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2017-08

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『ベスト・オブ・ベケット3 しあわせな日々/芝居』~でももっとなにか言わなきゃならない。(間)ここが問題。

ベケットは好きな作家です
小説と戯曲を書く人だけど、小説より戯曲のほうが
すっきりしてとっつきやすいかな

ベケットの演劇は、「ゴドーを待ちながら」「しあわせな日々」
はみたことあるような・・・(日本語訳)




しあわせな日々・芝居 / サミュエル ベケット

▼目次

ベスト・オブ・ベケット3 しあわせな日々/芝居

しあわせな日々 安堂信也 高橋康也 訳 5
HAPPY DAYS 1962
芝居 安堂信也 高橋康也 訳 57
PLAY 1963
言葉と音楽 安堂信也 高橋康也 訳 99
WORDS AND MUSIC 1962
ロッカバイ 高橋康也 訳 119
ROCKABY 1982
オハイオ即興劇 高橋康也 訳 141
OHIO IMPROMPTU 1982
カタストロフィ 高橋康也 訳 153
CATASTROPHE 1984
注 高橋康也 166
解題 高橋康也 194
「ベスト・オブ・ベケット」全三巻のあとがき 高橋康也 204



ヽ(´ー`)ノ

まずはウィキペディアをみてみます

▼しあわせな日々
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%82%E3%82%8F%E3%81%9B%E3%81%AA%E6%97%A5%E3%80%85

『しあせな日々』(Oh les beaux jours)は、劇作家サミュエル・ベケットによる戯曲。初演は1961年にニューヨークのチェリー・レイン劇場で。

タイトルは乾杯をする時の決まり文句に由来。フランス語の原題は、ヴェルレーヌの『感傷的な会話』から来ている。

登場人物
ウィニー:主人公。何故か焼け野原のど真ん中で、腰まですっぽりと地中に埋まった女性。第2幕ではとうとう喉元まで埋没する
ウィリー:ウィニーの夫。

あらすじ
第1幕
抜けるような青空の下、何故か腰まで地中に埋まった女性が1人。

彼女…ウィニーは目覚ましの音で目を覚まし、歯を磨いてお祈りを唱えて・・・と、こんな状況下で「日常的な動作」を繰り広げていく。

丘の向こうには彼女の夫、ウィリー。禿げ上がった後頭部を見せるこの男はほとんど声を発せず、また振り返る事もなくただ淡々と新聞を読んだりする。

ウィニーはただひたすらしゃべりつづける。己の狂気から逃れるために・・・。

第2幕
ウィニーはとうとう喉元まで地中に埋まってしまった。第1幕で彼女の「生活」を支えていた日用品の数々も、手が出ない以上使うことが出来ず、ウィニーはひたすらしゃべりつづける。

やがて、丘の向こうから、こんな状況には不釣合いなほどきっちりと正装をしたウィリーが登場。彼に名前を呼んでもらい、ウィニーは呟く。

説明
『勝負の終わり』のハムや、『芝居』のとある夫婦と夫の浮気相手のトリオなど、ベケットの芝居には動く事の出来ないキャラクターが結構出てくるが、このように一つの芝居の中でだんだんと動けなくなってくるキャラクターが出てくるのは非常に珍しい。

また、『夫婦』が題材として扱われるのも珍しい特徴である。

主人公であるウィニーは、身動きする事のできない異常な状況の中、とにかくものすごい勢いでよくしゃべる。しゃべればしゃべるほど新たな不安が生まれ、それを紛らわすためにまたしゃべる。彼女が最も恐れ、また憧れているのは全てが終わるとき-即ち死なのだろうか?

ちなみに、作中に登場する歌はオペレッタ『メリー・ウィドウ』の一曲。

ウィニーのさしている日傘が、突然燃え出すなど妙なところで妙な仕掛けがあったりするのも特徴であろう。



こんな感じの作品です
不思議な印象の作品で、そんなところが好きかも

あと台詞はほとんどひとりごとですが
ところどころとても魅力的です
台詞に魅力的なところがあるというのはいいですね

というわけでしあわせな日々の本文を見てみます

気に入ったところに傍線ひくかんじでボールド指定ー

・人物
ウィニー 五十歳くらいの女
ウィリー 六十歳くらいの男

第一幕

焼けただれた草原の広がり。中央が盛り上がって低い円丘をなし、手前と左右にゆるく傾斜している。後ろ側はもっと急な傾斜で、平舞台の高さまで落ちこんでいる。最大限の単純さと左右対称。
目のくらみそうな光。
草原と空がそれぞれ切れ目なく続いて、はるかかなたで出会うように、だまし絵ふうに描いた、たいへん月並みな背景布。
円丘のちょうどまん中に、腰の上までうずもれたウィニー。五十歳ぐらい。まだ艶っぽい色香が残っている。できれば金髪。小太り、腕と肩をむきだしにし、胸を大きくあけたブラウス、豊満な乳房、真珠のネックレス。彼女は両腕を前の地面にのせ、顔を腕にのせて、眠っている。彼女のわきの地面には、左側に、買い物袋ふうの黒い袋、右側には、たたんだ折りたたみ日傘がサックから握りをのぞかせて、置いてある。
彼女の右後ろに、円丘で見えないが、地面に横になって眠っているウィリー。
長い間。ベルが耳をつん裂くようにけたたましく十秒ほど鳴って、止まる。彼女は動かない。……

p16
(ウィニー)
そしてもし、なにかはっきりしない理由でもう努力のしようがなくなったら、そのときはただもう目を閉じて──(目を閉じる)──例の日がやってくるのを待つだけ──(目をあける)──あの、肉体が摂氏何度だかで溶けて、月夜が何百時間だか続く、あのしあわせ日がやってくるのを。(間)わたしそう考えるととても気が安まるの、気がめいって、犬畜生がうらやましくなってきたりするとき。(ウィリーの方に向いて)ちゃんと聞いてるでしょうね──

p17
まあ、どうでもいいわ、そんなこと、これがわたしの口癖、そのうち思い出すわ、ほんとにわたしすばらしいって思うの、なにもかもまた思い出す。(間)なにもかも?(間)いえ、なにもかもじゃない。(微笑する)いえいえ。(微笑、消える)すっかりじゃない。(間)一部分ね。(間)いつか、ふっと、どこからともなく浮かんでくる。(間)ほんとにわたしすばらしいって思うの。

p18
(正面に向きなおる。顔を上げたり下げたり、ときどき草をむしったりして、以下の台詞に活気をそえる)ほんと、わたし、ひとりでいるってことにがまんできさえしたら、人っ子ひとり聞いてくれる人がいなくても平気でしゃべってられたらって。(間)わかってるわ、どうせあなたにはたいして聞こえちゃいない、ええ、ウィリー、そうですとも。(間)あなたがひと言も聞いちゃいない日だってある。(間)でも、あなたが返事をしてくれる日だってある。(間)だからつまり、あなたが返事をしない、いえ、たぶんひと言も聞いちゃいないときだって、わたし、いつもこう自分に言って聞かせてもいいわけよね、ウィニー、少しは相手に通じているのよ、全くのひとりごとじゃないのよ、荒野(あれの)の中でしゃべっているんじゃないわって。それだけは、わたし、どうしてもがまんできない──長くはね。(間)そう自分に言い聞かせるからこそ、やっと続けていられるんですもの、続けるって、おしゃべりのことよ。(間)ところが、もしあなたに万一ものことがあったら──(微笑する)──昔ふうに言うと──(微笑、消える)──それとも私を捨てて行ったりしたら、わたし、どうしたら、何をしたらいいの、一日じゅう、つまりおはようのベルからおやすみのベルまで? (間)ただ前をじっと見つめてるだけだわ、唇をぎゅっと結んで。(そうする。長い間。草をむしるのをやめる)最後の息を引き取るまで、黙りこくったまんま。あたりは静まりかえってなんの音もしない。(間)ただ、ときおり、ときたま、鏡に向かってため息をつくだけ。(間)でなければ短い……破顔一笑といったところかしら、たとえば変わりばえのしないお笑いぐさにまたお目にかかりでもしたらね。


p20
そう、髪のこと、あとまわしにしたところ。よかったわ、あとですることができて。

p21
(間)言葉に見放される、言葉にまで見放されるときってあるものね……

そんなときにはどうすればいいの、言葉が戻ってくるまでのあいだ?

p24
あなた行くんでしょ、ウィリー? (間。もっと大きな声で)もうじき行ってしまうんでしょ、ウィリー?

p25
きょうは地面がばかにきついわね、わたしが太ったのかしら。

p27
全能の神様をたたえるには、神様といっしょに笑ってあげるのがいちばんいいんじゃないかしら、神様の冗談、それもあまりうまくない冗談を。

でもまあ、どうでもいいじゃない、これがわたしの口癖、どうせ……ほら……あのすてきな名文句、なんていったかしら……

p28
袋(正面に向きなおる)この中身を全部言えるかしら?

p29
ウィニー、先のことも考えなさい、言葉に見放されてしまう時のことを──

(微笑する)昔ふうの言い方! (微笑、消える)さて今度は?(長い間)地球の重力、前とおんなじかしら、ウィリー、違うような気がするけど。(間)ほら、こんなふうに──(しぐさをする)──押さえつけられてなかったら、からだがぽいと青空へ浮かび上がっちゃいそうな、そんな感じがますますしてくる。(間)そしていつかそのうちに地球が根負けしてわたしを放してしまう、うんと強く引っ張られて、まわりの地面がぱりぱりとひび割れて、わたしは出ていける、そんな日が来そうな感じ。(間)そんな感じ、なんだか吸い上げられるような感じって、ウィリー、したことない? (間)じっとつかまってなきゃならないっていうようなこと、ときどきない、ウィリー?

p30
ウィリー 吸い上げられる?
ウィニー そうよ、あなた、青空の中へ、蜘蛛の糸みたいに?

p31
そうそう、あんまり言うことが少なくて、あんまりすることが少なくて、そして日によっては、あまりに心配が……おやすみのベルが鳴る前に、ゆきづまって、何時間ももてあまして、なんにも言うこともすることもなくなるんじゃないかって、そういう心配があんまり強くて……おやすみのベルが鳴ったのに、とうとうなんにも、ほとんどなんにも言わずじまい、せずじまい、そういうことになってしまうこともあるの。(日傘を持ち上げながら)そこが危険なのよ。

p32
理性の声は言う、降ろしなさい、ウィニー、なんのためにもならないよ、降ろしてなにかほかのことをやりなさいって。(間)動けないの。(間)だめ、なにか起こらなきゃ、この世界に、なにか変化が起こらなきゃ、わたし動けない。

p33
およそ起こったことで、かつて一度も起こったことのないことなんてあるかしら、でも……ほんと、わからないわ。(間)こんなに刻一刻と日差しがきつくなってくると、ものが燃えだすのも当然なんじゃないかしら、燃えだすはずのないものまで、こんなふうによ、ひとりでに。(間)このわたしだって、しまいには、溶けるか燃えるかしちゃうんじゃないかしら、いえ、なにもぱっと燃え上がるっていうんじゃなくて、ただその、少しずつ焦げていって真っ黒い灰になっちゃうとか、この(腕を大きく広げて)──目に見える肉体がすっかり。そういえば、このわたしに、おだやかな日差しの時なんて今までにあったかしら。(間)ないわ。(間)おだやかな日差しの時とか、灼けただれるような日差しの時とかいうけど、無意味な言葉よ。

p34
そう、なにかが起こったように見える、なにかが起こるように見えた、でも実はなんにも起こらなかったのよ、全然なんにも、

p35
誰かに見られているような。

p36
何をしたらいいの? (頭をたれる。同じ声で)朝から晩まで。(間。同じ声で)来る日も来る日も。

p41
ああきょうはしあわせな日だわ! きょうもしあわせな日になるわ! (間)とにもかくにも。(間)今までのところは。

p43
誰かがまだわたしを見てるわ。(間)まだわたしを思ってくれてる。(間)ほんとにわたしすばらしいって思うの。

p44
言えることといったらほんのわずか。ありったけのことを言ってしまう。(間)言えることはなにもかも。(間)でもその中にはほんとうのことは一つもない、どこにも。

p45
でもまあ、わからないってこと、確かにはわからないってことは、ありがたいこと、わたしの望むのはそれだけ。

p46
音って、助けてくれる、わたしが……一日という日をやり過ごすのを。

p47
昔は思った……(間)……そう、昔は、音はわたしの頭の中にあるんだって。(微笑する)でも違う。(微笑、広がる)いえいえ。(微笑、消える)あれはただの理の当然だった。

p49
(間)でもそれはわたしの頭の中のこと。(間)もしかしたら……(間。断定的に)いえいえ、わたしの頭はいつだって叫び声でいっぱいだった。(間)かすかな、入り混じった叫び声。(間)それは聞こえて来ては。(間)また消えて行ってしまう。(間)まるで風のまにまに。

p52
なにも言えない。(間)でももっとなにか言わなきゃならない。(間)ここが問題。



ヽ(´ー`)ノ

不思議な感覚の作品です
リアリティのない設定で浮世離れなことを話しています
ずっとしゃべりつづけているのに静かな雰囲気が魅力かもー

ヽ(´ー`)ノ

ところで、私の個人的な、現代演劇の認識を見ると
なんか、ひたすら舞台上でわめきあっててうるさい
という偏見があります
そういう演劇があるのも事実で、うっとうしいですね
わめいて伝わるなら、文学も音楽もいらないわけで
そんな偏見とは逆っぽいかも

次は、同じ本に収録されているロッカバイ

(しあわせな日々所収)
女: もっと。

間。椅子が揺れはじめるのと同時に声。

声:
そしてとうとう
ある日のこと
ついにとうとう
長い一日の終わり
彼女は言った
自分に向かってひとりごと
ほかに誰もいやしないもの
あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ
【あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ】
ほっつき歩くのは
目をかっと見開いて
あっちやこっち
いろんなところ
他人を探して
自分に似た他人を
自分に似た
ほんの少し似た他人を
ほっつき歩いて
目をかっと見開いて
あっちやこっち
いろんなところ
他人を探して
そしてとうとう
長い一日の終わり
自分に向かってひとりごと
ほかに誰もいやしないもの
あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ
【あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ】
ほっつき歩くのは
目をかっと見開いて
あっちやこっち
いろんなところ
他人を探して
別の人間
ほっつき歩いて
自分に似て目をかっと見開いて
あっちやこっち
いろんなところ
他人を探して
自分に似た他人を
ほんの少し似た他人を
ほっつき歩いて
そしてとうとう
長い一日の終わり
自分に向かってひとりごと
ほかに誰もいやしないもの
もうそろそろやめていいころよ
ほっつき歩くのは
もうそろそろやめていいころよ
【もうそろそろやめていいころよ】

「あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ」のエコー(こだま)、同時に椅子の揺れが止まり、またライトがかすかに弱まる。

長い間。

女: もっと

間。椅子が揺れはじめるのと同時に声。

声:
そこでとうとう
長い一日の終わり



ヽ(´ー`)ノ

この作品も好きです
好きだけど感想が書きにくいー

ベケットについて

▼サミュエル・ベケット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88

サミュエル・ベケット(Samuel Beckett, 1906年4月13日 - 1989年12月22日)は、アイルランド出身のフランスの劇作家、小説家、詩人。不条理演劇を代表する作家の一人。また、ウジェーヌ・イヨネスコと同様に、20世紀フランスを代表する劇作家としても知られている。1969年にはノーベル文学賞を受賞している。

経歴

[編集] 戦前
1906年の4月13日、アイルランドのフォックスロックに住む裕福な中流家庭の次男として誕生。イエス・キリストが磔刑を受けたとされる日だったため、これを忌避し戸籍上の誕生日は3月13日。

1923年から1927年にかけて、ダブリンのトリニティカレッジで、英語、フランス語、イタリア語などを学ぶ。その後1928年から2年ほどの間、パリの高等師範学校で教師の職を得て過ごす。ベケットはパリでジェイムズ・ジョイスと知り合い、深い影響を受けた。ベケットはジョイスの書く断片の口述筆記や複写なども手伝ったが、それらはジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』(1939年)の中に含まれている。

1930年、トリニティカレッジの3年間の講師職を得て、ベケットはアイルランドに戻った。しかし2年も経たないうちに辞職し、著述業をしつつヨーロッパを転々とする。そして1937年、パリに定住した。

1938年1月、通りを歩いている最中に、見知らぬ売春斡旋者の男に突然刺されるという事件が発生した。ナイフは心臓をかすめたが、ベケットは自力で病院に駆け込んだ。意識を取り戻した時には、ジェイムズ・ジョイスが主治医と共におり、介抱の仕方を習っている最中だったという。のち、加害者は裁判でベケットに謝罪し、なぜそのようなことをしたのかわからないと語った。

入院中、訪問客の一人であったスザンヌ・デシェヴォー・ドュメニルと深い仲になり、交際を始めた。後年、スザンヌはベケットの仕事を助け、時にはジャーナリズムや批判者から守る役割もした。1961年に二人は結婚する。


[編集] 戦中・戦後
1939年、第二次世界大戦が勃発。1940年にはナチス・ドイツがフランスに侵攻し、パリを占領した。

大戦中、ベケットはフランスのレジスタンスグループに加入。ナチスに対する抵抗運動に参加する。しかしゲシュタポの捜査が身辺に迫り、友人が逮捕されたことを受けて小説家ナタリー・サロートの自宅の屋根裏に長期間かくまわれ、同じくゲシュタポから隠れていたサロートの父親と同居生活を過ごした。

その後パリを脱出。田園地帯を数ヶ月放浪の後、ルーション地方の農村に2年半もの間潜伏した。その期間、ベケットは小説『ワット』(1953年)を書いた。

戦後はパリに戻り、執筆活動を再開。50年代に入ると三部作の小説『モロイ』(1951年)、『マロウンは死ぬ』(1951年)、『名付けえぬもの』(1953年)を発表した。

1952年には、現代演劇に多大な影響を及ぼすことになる戯曲『ゴドーを待ちながら』を発表。同戯曲は翌年、ロジェ・ブランの演出によって、パリの小さな前衛演劇の劇場であるテアトル・ド・バビロン(Thetre de Babylone)で初演された。

1959年、ベケットは母校のトリニティ・カレッジより名誉博士号を授与された。1961年、ホルヘ・ルイス・ボルヘスと共にフォルメントール賞を受賞。そして1969年10月、ノーベル文学賞を受賞する。文学や戯曲の分野で、新しい表現方法を切り開いたことがその理由だった。

1989年12月22日に死去。彼の妻スザンヌがこの世を去った5ヶ月後のことだった。遺体はパリのモンパルナス墓地に埋葬された。墓石は磨き上げた花崗岩の板で、表面には「Samuel Beckett 1906-1989」という文字と、彼に先立って世を去った妻スザンヌについての同様の記述がシンプルに刻まれている。墓石のそばには1本の木がぽつんと立っている。


[編集] 作品論・作家論
『ゴドーを待ちながら』は二幕劇。木が一本しかない舞台で、二人の浮浪者がゴドーを待ち続けている。だが二人はゴドーに会ったことはない。待ちながら、たわいもないゲームをしたり、滑稽で実りのない会話を交わし続ける。そこにもう二人別の人物が通りかかり、さらにとりとめのない会話と遊戯が続く。一日の終わり、少年がやってきて、ゴドーが今日は来ないと告げる。二人はもう一日待とう、明日ゴドーがこなければ首を吊ろう、という。同じことがまた翌日繰り返され、芝居はそこで終わる。

ストーリーは特に展開せず、自己の存在意義を失いつつある現代人の姿とその孤独感を斬新なスタイルで描いている。当初は悪評によって迎え入れられたが、少しずつ話題を呼び人気を集めるようになった。初演の約5年後には、20言語以上に翻訳された。同作品は不条理劇の傑作と目されるようになり、現在もなお、世界各地で公演され続けている。

その後も作品ごとに、様々な新しい手法を試み続けたベケットは、第二次大戦後の演劇を語る上で無視できない存在と言える。その作品群は、不条理劇の系譜を継ぐ作家達のみならず、現代劇の作り手全般に多大な影響を及ぼした。

演劇評論家のハロルド・ブルームは、ベケットの演劇はシェイクスピア、モリエール、ラシーヌやイプセンと同じように後世に残るだろうと述べている。


[編集] 作品
以下にベケットの作品を挙げる。ベケットは主にフランス語か英語で執筆をし、後に自身で英語やフランス語への翻訳を行っている。年度の後に仏とある場合はフランス語版の、英とある場合は英語版の発表・出版年を意味する。邦題は、主に白水社の『ベケット戯曲全集』などの出版物を参考にしている。


[編集] 戯曲
『エレウテリア(自由)』 - Eleuth ria(1947年 出版は1995年)
『ゴドーを待ちながら』 - En attendant Godot(1952年 仏)、Waiting for Godot(1955年 英)
『勝負の終わり』 - Fin de partie(1957年 仏)、Endgame(1958年 英)
『クラップの最後のテープ』 - Krapp's Last Tape(1958年)
『しあわせな日々』 - Happy Days(1961年 英)、Oh les beaux jours(1963年 仏)
『芝居』 - PLay(1964年 英)

[編集] 小説
『並には勝る女たちの夢』 - Dream of Fair to Middling Women(1932年)、処女小説 田尻芳樹訳、白水社、1995
『マーフィー』 - Murphy(1938年)三輪秀彦訳、早川書房、1970/川口喬一訳 白水社 1971
『ワット』 - Watt(1943年執筆、1953年出版)高橋康也訳 白水社 1971
三部作
『モロイ』 - Molloy(1951年)三輪秀彦訳、集英社、1969/安堂信也訳,白水社、1969
『マロウンは死ぬ』 - Malone Meurt(1951年 仏)、Malone Dies(1956年 英)高橋康也訳、白水社、1969
『名付けえぬもの』 - L’Innomable(1953年 仏)、The Unnamable(英)安藤元雄訳 白水社 1970

[編集] ラジオドラマ

[編集] 評論・論文
プルースト Proust, 1931 大貫三郎訳 せりか書房 1970

[編集] 関連項目
フランス文学
フランス関係記事の一覧

[編集] 外部リンク
http://www.themodernword.com/beckett/index.html
http://www.Samuel-Beckett.net



「ゴドーを待ちながら」は英語のテキストのサイトみつけた

 http://mural.uv.es/sagrau/textos/godot.htm




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