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2017-10

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芥川龍之介「小説の読者」読んでみたりとか

風邪気味っぽくて微熱がー

で、杜子春読もうと思って青空文庫を見てみたり

不思議の国のアリスの文庫本探したけど見つからないし
もう探し物する気おきない・・・

で、杜子春はこれ↓
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43015_17432.html

で、ついでにみつけたのが、これ↓

「小説の読者」という題でとても短い




小説の読者 芥川龍之介(青空文庫)

小説の読者
芥川龍之介

 僕の経験するところによれば、今の小説の読者といふものは、大抵(たいてい)はその小説のを読んでゐる。その次ぎには、その小説の中に描(か)かれた生活に憧憬(しようけい)を持つてゐる。これには時々不思議な気持がしないことはない。
 現に僕の知つてゐる或る人などは随分(ずいぶん)経済的に苦しい暮らしをしてゐながら、富豪や華族ばかり出て来る通俗小説を愛読してゐる。のみならず、この人の生活に近い生活を書いた小説には全然興味を持つてゐない。
 第三には、第二と反対に、その次ぎには読者自身の生活に近いものばかり求めてゐる。
 僕はこれらを必ずしも悪いこととは思つてゐない。この三つの心持ちは、同時に僕自身の中(うち)にも存在してゐる。僕は筋の面白い小説を愛読してゐる。それから僕自身の生活に遠い生活を書いた小説も愛読しないことはない。最後に、僕自身の生活に近い小説を愛読してゐることは勿論である。
 然し、それらの小説を鑑賞する時に、僕の評価を決定するものは必ずしも、それらの気持ではない。若し僕が(読者として)世間の小説の読者と違つてゐるとするならば、かう云ふ点にあると思つてゐる。では何が僕の評価を決定するかと云へば感銘(かんめい)の深さとでも云ふほかはない。それには筋の面白さとか、僕自身の生活に遠いこととか、或はまた僕自身の生活に近いこととか云ふことも勿論、幾分か影響してゐるだらう。然しそれらの影響のほかに未(ま)だ何かあることを信じてゐる。
 この何かに動かされる読者の一群(いちぐん)が、つまり読書階級と呼ばれるのである。或は文芸的知識階級と呼ばれるのである。
 かう云ふ階級は存外(ぞんぐわい)狭い。おそらくは、西洋よりも一層狭いだらう。僕は今、かう云ふ事実の善悪を論じてゐるのではない。唯事実として一寸(ちよつと)話すだけである。

(昭和二年三月)


読みながら傍線がわりに、文字に装飾をいれてみたり
(原文にはないもの)

まあそれは、今も同じかも
というかいつの時代でもそうかも

増えたらいいけれど、それはたとえば自分が何かマイナーな趣味をもっていて
同好の士が増えたらいいな、と思ったりするのと同じようなことかも

「何が僕の評価を決定するかと云へば感銘の深さ

という言葉は、評価の基準を示す言葉、概念の例として
いい言い方だ、とか思ったり

言葉や概念があると、思考の曖昧さが明快になってきて
さらに発展させやすくなるかも

これをこの言葉でいうなり、他の言葉でいうなり
それは個人差はあるだろうけど

でも、小説を探す上で、これを基準にするのは難しい

ジャンルで探しても無意味、名前で探せば古典しかない
タイトルやあらすじでもわからないし、書評でもわからないかも

感銘──自体が主観的なら、
あうあわないは、本当に人それぞれ

コンサートとか、自分にとって大傑作でも
他人にとっては、今回悪かったとかいわれるとか
よくあることだし
多分、どっちが間違っているというわけでもないかも

小説にしろ、芸術は、そういうものかも

とか、微熱で暇なので(他に何も集中できない)
ぐだぐだ考えてみたりー

ってなんか、前にもこんなこと書いたような?

あ、先月末に、なんとなく考えてみた表とか作ってた;;

まあ考え事するの楽しいからいいかヽ(´ー`)ノ

   ※

評価に主観が入るということは
評価自体に外部から異物が混入するということではなく、
評価自体が主観的であるということ・・・

というわけで、自分で見たり自分で考えたりしないと
意味がないこともまた多かったり

もちろん、調べればすむことなのに
自分で微妙なことを考え続けて(理論とかw)
とっても時間の無駄、ということも当然あるけど・・・

でも、調べれば全部答えが出る、というわけでもないし

冬だから、風邪引くこと多いなー
先月末のは一応直ったけど、今日からまた風邪引いたっぽい

    ※

で、杜子春

中国古典楽しいしー
ってことで、なんか老子を読もうとして机の上においたのに
なんか杜子春を捜し始めたり

で、杜子春よんだ
っていうかわりと好きなんだけど

仙人の名前とか、どうなんだろうとか思ったり・・・

でも、やること思い出したから、老子よもう・・・



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