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2017-06

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『紅楼夢』~そのわれの花埋むるを痴と笑え いつの日か われを葬るはそも誰そ(葬花吟)

マクパペットがかわいいのではり付け楽しいヽ(´ー`)ノ
というのもあって、いろいろ本のこと収録ー

紅楼夢は中国の小説です
特に次の詩のところとか、花を葬るところが好き

花鋤をもった黛玉が
この詩をくちずさみ、涙を流す箇所は
とても印象的で、ここが一番いい場面かも・・・
この詩は「葬花吟」(葬花詞)という名前があるようです

(一部)
汝れの今 身まかりて われの葬る
わが身とて いつの生命と計られず
そのわれの 花埋むるを 痴(こけ)と笑え
いつの日か われを葬るはそも誰そ







以下、昔のメモとか記録からはり付けです
2000年とか2001年とかの日付なので
そのころ読んでいたようで・・・

紅楼夢 (1) (平凡社ライブラリー (162)) 紅楼夢 (1) (平凡社ライブラリー (162))
伊藤 漱平、曹 雪芹 他 (1996/09)
平凡社

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この本です、全部で12巻かな
元の話自体、作者が書き終わっていなくて未完で
書き足されたりしたものだったような・・・

●紅楼夢について

(23回では黛玉が花塚作ったり……、17回くらいで元春貴妃が里帰りで大観園作って、その辺りから、その大観園の風雅な描写とかがあって、それと細かい情の描写とあいまって、綺麗なところが多い。その辺りがいいなあ……という感じ。
黛玉、最初は、ひねくれていてヒステリーで、うーん中国人の趣味はわからない、と思ったけど、ひねくれているのもヒステリーなのもここまで来ると、おもしろい……、という感じ。しょっちゅう泣いているし。27回辺りからのところとか。)

▼二七回

汝れの今 身まかりて われの葬る
わが身とて いつの生命と計られず
そのわれの 花埋むるを 痴(こけ)と笑え
いつの日か われを葬るはそも誰そ
見よ春の 尽きんとし花散りしきる
これぞこれ 老いも若きも死する時
一朝に 春の尽き 若きも老ゆれば
花は散り 人も失せ 行き方知らず

爾今死去儂収葬 未卜儂身何日喪
儂今葬花人笑痴 他年葬儂知是誰
試看春残花漸落 便是紅顔老死時
一朝春尽紅顔老 花落人亡両不知
(漢文は注より)

 黛玉がこんな詩を口ずさみながら大観園で泣いていて、そこに宝玉が来て、無常のことを思ったり、でまた擦れ違いでけんかして二人で泣いていたり……。

 宝玉はこれを聞いて、思わず呆けたようにへたへたとその場にくずおれるのでした。そのさきは次回にて。

▼二八回、宝玉。

〈考えてみると、あの黛さんの花の容貌(かんばせ)とて、いずれはいずこに探し当てようもないときがくるのだとしたら、なんと心の圧しつぶされるような悲しいことではあるまいか。黛さんにもついには尋ねるよしもないときがやってくる以上、これをほかの人々の上に推しおよぼせば、宝さ・香菱・襲人などの人々にも尋ねんすべのないときがやってこよう。また宝さなどの人々にもやがては尋ねんすべもないときがやってくるとするならば、かくいう自分とて、またいずこにいるものやらはかり知れぬ。してわが身すら、いずこにおり、いずこにゆくのかもわからぬとすれば、この場所、この園、この花、この柳などはまた、いずこのいかなる人の物となることやら……

(あと、三五回で、黛玉は鸚哥と遊んでいたりの場面とか……)


▼27回(228p)

(たいぎょくのこと)

──この女主人、つれづれと引きこもっているときに、眉をひそめ愁い顔でいるか、さもなければ溜息吐息ばかりついていますし、それにどうした加減なのか、いつとて涙の乾(ひ)るまもないありさま。

(ほうさ)

……ふと気がついてみると、前方に団扇ほどもある玉色をしたつがいの蝶がいて、一羽があがれば一羽がさがり、風をうけてひらりひらりと舞うさまが、いかにもおもしろい。よし、ひとつ遊び半分にうち落としてやりましょ、と宝さはそこで袖のなかから取り出した扇子をふりかざし、草地へ向けて打ちかかる。と、見るまに、くだんのつがいの蝶、舞いあがっては舞いおり、ゆきつもどりつして身を避けながら、花をくぐり柳を抜けして、いまにも河を越えてゆかんばかりの風情。すっかり釣られた宝さが、抜き足さし足よろしく、そのままあと追って池の中なる滴翠亭まできた時分には、「汗もみどろに、息せききって」とでもいおうありさま。宝さもさすがに蝶をうち落とすのはあきらめてしまいました。

▼詩(葬花吟)

花謝花飛花満天 紅消香断有誰憐
遊絲軟繁飄春樹 落絮軽沾撲繍簾
閨中女児惜春暮 愁緒満懐無釈処
手把花鋤出繍簾 忍踏落花来復去
柳絲楡莢自芳菲 不管桃飄与李飛
桃李明年能再発 明年閨中知誰有
三月香巣巳塁成 梁間燕子太無情
明年花発雖可啄 卻不道人去梁空巣也傾
一年三百六十日 風刀霜剣厳相逼
明媚鮮妍能幾時 一朝飄泊難尋覓
花開易見落難尋 階前悶殺葬花人
独把花鋤涙暗灑 灑上空枝見血痕
杜鵑無語正黄昏 荷鋤帰去掩重門
青灯照壁人初睡 冷雨敲窓被未温
怪奴底事倍傷神 半為憐春半悩春
憐春忽至悩忽去 至又無言去不聞
昨宵庭外悲歌発 知是花魂与鳥魂
花魂鳥魂総難留 鳥自無言花自羞
願奴脇下生双翼 随花飛到天尽頭
天尽頭     何処有香丘
未若錦嚢収艶骨 一堆壌土掩風流
質本潔来還潔去 強於汚〓陥渠溝   さんずい+卓
爾今死去儂収葬 未卜儂身何日喪
儂今葬花人笑痴 他年葬儂知是誰
試看春残花漸落 便是紅顔老死時
一朝春尽紅顔老 花落人亡両不知



ヽ(´ー`)ノ

ところでこのお話、中国の生活を知らないと
分かりづらいところが多いです
だから分かっていない、通じていないところが
いっぱいあるんだろうなと思いつつ・・・

とりあえずとっても疑問なところというと・・・
年齢設定ー

「葬花吟」あたりでは主人公宝玉は13歳
黛玉は12歳くらい?
歌っている詩が自作でなく(自作かも私には不明)
(黛玉たちは詩を作って遊んだりするけど)
よく知られている詩とかならあり得るかな?

でも、花塚を作って落花(中国だから桃?)を埋めるとか
風流でいいなーという感じです

ウィキペディアよりー

▼紅楼夢
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%85%E6%A5%BC%E5%A4%A2

紅楼夢(こうろうむ)は、清朝中期乾隆帝の時代(18世紀中頃)に書かれた中国長編白話小説の最高傑作。作者は曹雪芹とするのが定説だが、別人であるとする異説もある。三国志演義、水滸伝、西遊記とともに旧中国の傑作古典小説に数えられる。清代末期から紅楼夢を専門に研究する学問を紅学といい、この言葉は現代も使用される。毛沢東も愛読し、1950年代の中国で紅楼夢論争も戦わされた。石頭記(せきとうき・いしき)ともいう。

作者
作者とされる曹雪芹の祖父は康熙帝の時代に江寧織造として江南で清朝のために情報収集活動を行っていた曹寅という人物である。 康熙帝の寵愛を得て莫大な富を蓄積し、曹雪芹の父もその職を継いだが、雍正帝の時代になると寵愛は失われ、家産は没収された。一家は後に北京に移り、曹雪芹が紅楼夢を描いた18世紀半ばには粥を啜るような窮貧生活であったとされる。 このため、曹雪芹についてはよくわからないことが多い。なお、雪芹は字で、名は霑(てん)という。


[編集] 版本
紅楼夢の写本は、当初約110回存在したと推定されるが、稿本が流出後80回以降が何らかの原因で散失し、そのまま補足されない状態で作者と思われる曹雪芹が死去。その約三十年後、出版者程偉元の請求のもとで、高鶚が40回を付け加え、活字印刷版の120回本が世の中に出回ることになる。この高鶚の40回にも、もともと存在した前80回の手書きによる稿本にも、程偉元自身によるかなりの添削が入っていると一般に思われる。


現存最古の手抄本「甲戌本」が発掘された1927年まで、紅楼夢は一般に活字印刷版の「程本」で流通しており(詳しくは「程甲本(1791)」と「程乙本(1792)」などと区別される)、物語の内容も「程本」で広く認識されていた。一方、手抄本のほとんどがすべて「脂硯斎重評石頭記」と題しており、それぞれ朱筆あるいは墨で本文の上や行間や脇に「脂硯斎」をはじめとする評論家による評論文字を書き足している。これら手抄本は一般に「脂評本」と称されている。


「脂評本」写本の系列の中で最も内容が古く、原稿に近いとされる「甲戌本(1754)」、「己卯本(1759)」、「庚辰本(1760)」などを詳しく調べると、印刷版の「程本」の原文字に対する添竄が明らかになる。このような添竄は、後継者高鶚と程偉元が書いた後40回の内容が、散逸した原作の精神と乖離すると判断するに十分なものとされている。


惜しくも、現存の全ての「脂評本」系列の手抄本は80回以降の内容について本文を残していないばかりでなく、散失各回の題名「回目」も残されていない。そこで80回以降の原稿内容は、いわゆる「紅学」の中心問題の一つに数えられるようになった。80回以降の原稿の本文や回目は見つからないが、前80回の本文中の詩文や特定事件の表現手法、それに加え特に評論家脂硯斎や奇笏叟などによる評論文字などから、80回以降の少なくとも一部の内容は暗示または明記されているとみるのが定論である。


[編集] ストーリー

祖先の勲功により代々高官を出し、皇室の姻戚でもある上流階級の賈氏一族のお坊ちゃん賈宝玉を主人公とする。賈宝玉は勉学が嫌いで、豪邸に同居する美少女たちと風流生活を送る。小説はその生活の細部を描き、美少女たちとの交情を克明に記しながら進行する。賈宝玉は趣味の合う美少女、 林黛玉と相思相愛の関係となるが、お互いに心がうまく伝えられない。この繊細でプライドの高い林黛玉が女主人公の位置にある。だが、二人はお互いに引かれながらも、ささいな嫉妬から大喧嘩をし、結局は「金玉の縁」で結ばれた温和な良妻賢母型の薛宝釵と結婚することになる。この三角関係を軸に小説は展開する。やがて病弱な林黛玉は恨みを抱いて死に、賈家は権勢を嵩に民衆を苦しめた罪で家産を没収され没落し、人々も離散していく。


[編集] 特徴
この小説の特徴はストーリー中心のロマンではなく、当時の上流階級の日常生活が登場人物400人を超える規模で細部まで描きこまれていることである。 また士大夫の経世済民という表向きの世界ではなく、甘やかされた坊ちゃんお嬢ちゃんの心理のひだが繊細に描きこまれている。弱くて感じやすい「児女の情」をテーマとするといえる。 その一方で、主人公たちは儒教道徳や官僚の腐敗、不正に対する痛烈な批判を口にしており、乾隆盛世と呼ばれた当時の社会に対する批判的色彩も帯びている。


[編集] 評価
民国時代になって胡適らの新紅学派は作者曹雪芹の人生をありのままに描いた自然主義文学であると提唱した。これに対してマルクス主義文学者からは「ブルジョア階級主観唯心主義」であるとする批判が起こり、新中国成立後の1950年代に紅楼夢論争が展開した。マルクス主義派は紅楼夢を男尊女卑の封建主義に反抗する階級闘争文学であると主張したのである。また、中国では非常に有名な小説であるため、映画や演劇、テレビドラマ化されることが多い。


[編集] 翻訳
日本では早くから岩波文庫などから日本語訳が出版されているが、岩波文庫本は現在絶版である。平凡社から、ライブラリー版で出版されているものが、2005年現在入手可能である。この他、近年フランス語、英語、ドイツ語訳が相継いで出版されている。







▼紅楼夢のサイトとか

紅楼夢小事典
 http://pingshan.parfait.ne.jp/honglou.html



ところでマクパペット、眠るの指定をすると下が切れる・・・
width=82;height=94;の高さを高くしても下が切れたままで無理ー



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