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読書とか、いろいろなお勉強(byウィキペディア)とか、文章(文学、芸術、哲学)とか・・・


2017-09

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ふと思い出した映画のこと、北京好日とか

なんかとっても不意に思い出したのは
昔みた映画で、北京好日というの

なんか老人が主人公で、京劇やるんだっけ
なんか地味な雰囲気がよかったなあ・・・

で、探したけどDVDでてないのかな

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「ディープ・ブルー」のイルカいいなあ・・・

イルカがみたいなーと思って、
映画の「グラン・ブルー」みたいなーと思って借りてきて
なんかよくみたら、「ディープ・ブルー」って書いてあったー

でも、ドキュメンタリーだったから、もしかしたら
イルカとかみたいだけなら、こっちの方がよかったのかも

ラッキーヽ(´ー`)ノ

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映画「バリー・リンドン」他~キューブリック様の映画の映像と音楽の美しさ

キューブリックの映画は映像がきれい、音楽がいいー

というわけでにこにこでみかけたのをぺたぺたー

まずは「バリー・リンドン」から

これは映像と音楽の美しさで、彼の作品のなかでも一番かも
私は一番好きな作品かも

ヽ(´ー`)ノ

これは戦争のシーン
戦争の戦闘の場面で、この音楽と映像の美しさが、
キューブリックの才能だなーとかしみじみしたり

扇情的すぎでないところがすてきすぎ



七年戦争のことらしいです

これはサントラ



人物とかストーリーだけが映画とか(小説にしろ)の魅力じゃないと思うけど
まあ、そういうのは比較的人気ないということは事実なのかも
非人情──とか漱石の言葉を思い出したりー

で、次は「博士の異常な愛情」の
とてもインパクトのあるラストシーン・・・



歌詞がいいなーヽ(´ー`)ノ

にこにこのマイリストの登録がいっぱいになってきたので
マイリスト代わりにぺたぺた収録というところも・・・

バリー・リンドンはDVDもってるなー

バリー リンドンバリー リンドン
(2005/04/22)
ライアン・オニール

商品詳細を見る


買っても買って安心してあんまりみなかったりするけど・・・
って、さっきギエムのDVD注文してきたけど;;

というわけでとりあえずウィキペディアしらべー

▼バリー・リンドン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3

『バリー・リンドン』(Barry Lyndon, 1975年、アメリカ)は、スタンリー・キューブリック監督が、18世紀のヨーロッパを舞台に撮り上げた映画である。時代考証はもちろんだが、ライティング、美術、衣装に至るまで、完璧主義者であるキューブリックは見事に18世紀を再現してみせている。また、この時代のムードを忠実に再現するため、ロウソクの光だけで撮影するため、NASAのために開発されたレンズを探し出しこの映画のために使用したのは有名な話である。原作はウィリアム・メイクピース・サッカレーの小説。アカデミー賞の撮影賞、歌曲賞、美術賞、衣裳デザイン賞を受賞した。



バリー・リンドンの戦争について
博士のほうは第二次世界大戦だからいいか・・・

▼七年戦争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89

七年戦争(しちねんせんそう, 英:Seven Years' War, 独:Siebenjähriger Krieg, 1756年-1763年)は、プロイセン及びそれを支援するイギリスと、オーストリア・ロシア・フランスなどのヨーロッパ諸国との間で行われた戦争である。

概要
七年戦争は、ヨーロッパにおいては、イギリスの財政支援を受けたプロイセンと、オーストリア・ロシア・フランス・スウェーデン・スペイン(1762年参戦)及びドイツ諸侯との間で戦いが行われた。並行して、イギリスとフランスの間では北アメリカ、インド、各大洋上で陸海に渡る戦いが繰り広げられた。プロイセンとオーストリアとの戦争を第三次シュレージエン戦争、北米での戦争をフレンチ・インディアン戦争、インドでの戦争を第二次カルナティック戦争とも呼ぶ。これらの戦争を総称して七年戦争と呼ぶこともある。

オーストリアがフランスと同盟を結んだ外交革命、400万対8000万と言う圧倒的な人口格差など、当初プロイセンは敗勢を余儀なくされ、その命運も尽きるかと思われたが、プロイセン王フリードリヒ2世(フリードリヒ大王)の適切な戦争指導と、エリザヴェータ女帝の死によるロシアの離反によって戦局は打開され、幸運にも戦争はイギリス・プロイセンの側に有利に帰着した。


[編集] 原因
オーストリア継承戦争の結果、ハプスブルク領であったシュレージエンはプロイセンへ帰属した。シュレージエンの奪回を意図したオーストリア女帝マリア・テレジアは、フランスとの長年の対立関係を解消してフランス、ロシア女帝と結び(外交革命)、プロイセンへの復讐戦を画策した。

折から、1755年9月に北アメリカでフレンチ・インディアン戦争が始まり、フランスとイギリスとの対立はヨーロッパのハノーファーにも飛び火した。この機に乗じてオーストリアが対プロイセンの開戦に踏み切ることが確実な情勢となり、オーストリアの開戦意図を察知したフリードリヒ大王は、予防戦争として先制攻撃に打って出た。


[編集] 経過

[編集] 先制攻撃
フリードリヒ大王は農業生産力の高いザクセンの兵站基地化を狙い、1756年8月29日、開戦と同時に先制攻撃をかける。10月1日、プロイセン軍はロボジッツの戦いでザクセン・オーストリア軍を撃破した。続いて、オーストリアの準備不足に乗じハプスブルク領のベーメンへ侵攻、プラハを包囲する。プラハを救援に来たダウン率いるオーストリア軍に対して、プロイセン軍は1757年6月18日のコリンの戦いで奇襲攻撃を試みるが、逆に撃退されてしまう。

西からはフランス軍が侵攻を開始し、プロイセンは苦しい状況に立たされる。ここで大王は巧みな内線作戦を実施、11月5日のロスバッハの戦いで名高い斜行戦術を駆使してフランス軍に勝利し、200km以上を機動して、12月5日のロイテンの戦いでも斜行戦術により優勢なオーストリア軍を撃破した。プロイセンの同盟国のイギリスは、ウィリアム・ピット(大ピット)が国務大臣として戦争を指揮すると北アメリカ大陸などのフランスの植民地の攻撃に専念してプロイセンの為に援軍や艦隊を送ることはしなかった。


[編集] ブランデンブルクの奇跡
東からはロシア軍が侵攻を開始、東プロイセンを占領しベルリンへ迫るが、1758年8月25日、プロイセン軍はツォルンドルフの戦いでロシア軍を破った。しかし10月14日のホッホキルヒの戦いでは、ダウン指揮下のオーストリア軍に払暁攻撃を受け、歩兵の3分の1と砲兵の大部分を失う打撃を受ける。訓練された兵士の損失は大王の戦術展開を困難にした。そして1759年8月12日、クネルスドルフの戦いで、5万3千のプロイセン軍は7万のオーストリア・ロシア連合軍に壊滅的な敗北を喫する。大王自ら敵弾にさらされ、上着を打ち抜かれ乗馬は撃ち倒されるありさまであった。ベルリンは無防備となり、プロイセンの命運も尽きるかと思われた。

ところが、オーストリア・ロシア連合軍は無防備のベルリンへ進撃せず、最大の危機は去った。連合軍内でベルリン総攻撃のために協定が結ばれたが、オーストリア軍が守らなかったために、ロシア軍が冬営に引き返してしまったためである。プロイセンとフリードリヒ2世は一命を取りとめ、このことは後にブランデンブルクの奇跡と呼ばれた。。


[編集] 講和へ
1760年に入ってもプロイセンの苦しい状況は続いた。8月15日のリーグニッツの戦いでオーストリア軍に勝利するが、その後オーストリア・ロシア連合軍によってベルリンを一時的に占領されてしまう。11月3日にトルガウの戦いで再度オーストリア軍に勝利するものの、プロイセン軍も大きな損失を被る。もはやプロイセン軍はぎりぎりの状態まで消耗していた。だが苦しい状況は相手側も同じであった。フランスは北米やインドなどの植民地でイギリスに完敗し、プロイセンとの戦争どころではなくなっていた。フランスは植民地での劣勢を跳ね返すために同じブルボン王家のスペインに応援をもとめた。しかしスペインの参戦も戦況を悪化させるだけであった。イギリスは大艦隊を編成してスペインの植民地であるキューバのハバナやフィリピンのマニラを占領してしまった。オーストリアも戦費の負担にあえぎ、またオスマン帝国の脅威にも対処せねばならなかった。同様の理由により、1761年10月にはイギリスがプロイセンへの支援を打ち切った。

1762年1月にロシアのエリザヴェータ女帝が急死。後を継いだピョートル3世はフリードリヒ大王の信奉者であったため、プロイセンとの戦争を中止した。オーストリア単独での戦争継続も困難となり、停戦交渉が始められた。最初に講和したのはスウェーデンで、1762年5月にスウェーデン王妃ロビーサ・ウルリカを介してプロイセン、スウェーデン間との和議が成立した。同年11月、フランスの主導でイギリス・フランス・スペインによるフォンテーヌブロー仮条約が結ばれ、翌1763年2月10日、英仏間でパリ条約が締結された。2月15日にはプロイセン、オーストリア、ザクセンがフベルトゥスブルク条約を締結し、七年戦争は終結した。


[編集] 戦後処理
講和条約により、プロイセンのシュレージエン領有が確実なものとなった。プロイセンは強国となったが、以後フリードリヒ大王が戦争に与することは無くなった。

また、北米、西インド諸島、インドにおけるヨーロッパ各国の植民地の帰属が再編され、フランスはインドからほぼ全面的に撤退し、北アメリカの植民地のほとんどを失った。代わって北米とインドでの植民地獲得競争におけるイギリスの優位が決定的になった。しかし、イギリスは多額の負債にあえぐことになり、植民地への課税に訴えるが、これが仇となりアメリカ独立革命を引き起こすことになる。




ギエム様のキトリ(ドン・キホーテ)動画発見

にこにこうろついてたら、ギエム様の動画みつけたー

っていうかちょうどここ、とっても好きだったんだけど

たぶん元はレーザーディスクで買ってもう見れない&
DVDにとりなおしたけどどっかいっちゃった(もの無くすの得意)

というものでうれしー;;



レーザーディスクの本体は動かないし(こわれた)
レーザーディスク自体はなんかどっかにしまってある気がするけど

買い直すかなー
チケットかうと思えば激安
交通費+α程度だし

美と神秘のプリマ シルヴィ・ギエム美と神秘のプリマ シルヴィ・ギエム
(2004/02/25)
ギエム(シルビィ)

商品詳細を見る

曲目リスト
1. エピソード
2. 白鳥の湖
3. イン・ザ・ミドル・サンホワット・エレヴェイテッド
4. シシー
5. ドン・キホーテ
6. マノン
7. ウェット・ウーマン



これか

世紀のプリマ シルヴィ・ギエム世紀のプリマ シルヴィ・ギエム
(2001/09/29)
シルヴィ・ギエム

商品詳細を見る

内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
世界のバレエ界の頂点に君臨し続けるカリスマプリマ、シルヴィ・ギエムの最新ドキュメンタリーDVD。「ドン・キホーテ」「ロミオとジュリエット」の厳しいリハーサル場での、ギエムのオーラに溢れた動きと言葉のやりとりのみで構成されている。


のどっちかにこれは入ってる(はず)

ドン・キホーテはどっちにも入ってる
ただ、この動画のあとのほうには黒鳥のもあった
ドキュメンタリーなかんじのなかにこのキトリはあったし
世紀のプリマ~のほうかも・・・
 (※「美と神秘の~」でok)

とはいえ、シシー、ウェットウーマンは記憶に残ってるし
(マノンは、個人的にあの振り付けの人嫌い、だから椿姫も嫌いなので興味ない)
買おうかなー
新品でかえるうちに
DVDなら最近はパソコンで見られるんだし
LDの時代に比べると楽になったなーという感じーヽ(´ー`)ノ
嵩張るし、こわれやすいし、こわれたし

ていうか、世紀のプリマのほう
アマゾン、新品うってないー

というわけで、美と神秘のほう注文したー

ドン・キホーテ(ドレ)Don_Quixote_2.jpg


(追記 5/29)

今日注文した「美と神秘の~」が届いてその中にこの映像はいってた
これで安心ー

便利になるのはいいけど企画がかわると嵩張るだけのものになるのがちょっと・・・



映画「ダンサーインザダーク」の曲のこと(ビョーク)~I've seen it all, There is no more to see

映画の「ダンサーインザダーク」について
どこかで書いた気がしたけど・・・

にこにこで一番好きなところみつけたので
りんくはりつけー

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「モーリス・ベジャール氏死去」の衝撃・・・

えーーーーーーーーーーー

何かバレエ公演とかないかなとかネットを眺めてたら

「モーリス・ベジャール氏死去」って・・・
  http://www.nbs.or.jp/news/news20071123.html
  (NBS)

バレエを見るのが好きになった一番のきっかけは
ギエムのボレロでした
ボレロはベジャール振り付けです

なかなかショックです・・・
作品みたいなーとか思っていた人なので・・・

ともかくニュースはりつけです

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オペラ「モーゼとアロン」~唯一で永遠で偏在し見えない考えられない神

昨日、オペラ「モーゼとアロン」見てきたので
それについていろいろー

「モーゼとアロン」
http://www.nbs.or.jp/berlin2007/detail03_top.html

作曲:シェーンベルク
ベルリン国立歌劇場
指揮:バレンボイム
演出・美術:ペーター・ムスバッハ
モーゼ:ジークフリート・フォーゲル
アロン:トーマス・モーザー


スタッフ&出演者
 http://www.nbs.or.jp/berlin2007/detail03_cast.html

東京文化会館(上野)
2007年10月20日
3時~5時10分(休憩25分)(約2時間10分)
パンフレット3000円(お買いあげ)
B席37000円(3階L)

モーゼとアロン4.jpg



おまけ・・・

「モーゼとアロン」チケット買ったときに書いたブログ
 http://ameblo.jp/kuzukiriz/theme2-10003022286.html

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