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2017-10

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『封神演義』~仙人と天数の世界

中国の小説のことを考えて、仙人とかってどんなだっけ?
と疑問に思ったら、『封神演義』のことを思い出しました
仙人たちが「天数」とか正当化しては殺しまくる
とてもシュールな小説です
文化革命とかって案外中国では伝統的だったのかもーヽ(´ー`)ノ


封神演義の本は次の二つが家にあります
どちらも上中下の全3巻です

封神演義〈上〉 (講談社文庫) 封神演義〈上〉 (講談社文庫)
安能 務 (1988/11)
講談社

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完訳 封神演義〈上〉 / 許 仲琳



読んだのかなり昔だからかなり忘れたけど
とりあえず思い出す努力・・・

天数というのは、この話で印象的なものの一つです
ウィキペディアには説明ないけど・・・

仙人たちは「封神計画」をたてます
それは、いらない仙人やいらないその他の生き物を
人員整理、整理整頓(具体的には殺すこと)という計画です
この辺のスケールの大きさは中国らしさなのかなーと思ったり
仙人は、人権とか人命とかそんな細かいことは気にしませんが
新鮮なのは、この計画を立てた仙人たちは
悪い仙人ではなく、偉い仙人たちだということ・・・
彼らは自分たちの敵を殺すために
これは天数(運命、命運)──といって正当化します
この天数のために死屍累累な世界になっていく
というお話だったようなー

後は、宝貝(ぱおぺえ)という
超古代兵器みたいなのが楽しいです

それにしても、
増えすぎた人口によって生じる諸問題──
これは仙人たちと同様、現代人にとっても
解決しなければならない切実な問題かも・・・

あと、中国の儒教は『論語』などを筆頭に
日本では古典としてよく知られています
儒教は中国においては支配階級の学問で
庶民は道教の影響が強いようです
道教は民間宗教で中国では古代から影響力が強かったようですが
日本では儒教に比べると影響は薄かったようです

道教っぽい世界、中国の庶民の世界観が見られるかも・・・

ナタは中国では、張飛と同じように人気あるとかー
(どっちもめちゃくちゃな乱暴者すぎ・・・)

なにはともあれ、そのはちゃめちゃな感じが
とてもおもしろい小説ですヽ(´ー`)ノ

ウィキペディアをみてみます

▼封神演義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%81%E7%A5%9E%E6%BC%94%E7%BE%A9
この項目では中国の明代に書かれた小説について記述しています。藤崎竜の漫画については封神演義 (漫画)をご覧ください。
この項目には、一部のコンピュータや一部の閲覧ソフトで表示できない文字が含まれています。

『封神演義』(ほうしんえんぎ)とは、中国明代に成立した小説。『封神伝』『封神榜』『封神榜演義』ともいう。ちなみに榜とは立て札のことである。


封神演義とは
元は中国庶民に伝えられる娯楽文学であり、版本は複数ある。撰者は許仲琳とも陸西星とも(許仲琳撰の場合は李雲翔を加える説もある)。日本語版訳者の安能務(あのう つとむ:2000年4月死去)によれば、三大怪奇小説の一つ。ただしこの認識は古典的なものではなく、一般的には認められていない。

最もさかのぼりうる古い原型は、南宋の『武王伐紂平話』である。 直接の原型になったのは『商周演義』や『崑崙八仙東遊記』といった作品や、各地の民話伝承などがもとになったとされ、複数に渡る関越えの戦闘描写などは『三国志演義』の影響も受けているとされる。ちなみに、『西遊記』には??も出演している。

日本でも古くから読まれ、江戸時代に好事家が既に読んでいた記録があり、大正時代にはこれを論じた論文も発表され、中国文学の専門の辞書にも掲載されており、魯迅も「中国小説史略」において取り上げていた。ただし、一般への普及は極めて遅く、1980年代に安能務が講談社文庫『封神演義』(上・中・下)を通して紹介してからである。普及がほとんどされなかったために、安能務はそれ以前の封神演義に関する日本語文献を発見できなかったため、儒家がこの小説を異端視して普及させなかったと、誤解に基づく主張を行ってしまったほどであった。(実際には、1977年に木嶋清道が既に翻訳を行い出版していた)また、この際の内容は、原典を元にしつつも安能による改編がかなり加えられていた、いうなれば「超訳」であった。

知名度が上がり広く流布したのは、藤崎竜の漫画など、若年層向けメディアに取り上げられてからのことである。本ページの後の項を参照。

原型に一番近い形で読める日本語版は、光栄(現・コーエー)の『完訳 封神演義』(上・中・下)と言われている。

なお、中国の一般の人々の道教の神々に関する知識は、この書を元にしていることが多い。


物語の概略
封神演義の物語は、中国民衆の間に深く浸透している世界観(道教や神仙思想、仏教、などが深く絡み合った中国独特の宇宙観)を多少とも知っていることが、それを理解する早道となるが、編者に道教・神仙思想・仏教の知識が乏しかったと推定されているため、一般的な道教からみると多分に疑問な記述が多い。編者は特に歴史知識に疎かったらしく、唐の武将李靖を殷代に登場させるという誤りを犯しているという指摘がある。


注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。


封神演義の世界において、世界は仙界と人界に分かれ、仙界はさらに、人間からなった仙人・道士達からなる崑崙山の仙道「闡教(せんきょう)」と、それ以外の動物・植物・森羅万象に由来する仙道「截教(せっきょう)」とに二分されていた。

人界では時は商(殷)の紂王の治世。名君と呼ばれた紂王はその心に兆した慢心から、女?廟の祭祀において女?への無礼にあたるふるまいを行った。すなわち、女?は人間界のどの人間より美しい、この女?が私のものであったら良いという意の詩を読んだわけである。この、紂王の「人」と「神」を混同した行動に女?は怒り、千年生きた狐狸の精に紂王を陥れるよう命じた。狐狸精は、紂王の後宮に入ることになっていた美女、冀州侯の娘・妲己の魂魄を滅ぼしてその身体を手に入れ、紂王を籠絡し始めた。これ以降紂王は、妲己に操られるまま次第に暴政を行うようになっていった。

一方崑崙の偉い仙人達は、二つのことに頭を悩ませていた。一つは、本来いかなる命を奪わずとも済む彼らの身に悠久の時の中で積もり積もった「殺劫」をいかに晴らすか、と言う問題。もう一つは、仙人の落ちこぼれや卓越しすぎた能力を持つ人間など、仙人と人間の狭間に増えすぎて両界の境界を曖昧にする存在をどう処遇するか、という問題であった。

それに対し崑崙の上仙は、ある恐るべき作戦を立てる。それは人界の混乱に乗じ二つの問題を一挙に解決する方法……すなわち仙人や人間達を一旦「整理」してその魂魄を集め、仙・人両界の間に新たに「神界」を作って神として封(ほう)ずる、「封神計画」と言うものであった。その対象となる者達三百六十五名を策定し「封神榜(ほうしんぼう)」という一覧表に選び上げた崑崙の上仙は、崑崙の道士の一人であった姜子牙……後の太公望を、その執行者として人界に遣わした。

斯くして殷代末期の殷周革命の動乱を舞台に、四不象(中国読みスープーシャン、日本語読みシフゾウ)に乗った姜子牙(太公望)がまきおこす殷周両国の間の戦乱、ひいては闡教と截教の対立が描かれながら、数多くの仙人、道士の魂魄が封神榜の掲げられた「封神台」へと飛んでいくこととなる。


宝貝とは
宝貝(パオペエ)は、仙人や道士が持つ、いわゆる武器である。


主要登場キャラクター


姜子牙(きょう しが) / 呂尚(りょ しょう)姜望(きょう ぼう)(通称は太公望(たいこう ぼう))
本作品の主役。
姫昌(き しょう) / 文王(ぶんおう)
四大諸侯の一人。西伯侯として西岐を治めている。
太公望を迎え入れた。
散宜生(さん ぎせい)
周の文官。
武王(ぶおう) / 姫発(き はつ)
姫昌の次子。実質上の周の初代国王。
姫伯邑考(き はくゆうこう)
姫昌の長子。妲己の策略により刑死。
周公旦(しゅうこう たん) / 姫旦(き たん)
姫昌の第四子。ほとんど活躍しない。
雷震子(らいしんし)
姫昌の養子。第百子。
武吉(ぶ きつ / ぶ きち〔安能版〕)
木こりあがりの姜子牙の一番弟子。歴史上の人物ではないが、既に宋代の『武王伐紂平話』に於いて登場している。
竜鬚虎(りゅうしゅこ)
姜子牙の二番弟子。

商(殷)
紂王(ちゅう おう)
妲己(だっ き) / 千年狐狸精(せんねんこりせい)
紂王の妃。千年狐狸精が憑依している。
聞仲(ぶん ちゅう / もん ちゅう〔安能版〕)
紂王に最後まで忠義を尽くした武官。
商容(しょう よう)
商の文官。紂王の堕落を嘆き自殺。
比干(ひ かん)
商の文官。紂王の叔父。王を諫めるも、胸を引き裂かれて殺害される。
箕子(き し)
商の文官。紂王の叔父。王を諫めるも、投獄されて断髪される。
微子啓(びし けい)
商の文官。紂王の異母兄。王を諫めるも、挫折し、弟と共に商の祖廟を守って離反。
微子衍(びし えん)
商の文官。紂王の異母兄。王を諫めるも、挫折し、兄と共に商の祖廟を守って離反。
梅伯(ばい はく)
商の文官。紂王の母方の叔父。王を諫めるも、怒りにふれて処刑された。
姜妃(きょう ひ)
紂王の皇后。妲己の策略により刑死。
殷郊(いん こう)・殷洪(いん こう)
商の太子で紂王と姜妃の子たち。
武庚(ぶ こう)
商の王子。紂王の子で少年。妲己に怯えた母に守られた。??の手引きで、姜子牙に会った。
賈氏(かし / こし)
武成王の妻。妲己の策略にあい自殺。
黄氏(こう し) / 黄貴妃(こうきひ)
紂王の妃。武成王の妹。
賈氏の死を嘆き紂王に暴挙を振るい墜落死(作品によって死に方がまちまち)。作中、紂王と妲己を殴った唯一の人物。
崇侯虎(すう こうこ)
四大諸侯の一人で北伯侯。四大諸侯の中では唯一、紂王に取り入っている悪役である。史実では殷に味方して周に歯向かった諸侯。
崇応彪(すう おうひょう)
崇侯虎の嗣子。
張奎(ちょう けい)
商の武官で、メンチ城の城主。
高蘭英(こう らんえい)
張奎の妻。
余化竜(よかりゅう)
余家:余達・余兆・余光・余光・余徳
欧陽淳
卞吉

商 → 周
黄飛虎(こう ひこ)/ 武成王(ぶせいおう)
黄天化(こう てんか)
武成王の次子(作品によっては長子になったり第三子になったり)。
黄天祥(こう てんしょう)
武成王の第四子(末子)。
黄天禄(こう てんろく)
武成王の長子(作品によっては次子になったりする)。
黄天爵(こう てんしゃく)
武成王の第三子。
黄滾(こう こん)
武成王の老父。
黄飛豹(こう ひひょう)
武成王の次弟。
黄飛彪(こう ひひょう)
武成王の末弟。
崇黒虎(すう こくこ)
崇侯虎の弟。
崇応鸞(すう おうらん)
崇黒虎の嗣子。
九公(とう きゅうこう)
秀(とう しゅう)
九公の嗣子。
嬋(蝉)玉(とう せんぎょく)
九公の娘。
蘇護(そ ご)
妲己の父。
蘇全忠(そ ぜんちゅう)
蘇護の嗣子、妲己の兄。
洪錦(こう きん)
竜吉公主の夫。
楊任(よう にん)
元文官。上大夫。

闡教
元始天尊(げんしてんそん)
闡教教主。
太上老君(たいじょうろうくん)
雲中子(うんちゅうし)
終南山・玉柱洞
南極仙翁(なんきょくせんおう)
闡教の仙人。申公豹が姜子牙を惑わそうとしていることに気づくと、白鶴童子に命じて申公豹の頭を海に捨てさせようとした。
崑崙十二大師(こんろんじゅうにたいし)
広成子(こうせいし)
九仙山・桃源洞
赤精子(せきせいし)
太華山・雲霄洞
黄竜真人(こうりゅうしんじん)
二仙山・麻枯洞
太乙真人(たいいつしんじん)
乾元山・金光洞
玉鼎真人(ぎょくていしんじん)
玉泉山・金霞洞
霊宝大法師(れいほうだいほうし)
??山(こうとうさん)・元陽洞
道行天尊(どうこうてんそん)
金庭山・玉屋洞
清虚道徳真君(せいきょどうとくしんくん)
青峰山・紫陽洞
懼留孫(くりゅうそん)
夾竜山・飛雲洞
文殊広法天尊(もんじゅこうほうてんそん)
五竜山・雲霓洞
慈航道人(じこうどうじん)
普陀山・落伽洞
普賢真人(ふげんしんじん)
九功山・白鶴洞
李??(り なた / り なたく〔安能版〕)
ナタクという表記は安能務が漢字を読み誤ったために生じたものであり、学術的には批判の対象となっているが、安能版には非常に熱心なファンが存在しており、敢えてナタクという人もあるにはある。
李靖(り せい)
??の父。
楊?(よう せん / よう ぜん〔安能版〕)
清源妙道真君。しばしば、顕聖二郎真君と同一視される。モデルは北宋末の宦官楊?(水滸伝では悪役)とされる。
なお、ヨウゼンという読みも安能務が漢字を読み誤ったために生じたものであり、学術的には批判の対象となっている。
土行孫(ど こうそん)
懼留孫の弟子。背が低く、地下を進む『地行術』を使える。嬋(蝉)玉と結ばれた。
韋護(い ご)
道行天尊の弟子。
竜吉公主(りゅうきつこうしゅ)
白鶴童子(はっかくどうじ / はくつるどうじ〔安能版〕)
南極仙翁の弟子。

截教
通天教主(つうてんきょうしゅ)
十天君(じってんくん)
練達の道士たちで、旧知の聞仲や趙公明が窮地に陥っていることを知って参戦する。それぞれの個性に応じた陣を敷いて待ち構える。
王天君(王奕)
十天君の一人。道教では王霊官という名前で聞仲よりもあがめられている。
趙公明(ちょう こうめい)
三姑(さんこ)
趙公明の三人の妹たち。雲霄(うんしょう)、瓊霄(けいしょう)、碧霄(へきしょう)
金霊聖母(きんれいせいぼ)
截教の仙人。聞仲と余元の師匠。
亀霊聖母(黒いメス亀)
火霊聖母
鳥雲仙(海亀)
霊牙仙(白象)
蚪首仙(青毛の獅子)
金光仙(金毛の獅子)
石磯娘々(石)

女?配下
女?(じょか / にょか〔安能版〕)
千年狐狸精たちに紂王の元へと行き、破滅するよう命ずる。
九頭雉鶏精(きゅうとうちけいせい) / 胡喜媚(こ きび)
千年狐狸精の義妹。
玉石琵琶精(ぎょくせきびわせい) / 王貴人(おうきじん)
千年狐狸精の義妹。

その他
申公豹(しん こうひょう)
姜子牙の師弟。本来闡教の道士だが姜子牙に恨みを抱き、十天君や殷郊・殷洪兄弟、土行孫、趙公明の三人の妹たちなど多くの仙人・道士を周に送り込んで、封神を妨害する。
原作と安能版の最大の違いは申公豹の扱いにある。安能版では許由と同一人物としているが事実ではない。また、安能版では申公豹は太上老君の庇護を受けている設定になっているが、この二人は原作では何の接点もない。申公豹は原作では、自分の命乞いをしてくれた姜子牙を逆恨みしたり、口先だけの誓いをたてたりするれっきとした『悪役』だが、安能版では天界の策略に憤りを覚えて妨害するアウトサイダーとして肯定的に描かれている。安能版も好感をもって迎えられているが最後に矛盾が生じている。また、安能版では申公豹は雷を発生させる『雷公鞭』という宝貝を所持しているが、この宝貝は原作には全く存在しない。原作では申公豹は雷とは全く関係がない人物であり、所持する宝貝も『開天珠』である。実力の描かれ方にも大きな差があり、原作では白鶴童子にあっさりと敗れる場面があるが、安能版では女?に影響を与えるほどに力があることになっている。
安能版の申公豹には根強いファンも多いが、原作本来のイメージとは全く異なる人物像であり、学術的には批判の対象になっている。
黒点虎(こくてんこ)
安能版オリジナル。申公豹が乗騎している聖獣。原作では申公豹の騎獣は『白額虎』だが、安能版の『黒点虎』のように人間の言葉を喋る能力や、千里眼・順風耳の能力はない。
陸圧道人(りくあつどうじん)
炎の精。飄然と現れては、姜子牙に助力して去っていく。
準提道人(じゅんていどうじん)
西方の教主で仏教門徒。西方に縁がある者を連れて行く。
接引道人(せついんどうじん)
西方の教主で仏教門徒。西方に縁がある者を連れて行く。

封神演義を元にした後世の作品

日本国内の主な作品

小説『南総里見八犬伝』
江戸時代、曲亭馬琴の大河小説であるが、その構成などに影響がみられる。


漫画『封神演義』・アニメ『仙界伝・封神演義』
週刊少年ジャンプ(集英社)で連載されていた藤崎竜の漫画作品。原作は安能務の講談社文庫版『封神演義』。また、この漫画を大幅に翻案脚色したテレビアニメ『仙界伝・封神演義』がテレビ東京系で放送された。また、バンダイよりゲーム化もされている。

詳細は、封神演義 (漫画)を参照のこと。


漫画『殷周伝説・太公望伝奇』
横山光輝の漫画作品。潮出版社の「コミックトム(後にコミックトムプラスに改題)」にて連載された。藤崎版よりも魔法的な要素は少なく、歴史物語的な作風。途中、横山が1年間休載して絵が後退してしまったため単行本の出版を拒んでいたがついに加筆修正をして刊行を開始した。全22巻。


ゲームソフト『封神演義』
PCゲームソフトメーカーの光栄(現・コーエー)が、独自の解釈に基づき家庭用ゲーム機PS用ゲームソフトとしてに制作発売したゲームソフト『封神演義』のこと。1と2がある。

また、同社からはGC用アクションゲーム『バトル封神』、GBA用RPG『マジカル封神』といった関連ソフトも発売されている。



ヽ(´ー`)ノ

人物とか魅力的な人物がいっぱい登場します
私がお気に入りだったのは、
目から手が出る人とか、聞仲さん、かなー
苦労して報われない感じが趣味です

目から手が出る人の名前は、楊任さんだっけ?

聞仲さんは、漫画のだと全然イメージが変わってたけど
美形になったのはましかー

ヽ(´ー`)ノ

この作品を読むと、
現代、日本と違う世界が見られるのではないでしょうか?

なんとなく思い出すのがフーコーのエピステーメー

▼エピステーメー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%94%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%BC
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

エピステーメー は、ミシェル=フーコーの諸概念の一つ。ある時代の社会や人々の生産する知識のあり方を特定付け、影響を与える、知の「枠組」といったように捉えられる。

トーマス・クーンの言う「パラダイム」概念との類似を(パラダイム概念への誤解にもとづいて)指摘されることがあるが、問題意識の上でも概念的射程の上でも大きく異なる。

基本的に知の「枠組」と捉えているが、その認識論については時代によって大きく異なる。それは、『言葉と物』と『知の考古学』において、特に顕著に見られる。

簡潔にまとめると、『言葉と物』において「エピステーメー」とは、人の思考はそれが持つ思考体系、メタ知識構造に従ってしまうという構造主義的見解を示す。 この考え方によれば、ある時代の社会を支配する「エピステーメー」から開放されるには「エピステーメー」の破壊でしか解決しない、という批判もあった。

『知の考古学』においては、フーコーは『言葉と物』の議論をベースにしつつも発展させた議論を展開する。ある時代の社会を支配するメタ知構造である「エピステーメー」は存在しつつも、それは社会を構成する人々の生産した知識によって、変化したり、増幅したり、破滅したり、様々に変化する、というものである。

メタ知識である「エピステーメー」も、多くの人々の生産する知識の総体が、発話(Discourse)される事により、促進もされ、変化し、それを破滅させて新しいエピステーメーを作る可能性も開く。




ヽ(´ー`)ノ

いろいろ便利な概念だと思ったりー




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