kuzukiria_blog(文学的)

読書とか、いろいろなお勉強(byウィキペディア)とか、文章(文学、芸術、哲学)とか・・・


2017-05

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

パラケルススさん読み途中④医師と倫理

というわけで、『奇蹟の医の糧』の読書、
3記事めー


http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-141.html


http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-145.html


http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-146.html

というかんじで、記事も4番目になったけど
第4巻のこれが最後ー

奇蹟の医の糧―医学の四つの基礎「哲学・天文学・錬金術・医師倫理」の構想奇蹟の医の糧―医学の四つの基礎「哲学・天文学・錬金術・医師倫理」の構想
(2004/11)
パラケルスス

商品詳細を見る






■第4巻──医学第四の基礎──医師倫理

▼第一章 医師のあるべき姿

 医師はすべて、医薬の知識と技術をよりどころにすべきである。また、おのれの職務をその知識と技術に限定すべきである。医薬の知識と技術についての論文を終えるにあたり、以下のことは述べておく必要があるだろう。まさに医師はさらにもう一つの基礎を身につけなくてはならないことだ。その基礎は、他の三つの基礎(哲学と天文学と錬金術)に役立つであろう。すなわち、第四の基礎は、他の三つの基礎を内に含んでおり、医術を創造し与えてくれた神の意思に従ってその三つの基礎を支える。医師は自分自身には医術を施さず、自分以外の他の人々にだけ医術を施す。それはさながら羊のようだ。羊は、自分のためではなく、織物職人や毛皮職人のために羊毛を身につけるからである。……そのかぎりで医師は羊と同じはずである。そして医師は、自分のためにではなく自分以外の他の人々のために役立つべきであり、羊の譬えのままに事を行うべきである。同じくキリストもまた、洗礼者ヨハネによって子羊に譬えられたからである。
 だから、どうしても次のことは述べておく必要がある。医師たる者は子羊に似ている、ということだ。実際、医師の内にはいっそう重大な事柄が隠されている。それはすなわち、殺人、絞殺、奇形、麻痺、堕落、虐待、窃盗、略奪である。これらすべては、狼医師の内にある。神に由来する医師は、子羊や羊のようでなければならない。神に逆らって医術を用いる医師は、狼のようなものである。

 獰猛な医師とはどんな医師か。……
 すなわち、自分が医術について何も知らず、何もできないことを良心において心得ているのに、実際に医術を施し、お金のために医術を利用する医師である。だから彼らは狼と同じなのだ。狼は羊を食らい、羊が自分のものでないことを十分に心得ている。しかし狼は、自分が得をするためにそれを行う。このような医師は殺人者であり、病人が回復するにしろ死亡するにしろ、自分の利益を優先させるためにだけ敢えてそれを行うからである。この病人たちは、狼の開いた口にかまれている羊のように医師の支配下にある。


この辺になると、ある意味現代人にとっても
遠い話でもないかも


▼第2章 医師と神

 医師の誠実さが医術の基礎でもあり柱でもあると私が認めているのは不当なのか。医師の誠実とは何か。真実であるものは真実であり、真実でないものは真実でないこと、これが医師の真実であり、基づくべき根拠である。

医師のもつべきこの誠実さは技術の知を頼りとする。

神は、人間のあらゆる技術と能力の中で医師を最も愛し、医師の使命を定める。

それゆえ医師の誠実とは、キリスト教の選ばれた使徒のように誠実であり毅然としていることである。

 さらになお、医師は優れた信仰をもたねばならない。優れた信仰をもっている医師は嘘をつかず、神の御業を完成させる者だからである。


パラケルススは錬金術、魔術といったイメージがあるけれど
けっこう敬虔さがあるかも

つづき

世間の人々から君へ、君から神へと、神が望んでいるのは、すべての人々が真実の内にいること、真実の内に生きることだからである。地上のあらゆる技術は神聖なるものであり、神に由来するものである。それ以外の根拠から由来するものではない。聖なる精霊が自然の光を灯すからである。だから、天文学、錬金術、医学、哲学、神学、学芸、詩作、音楽、土占い、鳥占い(アウグリア)、その他すべてのものを、誰も冒涜することはできない。なぜできないのか。人間は自分自身から何を発明するのか、あるいは自分自身によって何を発明するのか。一着のズボンにあてがう切れ端も発明できない。

しかし、灯された自然の光によって何かが私たちの内で発明されると、悪魔が案内役となる。悪魔は、神が私たちに与えるすべてのものを嘘偽りのものにしたり、偽せ物を仕立てたり、詐欺に使ったりしようとする。そしてこのためにすべての同業者仲間は妨害を受ける。つまり、錬金術は惑わされ、嘘の言葉や偽りの学説にされてしまう。同様に、土占いは偽りの根拠の上におかれて、医学は正しい道からはずれてしまう。

悪魔は偽善者であり、嘘偽りそのものである。神は真実であり、私たちに真実を与えては教える。するとすぐに悪魔は、神を罵倒して、神を偽善者に仕立てようとする。そして悪魔は、神への信仰心が齢人々を惑わし、この者たちを過ちに導く。その結果この者たちは、神に背いて、技術の中に嘘偽りを見つけだし、神を偽善者として糾弾する。こうして彼らは、嘘偽りによって時間を浪費し、うろつきまわり、何かを探してはくよくよ思い悩む。そして、彼らは真実を発見することなく死に絶えるのである。


▼第3章 医師と医術

医師は、人間に支配されるのではない。自然を通じて神によってのみ支配される。


▼第4章 結び


ヽ(´ー`)ノ



▼かんそう

最後まで読んで思ったこと・・・

パラケルススの本は面白いということ・・・
昔の医術関係の本だと考えると、退屈しそうだけど
どこを読んでもおもしろかったし

悪口いっても(よくいうw)機知があって表現力が豊かなので面白いー

いい本だったなあというかんじ

なんだかなあとは思うけど、
古い本は厳選されてるだけあって、外れがなくていいなあというかんじ

これをダイジェストにすると、
よくまとまってわかりやすいかもしれないけど
たぶん、悪口とか比喩みたいなところははしょられて
そういう末端的なおもしろさが削られて
ある意味、単調になってくるかも・・・

あと、原文で読めればーという考えもあるかもしれないけど
原文を、母国語並みに読みこなせるならともかく
研究するなら原文は必須だろうけど(誤訳とか解釈の違いその他で)
母国語ほどの理解力があるわけでないなら、
日本語訳で読めるのは幸せ・・・


あと最近の読書だと、中国の古典で、こんなのも
医学と天文なのでとりあえず参考に

「夢溪筆談」(沈括)読書③~天文や医学について
http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-144.html










 | HOME | 

FC2Ad

 

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

[ベケットギャラリー]

(ベケットの戯曲の抜粋ランダム)

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー

全ての記事を表示

→全ての記事を表示

最近の記事

『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと⑤
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと④(読書法のこと)
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと③
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと②
『失われた時を求めて』のお気楽読書のーと①
ipodが壊れて買ったにっき
老子の読書めも②
リヴァイアサン読書メモ2(感覚、造影について)
贈り物には羊羹・贈り物には羊羹・贈り物には羊羹
氷が手に着くのは何でなのかな
ラジオのジャズのこと
リヴァイアサン読書めも1

ブログ内検索

Lc.ツリータグリスト

カウンター

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。