、失われた時を、見出させる力をもっていた
そんな時をまえにして、私の記憶の努力、私の理知の努力はつねに失敗してきたのであった。


なるほどーヽ(´ー`)ノ

読めば読むほど味わい深いー

とりあえず記事が長くなりすぎてもわけわからなくなるので
この記事はこのへんでー





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