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『老子』の読書めも①
大風が吹いてたっけ・・・
なんとなく読書
『老子』・・・
老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫)
(1997/04)
金谷 治
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あ、この上のリンクはったら、
老荘と仏教 (講談社学術文庫)
(2003/09)
森 三樹三郎
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ってのみつけた
こんど読んでみようー
▼老子読書のーと①
ウィキソースはいくつかあるけど、とりあえずこれをぺたぺた
▼老子道經王弼注
(ウィキソース)
http://zh.wikisource.org/zh-hant/%E9%81%93%E5%BE%B7%E7%B6%93_(%E7%8E%8B%E5%BC%BC%E6%9C%AC)
第一章
道可道,非常道。名可名,非常名。
可道之道,可名之名,指事造形,非其常也。故不可道,不可名也。
無名天地之始,有名萬物之母。
凡有皆始於無,故「未形」、「無名」之時則為萬物之始,及其「有形」、「有名」之時,則長之育之,亭之毒之,為其母也。言道以無形無名始成萬物,以始以成而不知其所以玄之又玄也。
故常無欲,以觀其妙;
妙者,微之極也。萬物始於微而後成,始於無而後生。故常無欲空虛,可以觀其始物之妙。
常有欲,以觀其徼。
徼,歸終也。凡有之為利,必以無為用。欲之所本,適道而後濟。故常有欲,可以觀其終物之徼也。
此兩者同出而異名,同謂之玄,玄之又玄,眾妙之門。
兩者,始與母也。同出者,同出於玄也。異名,所施不可同也。在首則謂之始,在終則謂之母。玄者,冥也,默然無有也。始母之所出也,不可得而名,故不 可言,同名曰玄,而言謂之玄者,取於不可得而謂之然也。謂之然則不可以定乎一玄而已,則是名則失之遠矣。故曰,玄之又玄也。眾妙皆從同而出,故曰眾妙之門 也。
……
ところで、『老子』よもうかなーと思うことは時々あって
毎回最初から読みはじめるから、
『老子』といえばこれー
一応、重要概念の「道」について語ってるから重要だとは思うけど
そーいえば『論語』も、学びて時に……、をやたら繰り返し読んだっけ
たまには先に書いてあることも読みたいなーとか
ヽ(´ー`)ノ
何度も読んではいる気がするけど、冒頭に比べると少ない
ってことで、最初の方以外のよさそうなところを
さらっとひろっていきたいなあ・・・
▼第二章
天下皆知美之為美,斯惡已。……
これについては今回はパス
▼第三章
不尚賢,使民不爭;不貴難得之貨,使民不為盜;不見可欲,使民心不亂。
……
ところで、この講談社学術文庫のは
1つごとにサブタイトルがついていて、
ぱっとみにわかりやすくてよいかんじ
ここだと
3 賢を尚ばざれば(理想の政治①)
みたいに書いてあったり
無為の政治、という『老子』の政治思想は独特かも
為無為,則無不治。
(無為を為せば、則ち治まらざる無し。)
この本の解説をみると、
ここでは理想的な聖人の政治が具体的に述べられている。……
いわゆる愚民政治にも似ているが、これはそうではない。……
あとは注から
「尚賢」は、もと墨家の主張である。血縁や縁故に関わりなく優秀な人材を抜擢せよという激しい主張であって、、、
4は和光同塵の
▼第五章
天地不仁,以萬物為芻狗;
天地任自然,無為無造,萬物自相治理,故不仁也。仁者必造立施化,有恩有為,造立施化則物失其真,有恩有為,列物不具存,物不具存,則不足以備載矣。地不為獸生芻,而獸食芻;不為人生狗,而人食狗。無為於萬物而萬物各適其所用,則莫不贍矣。若慧由己樹,未足任也。 ……
全部とかみてたら、また道徳経の徳の方までもいかなくなるので
基本的に全部ははりつけてない
で、王弼注はこんなかんじー
文庫本解説のサブタイトルは、理想の政治②で
これも、政治に関するものー
中国思想は、政治と切り離されていることが稀かも
仏教とかその他だったら、政治に触れることが稀な思想も多い気がするけど
「天地不仁」「聖人不仁」について
儒家の「仁」を、あまり重視しないってことと
ここでの聖人は、儒教的聖人ではなくて
老子での理想的人物としての聖人で
聖人という用語は、儒教でも老子でも使うとか
▼第六章 穀神不死,是謂玄牝。……
とばす
▼第七章
天長地久。……
サブタイトルは「無私のすすめ」
▼第八章
上善若水。水善利萬物而不爭,處眾人之所惡,
お酒の名前でも有名ー
あと「眾」は「衆」で、
なじめばこっちの方がバランスとかよさそう
衆ってなんか、書きにくい文字だったり
『老子』的な処世術
▼第九章 持而盈之,不如其已;
……
富貴而驕,自遺其咎。
功成身退,天之道也。
文庫本だと、
「功遂身退、天之道。(功遂げて身の退くは、天の道なり」
だった
いろいろ異同多いからなあ・・・
解説には、
「持盈(じえい)」「持満」の戒めとして有名な章である。
とあった
▼第十章
載營魄抱一,能無離乎﹖
載,猶處也。營魄,人之常居處也,一人之真也。
言人能處常居之宅,抱一清神,能常無離乎,則萬物自賓矣。……
抱一って画家の名前はここからかな?
「一」の解釈?
王弼はこう「一とは人の真なり」注をつけていて
文庫本解説だと、「要するに「道」の別名」とか
▼第十一章 三十輻,共一轂,當其無,有車之用。
サブタイトルは、(「無」のはたらき)
▼第十二章 五色令人目盲,
老子の思想はこういうのを嫌うということ
サブタイトルは(ぜいたくは人を狂わす)
五色、五音、五味については辞書にのってるし
▼第十三章
寵辱若驚,貴大患若身。何謂寵辱若驚﹖寵為下,得之若驚,失之若驚,是謂寵辱若驚。
寵必有辱,榮必有患,驚辱等,榮患同也。為下,得寵辱榮患若驚,則不足以亂天下也。
これも処世論的なもの
王弼は魏末の人で、
王弼と並び称される何晏の末路や
その頃やその後の時代をみると
かなり実用的な思想だったのかも
中途半端だけど、とりあえず今回はこのへんでー