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2017-05

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パラケルススさん読み途中③錬金術と医学

というわけで、『奇蹟の医の糧』の読書、
3記事めー


http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-141.html


http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-145.html

奇蹟の医の糧―医学の四つの基礎「哲学・天文学・錬金術・医師倫理」の構想奇蹟の医の糧―医学の四つの基礎「哲学・天文学・錬金術・医師倫理」の構想
(2004/11)
パラケルスス

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いよいよ、錬金術ー


■第3巻──医学第三の基礎──錬金術

▼第一章 天と錬金術

医術が頼りとする第三の基礎は錬金術である。医師が錬金術に最高最大の努力を惜しまず精通することがないならば、医師の技術というものはすべて無用である。自然は被造物においてあまりにも精妙かつ精密であり、したがって、偉大なる術がなければ人間は自然を用いることができない。さらに、自然はその本性からして完成されたものを示さない。むしろ、人間がそれを完成させなければならない。この完成させる働きを錬金術と呼ぶ。パン職人はパンをつくり、ブドウ職人はブドウ酒をつくり、織物職人は織物をつくるので、彼らは一種の錬金術師である。人間に役立つために自然から成長してくるものを、その本性によって秩序づけられるところまでもたらす者こそが、錬金術師である。


──というかんじで、錬金術の定義もあるけど
パン職人も錬金術師であるといっているような定義を
パラケルススはしているようす・・・

読書つづき

さて、医術が頼りとすべき基礎は、医薬の調製にある。だから次のことをさらに知ってもらいたい。その基礎は自然から出発しなければならず、香料を調合する料理人のようにあれこれと考える頭から出発してはならない。実際、医薬の調製術(錬金術)こそが最も重要であり、最後の仕上げとなる。要するに、哲学と天文学、つまり、病気と医薬の種類とそれらのあらゆる組み合わせが理解されるとき、次にのこる最後のもの(錬金術)こそが最も必要不可欠なものとなる。

すなわち、医薬の調製は、天体に支配されている状態におかれねばならない、ということを。天体が、医師の仕事を完成させるからである。

だから、冷であるとか、温であるとか、湿であるとか、乾であるとか言うことはできない。だが、土星であるとか、火星であるとか、水星であるとか、北極星であるとか言うことはできる。こうして医師は正しい道を歩む。

医薬は調製されると星々の性質を帯びて、星々そのものとなる。なぜなら、天空の星々は、病気にかかることも、死ぬことも、健康になることもあるからである。そのときには、何かが必ずおこる。

天を頼りとしなければ医薬は役立たないので、医薬は天によって管理されねばならない。管理のための作業とは、君が医薬から地上的なものを取り除くことにほかならない。




▼第2章 アルカナについて

そもそも「アルカナ」とは何かを注でみると

「アルカナ」(arcana)は「アルカヌム(arcanum)」の複数形であり、語源的には「箱」を意味するラテン語のarcaに由来する。アルカナは植物や鉱物からその精髄を錬金術によって抽出した秘薬である。したがってパラケルススの錬金術における第一の目的はアルカナ製造である。パラケルススの薬学理論はアルカナ説と呼ばれることもある。


てことで読書ー

地上的なものを医薬から取り去らなければ
天が薬に影響しないということをいってたけど
その続きー

 医師ではなく天が天体を通じて管理するので、医薬は空気(カオス)の状態にされなければならない。こうして医薬は星によって支配されうる。では、どの石が星によって高く上昇させられるのか。そういう石は一つもない。上昇するものは、揮発性のものだけである。多くの人々は、錬金術において第五元素を探してきた。


第五元素?
てことでまた注をみるー

「第五元素」(quintum esse)を哲学用語として定着させたのはアリストテレスである。その説によると第五元素は、天体を構成している実体としてのエーテルである。……


長い、、、
まあ要するに錬金術用語として由緒あるってことで、、、

続きー
多分読めばわかるんじゃないかと

第五元素とは、アルカナから四つの元素的物体が取り除かれたものにほかならず、その後に残ったものが本来のアルカナである。このアルカナは一つのカオスであり、風で漂う羽毛のように、星がそれを管理することができる。
 四つの元素的物体がアルカナから取り除かれることが、医薬の調製でなければならない。次に知っておくべきことは、このアルカナの中の星は何か、この病気の星は何か、この病気に対抗する医薬の中の星は何か、である。このときに管理がようやく始まる。君が医薬を投与するとき、胃は、君の医薬のために準備をしなければならない。要するに、胃は錬金術師である。胃によって天体が医薬を受け入れられるようになれば、医薬は管理される。そうでなければ、医薬は、胃の中に留まり、そして大便により外に出る。天空における天体と人間の内なる天体との相互一致に関する知識以上に、石にとって重要な知識などあるだろうか。まさにこの点にこそあらゆる病気の根拠がある。

 さて、外なる胃は錬金術である。外なる胃は、自分のもっているものを星のために調製する。錬金術は、人々が言うように金をつくったり銀をつくったりするものではない。私たちの錬金術が行おうとしているのは、アルカナをつくってそれを病気に適応することである。


錬金術は、卑金属から金を作り出して大儲けー
という意味もあるけど、
パラケルススにとっては違うということ、、

自然と病気は、健康のときも病気のときも相互に結び合わされ、相互に対象され、組み合わされなければならない。ここにこそ、治癒と健康に通じる道がある。錬金術は、このようなことすべてを完成させる。錬金術がなければ、そういうことはおこりえない。


つまり、医薬の根本は、結局のところアルカナにあり、アルカナが石の基礎を完結させ完成させるということである。それゆえ、完結した基礎はアルカナにあるので、この場合その基礎とは錬金術でなければならない。れんきんじゅつによってアルカナの調製と製造が行われるからである。

まさにアルカナとは、効能と効力があり、揮発性で、物体的ではなく、カオスであり、明るく、透明で、星に導かれる。


ここの後の方は、ひたすら批判・・・
パラケルススさんはこれを忘れないなあw

当事者じゃないからあんまりどーでもよかったり・・・
文面はおもしろいけど


▼第3章 熟成の作用について

錬金術師は、自然の中に内在するものをみずからの作業によって取り出す。だから、次のことを心得てもらいたい。つまり、植物のそれぞれの部分、例えば、芽や、葉や、花や、熟していない実、熟した実では、それらの中に内在する力がそれぞれ異なることである。……自然とはそういうものだからである。

自然はみずからを明らかにしているときでも、途中でやめてしまうので、錬金術師がその後をさらになお引き継ぐ。例えば、エニシダは、錬金術師の手の中でみずからの本性の実現を果たす。

 君たちも知っているように、事物はたった一つの性質しかもっていないのではなく、多くの性質をもっている。君たちが見るさまざまな花にはたった一つの色しかないのではない。その一つのものの中にさまざまな色がある。どれも一つのものであるが、それぞれの色そのものにかなりの差異がある。自然物の中に内在するさまざまな性質についても、同じように理解できる。これらのさまざまな色を相互に生み出すのが、色の術ないし本性、すなわち色の錬金術である。色の場合と同じく性質の場合も、このゆな分離が同じようにおこるはずである。

 どの色にも、ある特有の性質と力がある。同じ色を持っているからといって、同じ性質をもっているわけではない。むしろ、同じ色の中に別の性質がある。


というかんじで、なんか色についてー
ゲーテの色彩論でも言及されてたとか?(by注)

したがって、まずはじめに芽が、次は髄が、次は枝が、次は花が、次は熟し始めたばかりの実が、熟している最中の実が、熟し終えた実が、それぞれ認識される。このような経過を経ることで、まず最初に性質がこのように現れ、その次に性質は成長するように導かれ促される。すると、その中に内在する力は、時々刻々、多様におのずから変化を遂げる。時間がニワトコの芽に物質ではなく弛緩作用を与えるように、時間はさまざまな性質にそれぞれ異なった仕方で力を与える。

さて、これらの時熟もしくは熟成は次のように配分される。ある時間は芽の時間へ、ある時間は秋の時間へ、ある時間は花の時間へ、ある時間は髄の時間へ、ある時間は液汁の時間へ、ある時間は葉の時間へ、ある時間は実の時間へ、というように。さらにそのすべての時間は、それぞれの開始時と中間時と終了時によって三つに分けられる。それはつまり、緩解剤、収斂剤、アルカナである。

ヴィトリオル(硫酸塩)が枝の中を進んでいるとき、癲癇に最高なのは何か。ヴィトリオルが花の中を進んでいるとき、隠すことのできない匂いのようにますます浸透するのは何か。ヴィトリオルが果実の中を進んでいるとき、温かさが活溌になることにおいて高まるのは何か。


最後のとか、なんか詩っぽいー


▼第4章 病気とアルカナ

私がどうして錬金術を医術の優れた基礎とみなすのか。それは以下の点である。つまり、卒中、麻痺、嗜眠病、癲癇、狂気、妄想、憂鬱など、おもな重症の病気は、薬剤師の調製術によっては治療できない、という点である。


すなわち、病気にはそれ特有のアルカナがあり、それゆえアルカナにもまさにそれ特有の調整法がある、ということである。


▼第5章 結び

医術の基礎は哲学・天文学・錬金術によって示された。一人一人の医師がもつべきあらゆる基礎は、この三つの基礎を頼りとする。

しかし、私がただ独りであるからといって、新米であるから、ドイツ人であるからといって、私の著書を蔑ろにするのはやめてもらいたい。私を無視しないでもらいたい。こうしたことを通じて医薬の技術は進展し、教示されねばならないからである。

私はこれで終りにするつもりはない。神が恩寵を与えてくださる限りは、いつも王国を実現させるつもりでいる。


パラケルススも結構苦労しているようす・・・

長くなるので、さらに記事分割することに

つづくー


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