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読書とか、いろいろなお勉強(byウィキペディア)とか、文章(文学、芸術、哲学)とか・・・


2017-09

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『プロティノス全集』(エネアデス)読書めも③~グノーシス派に対して

プロティノス全集の2巻目読書中ー

てことで、ひきつづき読書メモ・・・
うつしながらのほうが頭に入るし、
再利用には便利(誤字脱字は再利用時にチェックすれば)だし


『プロティノス全集』(エネアデス)読書めも①
http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-128.html
『プロティノス全集』(エネアデス)読書めも②
http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-131.html



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フェルメール「絵画芸術」の女神クリオのめも

フェルメールの絵、「絵画芸術」はいい絵ー
これ・・・

フェルメール『絵画芸術』.jpg

でこの絵描きが描いているのが、このギリシャ神話の女神だったり

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『プロティノス全集』(エネアデス)読書めも②

けっこう読書も今のところはかどってるかも
ていうことで、①が長くなったので、分割して続き

『プロティノス全集』(エネアデス)読書めも①
http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-128.html

プロティノス全集〈第1巻〉プロティノス全集〈第1巻〉
(1986/11)
プロティノス

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『プロティノス全集』(エネアデス)読書めも①

なんとなくプロティノス読みたくなったり
てことで、全集を図書館で借りてきてみたー

プロティノス全集〈第1巻〉プロティノス全集〈第1巻〉
(1986/11)
プロティノス

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『形而上学・上』(アリストテレス)の難問とかぱらぱら読書・・・

なんとなく読書・・・

っていうか、1ヶ月放置で広告のった;;
他のところを更新中・・・

というわけで、こっちも、、、

アリストテレス
『形而上学』上
(岩波文庫)

p79

第三巻第一章

 我々の求めている学〔すなわち哲学〕のためにまず第一に立ち入って論じておかねばならないのは、そこで第一に議論さるべき種々の難問(アポリア)についてである。こうした難問のうちには、まずあの原理や原因についての或る人々のそれぞれ異なる見解があり、またなにかこれら以外にもたまたま見おとされたそれがあろう。ところで、よく難問から平坦の道に出ようと欲する者には、まずこの難問に入ってよろしくこれを救命しておくことが、有効である。そのわけは、(1)のちに探求の平坦をうるゆえんは初めに難問を解いておくにあり、そして解くことは結ぼれを知らない者にはできないことであるが、思想における難問はその対象に存する結ぼれを知らせるからである。けだし、我々の思想が難問に逢着した場合、それは足を縛られた者の場合と同じく、どちらの場合にも前進しえないからである。それゆえに我々は、まずもってすべての難解な点を調べつくしていなくてはならない。それは以上の理由によってそうであるが、なおまた、(2)まえもって難問を究明しておくことなしに探求の途につく者は、あたかもいずこに行くべきかを知らない者のごときである、という理由によってもそうであり、それのみでなくまた、そのような者はその探求している当のものが果して発見されたのかどうかをさえ認知しえないであろうから。けだしその目的が、かれには明らかでないが、まえもって難問を究明している者には明らかだからである。さらにまた、(3)相争う言説のすべてを聴いた者は、あたかも原告被告双方の意見を聴取した者のように、判決にあたっていっそう公平な態度を保ちうるにちがいないからである。


ふむふむというかんじ・・・

難問についてあれこれ

『ソクラテス以前哲学者断片集』を読む②~七賢人とか

『ソクラテス以前哲学者断片集』を読むのの続きー

ソクラテス以前哲学者断片集〈第1分冊〉ソクラテス以前哲学者断片集〈第1分冊〉
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とりあえず目にとまったのとか収録しやすいの(長いのはめんどう)
とかを、ぼちぼち収録してみることに

今回は七賢人のあたりを収録してみたりー

▼七賢人

p122

プラトン

……そして、容易に理解できるように、彼らの知恵というものは上述のようなもの、つまり各人によって語られた肝に銘じるような短い言葉なのです。

……それはつまり、昔の人びとがおこなった愛知の営みがこのようなあり方、すなわちラコニア風の寸言法のかたちをとっていたということが述べたかったからにほかなりません。

(『プロタゴラス』)


プラトンが七賢人についてまとめてるのはこんな感じ
短い言い方が特徴なようです

その特徴的なものを、次から収録ー
全部はめんどくさいので、適当にピックアップ・・・

基準は本当に適当・・・



p124

ストバイオス

パレロンのデメトリオスの『七賢人の箴言』。
……

Ⅰ、エウアゴラスの子にしてリンドスの人、クレオブゥロスは言った。
(1)節度が最善。
……
(3)身も心も健全たること。(4)聞くを好み、饒舌を慎む者たること。(5)無学であるよりは博学であれ。
……
(19)人をあざける者に相槌を打たぬこと。あざけられた者に憎まれることになろうから。(20)幸運に恵まれても傲慢にはあらざること、苦境におちいっても卑屈にはならざること。 

Ⅱ、セクセケスティデスの子にしてアテナイの人、ソロンは言った。
(1)度を過ごすことなかれ。(2)人を裁くなかれ。さもなくば裁かれたる者の敵となろう。(3)苦痛を生む快楽は避けよ。(4)誓いの言葉より信ずるにたる立派な人柄を保て。(5)言葉は沈黙により、その沈黙は好機によりて封印せよ。(6)偽りをではなく真実を語れ。(7)重大なることに専念せよ。(8)両親より正しく語ってはならない。(9)友を得ようと早まることなかれ。しかし、いったん得た友を見限るに早まることなかれ。(10)支配されるすべを学びて、支配するすべを知るべし。(11)他人に釈明を求めようというなら、自分も責任を明らかにせよ。(12)市民たちには最も快いことをではなく、最も善いことを忠告せよ。(13)大胆でありすぎるな。(14)悪しき人びととの交わりを避けよ。(15)神々に従え。(16)友を尊敬せよ。(17)見なかったことなら、言うな。(18)知りて沈黙。(19)家族には寛大であれ。(20)見えざるものは目に明らかなものから推し量れ。

Ⅲ、ダマゲトスの子にしてスパルタの人、キロンは言った。
(1)汝みずからを知れ。
……
(9)他人事に干渉する者を憎め。(10)恥ずべき利得よりはむしろ損失を選べ。損失は一時の苦しみ、恥ずべき利得へ永遠の苦しみとなろうから。(11)不運なる者を笑いものにするな。
……
(18)手振りすら慎むこと。それは狂気の徴ゆえ。……

Ⅳ、エクサミュアスの子にしてミレトスの人、タレスは言った。
(1)保証、その傍らに災難。
……
(13)無教育は重荷。(14)よりよきことを教えかつ学べ。
……
(19)万人を信頼するな。

Ⅴ、ヒュラスの子にしてレスボスの人、ピッタコスは言った。
(1)好機を知れ。(2)これからせんとすることを口に出すなかれ。失敗すれば笑いものとなろうから。
……
(10)信頼できるものは大地、できぬものは海。

Ⅵ、テウタミデスの子にしてプリエネの人、ビアスは言った。
(1)大多数の人びとは何の役にも立たぬ。
……
(3)仕事にはゆっくりと手をつけよ。しかし、いったん始めたことは辛抱強くつづけること。
……
(5)お人好しでも、意地悪でもあってはならぬ。(6)無思慮を許すな。
……
(14)暴力によらずして説得によりて手に入れよ。

Ⅶ、キュプセロスの子にして、コリントスの人、ペリアンドロスは言った。
(1)修練は完璧に。(2)うるわしきは平静。(3)性急は危険。(4)利得は醜い。(5)非難は本性に向けられる。(6)大衆支配は僭主専制支配にまさる。
……
(15)すぐにでも仲直りするつもりで罵れ。(16)法律習慣は古いもの、料理はできたてのものを重用せよ。
……
(18)不運にまみれているときは、敵を喜ばせないために身を隠せ。


全体的にいうと、実用的とか、道徳的とか、そういうものが多いかも

万物の根源とか、そういう話は出てこないです

▼ギリシャ七賢人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%E4%B8%83%E8%B3%A2%E4%BA%BA

ギリシャ七賢人は、紀元前620年から紀元前550年に賢いと呼ばれた古代ギリシア文明時代の哲学者。なぜだれが賢いと呼んだのかは不明。

プラトンが「プロタゴラス」の中で挙げたものは次の通り。

アテナイのソロン
ミレトスのタレス - ギザのピラミッドの高さを比率を使って求めた。
スパルタのキロン
プリエネのビアス
リンドスのクレオブロス
ミテュレネのピタコス
コリントのペリアンデロス


こんなかんじです
賢人とかってなんか七人いるのは他にもあったけど
竹林の七賢とかもいたっけ

▼竹林の七賢
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%9E%97%E3%81%AE%E4%B8%83%E8%B3%A2

竹林の七賢(ちくりんのしちけん)とは、中国・魏(三国時代)の時代末期に、河内郡山陽(河南省新郷市輝県市と焦作市修武県の間あたり)の竹林で酒をくみかわしながら清談を行なったと伝えられる七人の自由人の称。具体的には以下の七人を指す。

阮籍(げんせき)
阮咸(げんかん)
嵆康(けいこう)
王戎(おうじゅう)
向秀(しょうしゅう)
山濤(さんとう)
劉伶(りゅうれい)

魏から晋の時代には、老荘思想に基づき俗世から超越した談論を行う清談が流行した。彼らは年齢や居住地が異なるため、一か所に会合することはほぼ不可能であるが、老荘思想の実践者、さらには当時の世相・形式道徳の批判者の中で最も優れた人物として賞される。なお、その他の清談の徒として楽広(がくこう)、王衍(おうえん)らがいる。


中国のはこんなかんじー

で、ギリシャの七賢人の一人ソロンは、プラトンの親戚で
プラトンの著書、ティマイオスかクリティアスにでてたっけ
アトランティスについてのお話のところで
それはそっち参照ってことで

えっと、、、

『ティマイオス』のところ↓

 http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-83.html

ソロンはエジプト人とお話してアトランティスについて聞いてたっけ

で、そのソロンさんはこんな人
どっちかというと政治家なようす・・・

▼ソロン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%AD%E3%83%B3

ソロン(Solon, 紀元前639年頃 - 紀元前559年頃)は、古代アテナイの政治家。改革者。ギリシャ七賢人のひとり。前594年、ソロンの改革と呼ばれる国制改革を通して、貴族と平民の対立解消を図ったが、失敗に終わった。

両親とも名家の出身であるが、決して富裕ではなかった。人格の高さが評価されて、紀元前594年アルコンに就任して借財の帳消しと借財による市民の奴隷化を禁止するなどの改革を行った。市民を財産によって4階級に分け、それぞれに見合った参政権を与えたが、かえって貴族と市民の対立に油を注いだと言われている(ただし、対立の根幹はそれ以前から続く社会的矛盾によるところが大きく、改革は対立の名目に使われただけとする説もある)。ソロンの改革を中途半端であるとする友人ペイシストラトスとの対立によって引退後は事実上の亡命生活に入った。

オリエント各地を見聞して知識を深めて帰国し、アテナイの市民に広めたと言う。その際にアトランティス伝説を提唱し,この伝説はプラトンに引継がれた。

プラトンはソロンの遠縁にあたる。プラトンとの系図については、クリティアス (プラトンの曾祖父)参照。


[編集] 主な改革
「重荷降ろし(seisachtheia)」…奴隷化された市民を解放して、返済不能時の奴隷化を定めた借財契約を無効化して借財を帳消しにした(紀元前593年頃)。
貨幣制度・度量衡の統一…一般にはアテナイ最初の貨幣を作ったとされているが、近年では考古学の研究によれば、それはソロンの引退後であったと考えられている。むしろ、彼の時代において古代ギリシア最大の経済都市であったアエギナ貨幣圏から離脱して台頭著しいコリントス貨幣圏に参加した事が後のアテナイの経済的飛躍につながったと言われている。
評議会改革…資産に応じて4身分に分けて政治的責任の割合を定めなおした。
4身分制
貴族(Pentakosiomedimnos)
騎士(hippeis)
自作農(zeugital)
貧困層(thétes)
農産物の輸出禁止…アテナイは食糧自給率が低いにも関らず、相場の高い都市への農産物の輸出を企む者が後を絶たなかったために、特産品で重要な輸出品あるオリーブ油以外の農産物の輸出を禁じた。
農業保護…代表的な農産物であるオリーブやイチジクなどの植え過ぎによる生育不良を防止するため、距離を離して植えるように定めた。また、生垣や灌漑などに用いる溝、ミツバチの巣(蜂蜜用)の設置にも距離を設けさせて隣人とのトラブルを事前に防いだ。また、畜産保護のために家畜を襲うオオカミを射止めたものには報奨金を出した。
井戸の設置基準を定める。
居留外国人の市民権獲得条件を緩和する代わりに臨時徴税や工芸産業への従事等を義務付けた(これによって難民状態にあった技術者などを招き入れて保護を与え、窯業などを盛んにした)。


ヽ(´ー`)ノ

とりあえず、ギリシャの哲学といってもいろいろだったりー
他のもそのうち収録したいなー

図書館で借りたんだけど、コピーは一部とってあるけど
探しものは、紙状態だと不便だし

そういう理由でわりと、ちまちま収録(誤字とか多いけど;;)してたり

『ソクラテス以前哲学者断片集』を読む②~ピタゴラスとそら豆&カリマコスと屈原の詩&寺田寅彦「ピタゴラスと豆」

『ソクラテス以前哲学者断片集』を借りてきて読んでみたり
今、他のことで忙しいけど、どっちにしても気になるので
とりあえず収録・・・

『アテナイの学堂』に描かれたピュタゴラス(ラファエッロ).jpg (wiki)そら豆の絵.jpg

ソクラテス以前哲学者断片集〈第1分冊〉ソクラテス以前哲学者断片集〈第1分冊〉
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いろいろな人が収録されてるけど、とりあえず趣味だけで抜粋ー

まずはそら豆の話題ヽ(´ー`)ノ

ギリシャ語のカタカナ表記はやたらゆれてめんどくさいので
引用以外(誤字多いけど;;)は、なじんだ表記にするかも
ギリシャ語自体、ギリシア語とも書けるし、ややこしすぎ

私の頭の中ではピタゴラスだし、ピタゴラス以外今更あり得ないけど
この本ではピュタゴラスになってた・・・
書き間違えるかもしれないけど、後で直すときはそういうことってことで

ギョエテとはおれのことかとゲーテいい、っての思い出した・・・

あとこの本、断片集だけど、どこからとかちょっとややこしい


※凡例
句読点は「.,」なんだけど、その表記はきらいなので引用では勝手に「。、」に変換
見やすさのため改行は多少加えた(数字のかっこの手前)

▼ピュタゴラス

p207

ゲリウス

(1)哲学者ピュタゴラスは生きものを食べなかったとか、あるいはまた、ギリシア人が「キュアモス」と呼んでいるそら豆を慎んだとかいうような誤った説が、古くから定着し、強まっている。
(2)このような説があるために、詩人カリマコスも次のように書いたのである。
  ピュタゴラスが命じたように、われも告げよう。
  そら豆から手を遠ざけよ。それは人を苦しめる食べ物。

(4)しかし、音楽理論家のアリストクセノスは、古い文献にきわめて精通し、また哲学者アリストテレスの弟子となった人であるが、彼が書き残した『ピュタゴラス伝』という書物において、豆科の植物でそら豆ほどピュタゴラスがしばしば食べたものはないと言っている。というのは、その食べ物は徐々に腹を軽減させ便通をよくしてくれるからである。
(5)アリストクセノス自身の言葉をここに書き加えておく。
……

(『アッティカの夜』)


ヽ(´ー`)ノ

この引用されている詩
ピュタゴラスが命じたように、われも告げよう。
 そら豆から手を遠ざけよ。それは人を苦しめる食べ物。

と、それに対する反論とかが気に入ったかも・・・

というわけでまとめると・・・
「ピタゴラスはそら豆を遠ざけたというのは間違い、
 むしろピタゴラスは積極的にそら豆を食べた、
 そら豆は健康にいいからである」
ということっぽいー

なんかよくわからないところが好きー

というわけで古代思想、とくに自然関係は
よくわからないところが面白かったり
といっても荒唐無稽さをバカにするとかじゃなくて

知識が正しいかどうかは賢さとはあまり関係がないし

現代人はほとんど誰でも地動説の知識があるとしても
天動説を研究したり唱えたりした古代の学者や哲人より賢い、ということはありえない

というわけで、頭のいい人が、乏しいデータを使って
知恵のかぎりを働かせて考えた──という痕跡があるから
古代の自然哲学とか好きだったり、、、

『アテナイの学堂』に描かれたピュタゴラス(ラファエッロ).jpg

『アテナイの学堂』(de:Die Schule von Athen)に描かれたピュタゴラス(ラファエッロ1509年)


▼ピュタゴラス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9

ピュタゴラス(ピュータゴラース、ピタゴラスとも、Πυθαγόρας (Pythagoras)、紀元前582年 - 紀元前496年) は、ピュタゴラスの定理等で知られる、古代ギリシアの数学者、哲学者。プラトンにも大きな影響を与えた。「サモスの賢人」、「クロトンの哲学者」とも呼ばれた。古代ギリシアのイタリア植民地の生まれ。

彼は、物事の根源、即ち「アルケーは数である」と考えた。例えば、男は2、女は3、結婚が6(=2×3)といった具合にである(数秘学の項を参照)。

ピュタゴラス学派、ピュタゴラス教団と呼ばれる独自の哲学学派は、哲学界に於ける様々な定理を見出した(その殆どは、現在で言う数学のものである)。有名なピュタゴラスの定理も、実は本人によるものではなく、この学派によるものである。この学派は五芒星をシンボルマークとしていた。

ピュタゴラスは、線は極小の点の有限個の集合であると考えた。そのため、無理数の存在を否定していた。しかし、彼の学派が見付けたピュタゴラスの定理によっても算出される によって、無理数が存在しないという考えは後に修正された。皮肉な事に、シンボルマークの五芒星に現われる黄金比も無理数であった。ちなみに、無理数の存在を否定するがあまり、無理数について口外した仲間を溺死させたことさえあるとされる。

彼はオルペウス教の影響を受けてその思想の中で輪廻を説いていたとされている。


[編集] ピュタゴラス音階
ピュタゴラス音律は、ピュタゴラスとの関係は不明だが、ピュタゴラスが鍛冶屋の金槌の音を聞いて協和音程の振動数の整数比(オクターヴは1:2、完全5度は2:3、完全4度は3:4)を発見した、という伝説があるため、彼の名前が付されたと考えられている。古代中国で生まれた三分損益法による音律と基本的に同じものであるが、どちらがより古いのかは定かではない。

これは、振動数の比率が2:3である純正五度音程を積み重ねていくもので、純正五度を6回積み重ねると7音からなる全音階が得られ、11回積み重ねると12音からなる半音階が得られる。

ピュタゴラスは「音楽理論の祖」といわれている。


[編集] ピュタゴラスの最期

ディオゲネス・ラエルティオスは『ギリシア哲学者列伝』の中でピュタゴラスの最期に関する4つの説を紹介している。

クロトンの家にいる時に放火されて、逃げ出し、豆畑まで来た時に立ち止まったため、追手に捕らえられて咽喉を切られて殺された。
メタポンティオンのムゥサの女神たちの神殿に逃げ込み、40日間の断食をした後で死んだ(ディカイアルコスの説)。
メタポンティオンに退き、断食をして死んだ(ヘラクレイトスの説)。
アクラガス人とシュラクサイ人との戦闘に参加し、アクラガス軍の側に味方して戦った。しかし、アクラガス軍が退却したため、豆畑を避けて廻り道をしようとした時に、シュラクサイ軍に捕らえられて殺された(ヘルミッポスの説)。

第1(または第4)の説は、小峰元著 『ピュタゴラス豆畑に死す』 講談社、1975年、ISBN 4061360299 の表題にもなっている。これにはソラマメに対する呪術的な解釈に帰する説と、ソラマメ中毒が背景にあるとする説がある。


ヽ(´ー`)ノ

ウィキペディアによると、死の場面にも豆が登場・・・
というわけでそら豆も調べるー

(wiki)そら豆の絵.jpg


▼ソラマメ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%A1

ソラマメ(蚕豆、空豆、英名broad beanまたはfava bean、学名Vicia faba)は、マメ科の一年草または越年草。別名、ノラマメ、ナツマメ、テンマメ。

食用
塩ゆでするか、さやごと焼いて、中のマメをそのまま食べる。また、煮物や炒め物、スープ等に広く用いられ、アジアでは豆板醤の原料として利用される。ひよこ豆と共に、中東のファラフェルの材料になる。

消化酵素のグルコース6リン酸デヒドロゲナーゼに欠陥(Glucose-6-phosphate dehydrogenase deficiency)があると、そら豆を食べて溶血性貧血を起こし、死にいたることがある(ソラマメ中毒の項目を参照 )。

その他

花弁の黒点が死を連想させたため、古代ギリシャ人はそら豆を葬儀に用い、中にはそら豆を不吉として嫌う向きもあった。古代ギリシアの数学者・哲学者で『ピタゴラス(三平方)の定理』等で有名なピュタゴラスはそら豆の中空の茎が冥界(ハデス)と地上を結んでおり、豆には死者の魂が入っているかも知れないと考えた。現代ギリシアでは「fava」はそら豆でなくえんどう豆を意味する。古代ローマ人もそら豆を葬儀に用いたが、そら豆を食べることは厭わず、葬儀の際の食事に供することもした。イタリアでは、現在にいたるまで「甘いそら豆」(fave dolci)や「死者のそら豆」(fave dei morte)という、細かく刻んだアーモンド、卵白、砂糖で作ったそら豆形の菓子を死者の日(「I Morti」)に作って食べる習慣がある。


ヽ(´ー`)ノ

そら豆中毒というのもあるそうなのでそれもー

▼ソラマメ中毒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%A1%E4%B8%AD%E6%AF%92

ソラマメ中毒(ソラマメちゅうどく)とは、ソラマメに含まれる毒性物質によって起こる食中毒である。ソラマメの種実には配糖体の形をとったバイシン(Vicine)およびコンバイシンが含まれ、これが腸内細菌のβ-グルコシダーゼの作用で加水分解して生じたダンバイシン、およびイソウラシルが原因物質となる。ラテン語でソラマメを意味する "faba" (故に学名はVicia fabaと命名されている)を語源としたイタリア語 "fava" にちなみ、ファビズム(favism)あるいは英語読みでフェービズムと呼ばれる。

ソラマメを食べた後にグルコース6リン酸デヒドロゲナーゼ活性、および血球グルタチオン濃度が低下し、また血液の溶血性が高くなる。これにより発熱、血尿、黄疸が起こり、急性溶血性貧血によって死に至る場合もある。文献によってはソラマメの花粉を吸っても危険だとするものもある。

地中海沿岸各地、北アフリカ、中央アジア各地などではよくみられる疾患であるが日本などではあまり報告がない。これは以下の理由によるとされる。

ひとつは発症が多く見られる地域でソラマメは準主食的な地位で、日常生活で多食されている。

さらにこの発症には遺伝的素因がかかわっており、イタリアなど地中海地域周辺に出自する男性に固有な遺伝子に起因する遺伝病の要素があるともされる。すなわちX染色体上にある酵素のグルコース6リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子に発症にかかわる変異が存在するために起こるというのである。

第三に、地域により、栽培されている品種に含まれるバイシンなど原因物質の量が違うのではという指摘もある。

古代ギリシアのピュタゴラスが、自ら主宰する教団の掟としてソラマメの食用を禁じ、また政敵にソラマメ畑に追い詰められて中に逃げ込めずに殺害されたとする伝承が残っていることに関して、ソラマメを不吉なものとして忌避する呪術的思想に由来するとする解釈のほかに、このソラマメ中毒が背景にあるのではとする説も提唱されている。


そら豆中毒とかはじめてきいた気がしたけど
日本では少なくて、地中海とかによくあるとかー

日本でそら豆って、初夏にそら豆ご飯は季節感があっていいなーくらいかも
個人的にはそんなかんじ・・・

ということは、ウィキペディアにあるような、ピタゴラスはそら豆を禁じた
というのは誰がいったのかなー

うーんと、、、
とりあえず今回読書した『ソクラテス以前哲学者断片集』のピタゴラスのところには
そら豆についてはここくらいしかなかったようなー

というわけで英語版のピタゴラスのところも豆については教団で禁止したこと
そら豆中毒のことかも、くらいしかなかったので
ピタゴラス教団のことー

ここは秘密結社みたいなところで、そのため教義とかは資料はほぼ残ってなくて
そこはそら豆禁止だったらしい


▼ピュタゴラス教団
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9%E5%AD%A6%E6%B4%BE

ピュタゴラス教団は古代ギリシアにおいて哲学者ピュタゴラスによって創設されたとされる一種の宗教結社。南イタリアのロクリスに本拠を置き、数学・音楽・哲学の研究を重んじた。前5世紀ごろに盛んであった。ピュタゴラス学派ともいう。

古代ギリシャからあるオルペウス教の影響から輪廻転生の考え方を有していた。またティマイオスによると、ピタゴラスは財産を共有することを結社に入る第一の条件にしていた。

この時代の宗教結社に共通することではあるが、結社外に教えを伝えることは禁じられていた。このため、資料が少なく、実態が明らかでない。古代の証言からは、数学の研究を重んじた派と、宗教儀礼を重んじた派のふたつがあったことが知られている。宗教儀礼を重んじた派の風習として、ソラマメを食べないなどの禁忌があったことが知られている。この派に属していた者として医学者のアルクマイオンが挙げられる。

プラトンにおける数学(幾何学)の重視はピュタゴラス教団の影響であるといわれている。ピュタゴラス教団は特定の数に神秘的な性格を見出しており、その教説の一端がプラトンの『国家』第10巻の宇宙像に現れているとの指摘がある。


秘密結社のお約束とかだとさらにわけがわからないことにー

ところで「そら豆を食べるのはやめよう」という詩を作った詩人

なんとなく記憶にあるような、でもギリシャ人とかの名前ってみんな似てるし
とか思ってたけど、調べたら、心当たりのある人だったヽ(´ー`)ノ

アレクサンドリア図書館の人で、この図書館には興味があるから
それで覚えていたのかもー
どの本にのってたかは覚えてないけど、表紙とか見たりすれば
読んだことある本なら思い出すかも・・・

こういう時に司書とか目録の存在ってとっても有効だなーとか、、、

で有名な目録を作った人として記憶してたけど
詩人としてのことも、ウィキペディアにはけっこうのってたり
興味深いー

そしてその理論を具現した詩があのそら豆の詩ということかー
たしかに人の心をうつ詩かも・・・
あの一文を収録したのは、詩のインパクトでもあるし・・・

▼カリマコス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%82%B3%E3%82%B9

カリマコス(またはカルリマコス、ギリシャ語:Καλλίμαχος, Callimachus, 紀元前310年/紀元前305年 - 紀元前240年)は、ヘレニズム期の詩人、批評家。詩人としては批評家=詩人の初期の1人であり、ヘレニズム時代の学問を代表する人物。アレクサンドリア図書館の学者でもあったが、主要な司書になったことはなく、図書館が所蔵するすべての本のカタログ(図書目録)を作る任務に就いた。そして出来上がった『ピナケス』は120巻の長さで、図書館の蔵書を残らずすべて年代順にまとめ、ギリシア文学史に関する後の研究の基盤となった。プトレマイオス2世とプトレマイオス3世(en:Ptolemy III Euergetes)がパトロンで裕福に暮らした。

作品

カリマコスはエリートかつ博識で、「すべての陳腐なものを忌み嫌う」と主張した。カリマコスで最もよく知られているのは、短い詩とエピグラム(警句)である。ヘレニズム時代、ギリシア語で書かれた詩の主な傾向は、ホメロスを手本とした叙事詩を否定することだった。その代わりにカリマコスは、ホメロスの通ったすり減らされた轍を行くのではなく、「人跡未踏の野を馬車で駆る」よう詩人たちに訴えた。カリマコスが理想としたものは、短いが、構成も言葉選びも慎重を期した詩の形式だった。カリマコスの『アイティア(縁起談)』の序文で、カリマコスは、アポローンが自分のところを訪れ、「群れを肥やせ、だがムーサはほっそりしたままに」と戒めたと書いた。念入りに作られた隠喩に富んだ要素の選択の明確な表示である。「μεγά βιβλίον μεγά κακόν(mega biblion, mega kakon、大きい本は大きい悪)」は、カリマコスが捨てるべきだと提案しているスタイルを作った長大な流行遅れの詩を攻撃する詩の一つだった。カリマコスは他に、パトロンである王族を讃える詩など、多岐にわたる種類の詩を書いた。さらに散文や批評も書いた。カリマコスの最も有名な散文作品は『ピナケス』で、アレクサンドリア図書館所蔵の本の作者たちの全120巻から成る図書目録通覧だった。

叙事詩に敵対するカリマコスの強硬な姿勢は、叙事詩が好きで『アルゴナウティカ』を書いた若弟子・ロードスのアポローニオスとの長く辛辣な確執を招き、30年にわたってトゲのある批評・侮辱・ad hominemの応酬が続けられた。初期のアレクサンドリア図書館長をリストアップしたオクシリンコス・パピルスの断片からわかっていることは、プトレマイオス2世は一度もカリマコスをその職に任用したことがない代わりに、弟子だったロードスのアポローニオスは任用したことである。ピーター・グリーン(en:Peter Green (historian))など一部の歴史家たちは、そのことも二人の詩人の長きにわたる確執のせいではないかと推測している。

カリマコスは「大きな本」の反対者であったが、『スーダ辞典』はカリマコスの書いた作品は800冊ある(もしかした誇張かも知れない)と書いていて、多量の小さい本であれば許容したことを示唆している。それらのうち現存しているのはわずかに、6つの(ギリシアの神々への)讃歌、64のエピグラム、いくつかの断片くらいである。『ヘカレー』(en:Hecale)の断片は、カリマコスの数少ない叙事詩的テーマの長大な詩の一つで、これはRainer papyriの中に発見された。『アイティア』[1]もカリマコスの稀な大作だが残っているのはぼろぼろになったパピルスの断片と後世の著述家の引用のみである。これは4巻から成るエレゲイア詩集で、ギリシアの都市、はっきりしない宗教儀式、その奇妙さゆえにチョイスされたユニークな地方の伝統[2]、その他の習慣の縁起が歌われている。少なくとも最初の3巻はムーサに質問する形式をとっている。具体的には、

どうしてパロス島でカリスを信仰するのに笛も王冠も使わないのですか?[3]
どうしてアルゴスでは一月を「lambs(子羊)」と言うのですか?[4]
どうしてレウカス(en:Lefkada)ではアルテミスの像の頭に乳鉢を乗せているのですか?[5]


[3] 『アイティア』1, frag. 3.
[4] 『アイティア』1, frags. 26-31a.
[5] 『アイティア』1, frags. 31b-e.


一連の質問は断片から再構築することが可能である[6]。俗に『Coma Berenices(ベレニケの髪の毛)』と呼ばれる『アイティア』の1節は、カトゥルスによってパピルスに残っていたものから再構築され、ラテン語版が世に広まった[7]。

現存している讃歌は非常に博学で、何人かが自然でなく人工的だと評するスタイルで書かれている。一方、エピグラムは広く高い評価を受けていて、ギリシア詞華集(en:Greek Anthology)にも収められている。

クインティリアヌスによると[8]、カリマコスはエレゲイア詩の第一人者だったということだ。カリマコスのエレゲイア詩はローマ人(en:Neoteric参照)によって高く尊ばれ、オウィディウスやカトゥルス、とりわけセクストゥス・プロペルティウスに模倣された。近代の多くの古典主義者たちは、カリマコスはラテン詩に大きな影響を及ぼしたと見なしていた。


なかなか興味深いーヽ(´ー`)ノ

というか

ムーサに質問する形式をとっている。具体的には、

どうしてパロス島でカリスを信仰するのに笛も王冠も使わないのですか? [3]
どうしてアルゴスでは一月を「lambs(子羊)」と言うのですか? [4]
どうしてレウカス(en:Lefkada)ではアルテミスの像の頭に乳鉢を乗せているのですか? [5]


[3] 『アイティア』1, frag. 3.
[4] 『アイティア』1, frags. 26-31a.
[5] 『アイティア』1, frags. 31b-e.


一連の質問は断片から再構築することが可能である[6]。俗に『Coma Berenices(ベレニケの髪の毛)』と呼ばれる『アイティア』の1節は、カトゥルスによってパピルスに残っていたものから再構築され、ラテン語版が世に広まった[7]。

というところ・・・
いまいちわかりにくいけど、引用されているっぽいところは
詩ってことなのかな?

神様に質問する形式の短い詩──というと
屈原の「天問」を思い出したり・・・

屈原とかについてはここ参照↓
 http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-55.html

こんなかんじー

▼天問

・第一節

曰遂古之初
誰伝道之
上下未形
何由考之


(いわく、すいこのはじめ
 たれか、これをつたえ、いえる
 しょうか、いまだかたちあらずと
 なにによってか、これをかんがえし)

〈そもそも天地開闢以前の太古のことを、
 誰がいったい言い伝えたのだろうか?
 天と地がまだはっきりと形を成してわかれていなかったと、
 なにを根拠にして考えたのだろうか?〉


ヽ(´ー`)ノ

というわけで今日のところはこのへんでー

と思ってたら、ウィキペディアに青空文庫のリンクがあって
思いっきり、今回のテーマそのままー
というわけで収録ー

「ピタゴラスと豆」
寺田寅彦
 
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card42267.html


というわけで読んでみることにー

この同じピタゴラスが豆のために命を失ったという話がディオゲネス・ライルチオスの『哲学者列伝』の中に伝えられている。


というわけで豆のエピソードの出典がわかりました
この本は岩波文庫で出ていて、家にあったようなー

寺田寅彦は次のようにかいてます

豆がいけないことになっている、この「豆」(キュアモス)というのが英語ではビーンと訳してあるのだが、しかしそれが日本にあるどの豆に当るのか、それとも日本にはない豆だか分らないのが遺憾である。それはとにかく、何故その豆がいけないかという理由については色々のことが書いてある。


そら豆って書いてなかったのかー
ウィキペディア便利だなーとかしみじみ思ったり・・・

とくに豆がいけない理由ですてきだと思ったのは

それからまた「宇宙の形をしているから」とか


ここまでくると電波っぽくて素敵すぎー;;

あとは豆畑と死に方についてのさまざまな説とかが紹介されていて
さいごはこんなふうにしめくくられています

 ピタゴラス派の哲学というものはあるが、ピタゴラスという哲学者は実は架空の人物だとの説もあるそうで、いよいよ心細くなる次第であるが、しかしこのピタゴラスと豆の話は、現在のわれわれの周囲にも日常頻繁に起りつつある人間の悲劇や喜劇の原型(プロトタイプ)であり雛形(モデル)であるとも考えられなくはない。色々の豆のために命を殞(おと)さないまでも色々な損害を甘受する人がなかなか多いように思われるのである。それをほめる人があれば笑う人があり怒る人があり嘆く人がある。ギリシャの昔から日本の現代まで、いろいろの哲学の共存することだけはちっとも変りがないものと見える。
    (昭和九年七月『東京日日新聞』)


ともかくピタゴラスと豆の関係とは
いろいろなことを考えさせてくれる組み合わせのようでした

ヽ(´ー`)ノ







『プラトン全集12』「クリティアス」~アトランティスについて

『プラトン全集12』の読書のつづきー

プラトン全集〈12〉ティマイオス・クリティアスプラトン全集〈12〉ティマイオス・クリティアス
(1975/09)
プラトン

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ティマイオス、クリティアスがこの本にはおさめられています
もう一冊(書かれていない)とあわせて、プラトンの当初の構想では
3部作になる予定だったようです

そのためティマイオスとクリティアスの場面は同じで
ティマイオスが語った後でクリティアスが語り
そのクリティアスの語る場面がこの「クリティアス」です

クリティアスは未完なので、一番最後のところでぶっつりきれてるのは
そのまま、、、

アトランティスについては、ティマイオスの導入部分で
クリティアスが少し語っていますが、「クリティアス」では全部が
古代のアテナイとアトランティスについての記述になっています

というわけで、プラトンの著作というと哲学という感じがするけど
「クリティアス」はほとんど哲学っぽくはないかも

古代に滅んだ超文明アトランティスの謎
──みたいな気分でお手軽に読めるかんじかも

というか、哲学っぽいものを期待して読むとつまらないかも?

アトランティスの町がどんなものであったかの描写とかが主だしー
「そして内側の天井には一面に象牙をかぶせ、金や銀やオレイカルコスの飾りつけをして変化をもたせるととおに、その他、壁や柱や床にはびっしりとオレイカルコスを敷きつめていた。」
みたいなかんじ、、、

というわけで、たのしいー


▼クリティアス
(岩波『プラトン全集12』)


(語り手はクリティアス)

p225
 三

 では、なによりもまず、〈ヘラクレスの柱〉の彼方に住む人びとと、こちらに住むすべての人びととのあいだに戦がおきたと語り伝えられてから、まる九千年もの歳月がたっているということをお忘れなく。この戦の様子をこれからくわしくお話ししなければなるまい。
 さて、話によるとこの国(アテナイ)は一方の側の軍勢の指揮をとり、しまいまで、この戦争を立派に戦いぬいたのだった。これに対して、相手方の軍勢はアトランティス島の王たちの配下にあったという。このアトランティスは、すでにお話ししたように、いまは地震のために海に没し、泥土と化して、これがこの国から彼方の海へと船出する人びとの航路をさまたげ、それいじょうの前進をはばむ障害となっているけれども、かつてはリビュアやアシアよりも大きな島だった。

(ティマイオスで一度アトランティスの滅亡について言及してある。
 リビュアはアフリカ、アシアはアジアのこと)

(古代のアテナイのこと)

p227
残った者はいつも山岳に住む無学の者たちばかりで、

その話題や関心はすべて生活に必要なものにしか向けられず、古いむかしにおこったことがらなどには注意しようともしないありさまだった。〈むかし話〉とか〈古事の探究〉などというものは、人びとのあいだに生活に必要なものがすっかりととのっているのを見とどけて、はじめて〈閑暇〉(スコレー)といっしょに町を訪れるものなのだからね。

p228
 さて、当時、アテナイにはさまざまな階層の市民たちがいて、それぞれ手仕事に従事したり、大地からの食糧を生産に従事したりしながら、それぞれの暮らしをたてていたが、軍人階層のほうは

p231
 とにかく、この国土はこのように自然に恵まれており

 ところで、そのころの町(アテナイ市)は、つぎのようなぐあいになっていた。

p233
 さて、以上が、かつてのアテナイ人の姿で、かれらはつねにこういった仕方で自分たちの祖国アテナイとギリシアを正しく統治していたのである。




(アトランティスのこと)

p235
ポセイドンもまた同じようにしてアトランティス島を受け取りたまい、人間の女に生ませた自分の子供たちを、この島のつぎのようなところに住ませたもうた。

p236
初代の王となった最年長の子におつけになった名前が「アトラス」だったので、この名前にあやかって、島全体も、その周辺の海も、「アトランティコス……」と呼ばれるようになった。

こうしてこれらの兄弟とその子孫たちはみな、何代にもわたってこの島に住みつき、大海原に浮かぶたくさんの島々を支配するとともに、さきにも述べたとおり、エジプトやテュレニアに及ぶ地中海世界の人びとをもその支配下におさめていたのである。

p237
 このようにかれらが莫大な富を所有し諸施設を完備しえたのは、かれらの支配権のゆえに海外諸国からかれらのもとに多量の物資が寄せられたからであるが、しかし生活に必要な諸物資の大部分をこの島でじかに産出しえたからでもある。なによりもまず、この島では硬・軟両質の地下資源がことごとく採掘された。いまはただ名のみとなっているが、当時は実際に採掘されていたオレイカルコスの類いは、そのころ金につぐひじょうに貴重な金属であって、島内のいたるところに分布していた。木工材としての森林資源についても、そのあらゆる種類のものが豊富にあったし、家畜や野生動物も多数生息していた。そしてさらに、この島には、象のようなものも、ひじょうにたくさん生息していた。

p238
かれらはすべての恵みを大地から受け取って神社、宮殿、港、造船所その他、それぞれの地域で必要とされる施設のすべてを建設していったのであるが、これらはつぎのように秩序正しく配置されていたのである。

かれらは、外海を起点として幅三プレトロン、深さ一〇〇プースで長さ五〇スタディオンの水路を掘り、これをいちばん外側の海水環状帯に連絡させた。そしてどんな巨船でもらくに入れるほどの広さに水路口をきり開いて、

(幅が役八八.八メートル、深さが約二九.六メートル、長さが役八八八〇メートルの水路)

p240
それにまた、かれらは一番外側の陸地環状帯を囲む石塀のまわりを塗料でぬりつぶしたようにびっしりと銅板でおおい、内側の陸地環状帯の石塀のまわりには錫板を、アクロポリスをじかに囲む石塀には炎のようにさんぜんと輝くオレイカルコスをかぶせたのである。

(宮殿について)

これに対してポセイドン御自身を祀る神殿は縦一スタディオン、横三プレトロンで、その高さはこれらと調和がとれて見えるように気が配られていて、どこか異国風の感じのする建物であった。王たちはこの神殿の外側をすっかり銀板でおおったが、破風は別で、そこには黄金の板をかぶせた。そして内側の天井には一面に象牙をかぶせ、金や銀やオレイカルコスの飾りつけをして変化をもたせるとともに、その他、壁や柱や床にはびっしりとオレイカルコスを敷きつめていた。
 なお、この神殿のなかにはたくさんの黄金像が安置されていたが、その一つに、戦車の上に立って翼を持つ六頭の馬をぎょしておられるポセイドンの、天井の棟にとどくほど巨大な神像があり、そのまわりには海豚にまたがった一〇〇体のネレイデス像が安置されていた。

 つぎに二つの泉について観ていこう。この冷泉と温泉はともに豊かな水を湧出し

p242
 以上が王宮周辺の配置状況であるが、ここから外へ向かうと港が三つあり、さらにそれを越えてゆくと、外海を起点とする環状壁があって、これはどこも、いちばん大きな環状帯ないしは港から五〇スタディオンの間隔を保つようにして町を囲み、水路の外海に開くところで両端が一つになっていた。そしてこの環状壁の内側には、家々がところ狭しと建ち並び、外海へ向かう水路や町一番の港は、世界各地からやって来た船舶や商人で満ち溢れ、昼も夜もかれらの話声や多種多様の騒音、雑音で、たいへんなにぎわいを見せていた。


(1スタディオンは約177.6メートル)

p246
とはいえかれら相互の支配関係や交わりについてはポセイドンの〈戒め〉にしたがっていたのであって、これは一つの掟としてかれらに伝えられた。そしてそれは初代の王たちの手でオレイカルコスの柱に刻まれたのであるが、この柱は島の中央のポセイドンの社に安置されていた。



p247
  一二
 当時のアトランティスの国々は量質ともにかくもすぐれた力をもっていたのだが、神はその力を一つにまとめられ、こんどは、このわれわれの住むアッティカへお移しになったのである。それは話によると、なにか次のような理由からであった。
 何代もの長い歳月にわたって、かれらのなかで神の性(さが)が指導的な地位を占めているあいだは、かれらはもろもろの掟にしたがい、神に縁のあるものにたいしては鄭重な態度をとってきた。

p248
しかしかれらに宿る神の性が、多くの死すべきものども(人間)とのたびかさなる混合によって、その割合を減じ、人間の性が優位を占めてくると、とうとう財の重荷に耐えかねて、見苦しい振る舞いをするようになり、人を見る目のある者には、「破廉恥な奴らよ」と思われるようになってしまった。それは、かれらが数ある貴重なもののなかからもっとも大切なものを失ってしまったからである。だが、真実の幸多き生を見ることのできぬ者たちにとっては、この時代こそがかれら(王たち)がいつの時代にもましてすばらしく、祝福に満ちた生をおくっているように思われたのであった。それは、かれらがよこしまな容貌を満足させ、その力をほしいままにしてたからである。
 神々の神、掟を司るゼウスは、このようなありまさまをさだかに観る力をもっておられたので、このすぐれた血をひく者たちが世にも哀れな姿となっているのにみ心をとめたまい、かれらが懲らしめを受けてもっとましな姿になるように、罰をあたえようとお考えになった。そこでゼウスは、神々のもっとも尊敬する住い、すなわち全宇宙の中心に位置を占め、世に生ずるすべてのことを照覧したもうあの住まいへと神々を残らずお集めになり、神々が集まって来られると、申された……。(以下、中断)


未完なのでここで終りー


ウィキペディア調べとか

Critias (dialogue)
From Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Critias_%28dialogue%29

Critias, one of Plato's late dialogues, contains the story of the mighty island kingdom Atlantis and its attempt to conquer Athens, which failed due to the ordered society of the Athenians. Critias is the second of a projected trilogy of dialogues, preceded by Timaeus and followed by Hermocrates,[1] though the latter was never written and Critias was left incomplete. Because of their resemblance (e.g. in terms of persons appearing), modern classicists occasionally combine both Timaeus and Critias as Timaeus-Critias.[2]

うーんと、クリティアスについて、英語版のウィキペディアは充実してるので
はりつけはこのへんで(記事をみにいくほうが見やすいし)

というかウィキソースに全文乗ってるし(英語だけど)

 http://en.wikisource.org/wiki/Critias
  



『プラトン全集12』「ティマイオス」~プラトンの宇宙論とか

『プラトン全集12』(ティマイオス、クリティアス)(岩波書店)
──を借りてきました

プラトン全集〈12〉ティマイオス・クリティアスプラトン全集〈12〉ティマイオス・クリティアス
(1975/09)
プラトン

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コピーもとったから書き込みができるーーーーーーーーー;;

書き込みといっても文字はかかないけど
傍線ひいたりしないとおちつかない・・・
傍線なしで読むとか苦行すぎ・・・

というわけで傍線ひいたところでもぼちぼち収録しようかなとか

(wikiより)Medieval manuscript of Calcidius' Latin Timaeus translation..jpg


この本にはティマイオスとクリティアスが収録されています
まずはティマイオスの目次とかー

ティマイオス──自然について──

『ティマイオス』内容目次(和数字は章番号を、洋数字は本全集のページ数を示す)

導入部(一-四)4

 理想の国家についてのソクラテスの物語。
 アトランティス物語。
 本篇と「クリティアス」の展望。

ティマイオスの宇宙論(五-四四)27

 序論27
  宇宙論のあり方

 第一部「理性」の作品(六-一六)31

  宇宙生成の原因。宇宙の完結性(六-七)31
  宇宙の魂の構成。時間。惑星(八-一一)40
  恒星。大地(一二)52
  神々(天体)への神の指令(一三)55
  人間の魂(一四-一五)57
  頭。手足。眼。「補助原因」(一六)64

 第二部「必然」の所産(一七-三〇)72

  「理性」と「必然」(一七)72
  「場」と宇宙の素材(一八-一九)74
  正多面体の構成(二〇)87
  宇宙は無限個か一か。火、空気、水、土の粒子の形態とその相互作用(二一-二三)93
  四元素それぞれの種類(二四-二五)101
  感覚的緒性質(二六-三〇)108
 
第三部「理性」と「必然」の共同作品(三一-四四)126

  死すべき種類の魂。心臓。肺。胃。肝臓。脾臓(三一-三二)126
  腸。髄。肉。腱。皮膚。毛髪。爪(三三)134
  食物としての植物(三四)143
  身体の灌漑と呼吸作用(三五-三六)144
  「まわり押し」の理論(三七)151
  生長と老衰(三八)152
  身体の病気。魂の病気。その矯正(三九-四三)155
  女。鳥。獣。水棲族の誕生(四四)175


登場人物
 ソクラテス ティマイオス ヘルモクラテス クリティアス



というわけで内容をみていきます

対話の設定やソクラテスのお話とかがあるけれど
この本をわざわざ借りてきた目的はアトランティスと宇宙論あたりなので
個人的興味がないところはとばすー

導入部はソクラテスの国家話(今回はどうでもいい)と
アトランティス話があります
アトランティスについては「クリティアス」にもあるので
それもそのうち読んでいきたいからここではほどほどに
プラトンのアトランティスに関する記述があるのは
「ティマイオス」「クリティアス」の2つかな

ではぼちぼち読んでいくことにー



▼導入部(一-四)

   一

ソクラテス  一人、二人、三人……おや、四人目の人は、ティマイオス、どこですか。あなた方は、昨日はわたしのお客になったから、今度は主人役にまわって、わたしにご馳走してやろうということでしたが。


これがこの本の導入です
導入は興味深いのでとりあえず収録ー
導入部コレクションとかあるといいなー
閑話休題

戯曲形式だけど、本だと話し手の名前はゴシックにしてというかんじになってるけど
それだとテキストデータとして扱うと消えるので
今後は適当にかっこでくくっとくことにー
というか対話っぽいところはほぼ収録しないと思うけど

【ソクラテス】一人、二人、──みたいなかんじに今後は表記(ここで)

p12

【クリティアス】それではさあ、聞いてくれたまえ、ソクラテス。これは何とも不思議な話ではあるが、しかしそれでも全面的に真実の話であって、そのことは七賢人の中でも第一人者のソロンが、かつて保証したところなのだ。


ここからクリティアスが彼の祖父のクリティアス(まぎらわしい)が
ソロンからきいたという話、アトランティスに関する話を語り始めます

p13
つまり、もう時も経ち、人びとも死に絶えたので、さっぱりわからなくなってしまっているが、驚嘆すべき偉業のかずかずが、その昔、このアテナイの国によってなしとげられていたというのだ。



以下、エジプトの神官とソロンがお話したこと

p16

すると、神官のうちでも大そう年とった一人が、こう言ったというのである。『おお、ソロンよ、ソロンよ、あなた方ギリシア人はいつでも子供だ。ギリシア人に老人というものはいない』と。


『というのは、あなた方は、古い言い伝えに基づく昔の説も、時を経て蒼古たる学知も、何一つとして心にとどめてはいないからである。そしてその理由は次のようなところにあるのだ。人類の滅亡ということは、いろいろの形でこれまでにも多々あったことでもあり、今後もあるだろうが、その最大のものは火と水によって引き起こされるのであって、

(パエトンの話)

この話は、神話の形を取って語られてはいるが、その真実のところは、大地をめぐって天を運行するものの軌道の逸脱と、長期間をおいて間々起こる、大火による地上の事物の滅亡のことにほかならない。


パエトンについてはこんなの

▼パエトーン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A8%E3%83%88%E3%83%B3


ともかくエジプトには残っていてギリシャには残っていない
古代についての知識を語っていきます
ようするに災害がおこるたびに人が死んで
文盲の人が僅かに生き延びるということを繰り返しているので
文明がおきてもその記憶は失われるということをいってる
エジプトは記録が残っているということ

p18

このエジプトに保存されているものが、およそ語り伝えられている最古のものという結果になってはいるが、

その結果、あなた方はここにまた改めて、いわば子供に帰るのであって、このエジプトのことも、あなた方の地方のことも、およそ昔にあったことは何一つ知らないという状態に戻るのだ。


あなた方は地上の大洪水をただ一つ記憶しているに過ぎないが、そのような大洪水は、その前に何度もあったのである。

生き残った人々が何世代にもわたって、文字で表現することを知らないままに死んでいったので、あなた方はこのことに気づかずに来たのである。

『何を言い惜しみすることがあろう、ソロンよ。

p20
かの市民というのは九千年前にいたということになるが、


この後は、古代のアテナイの人々のこと
アトランティスのこと、アトランティスをアテナイが撃退したこと
とかがかかれてるのかな


p22

すなわち文書は、どれほどにまで大きな勢力の侵入を、あなた方の都市がかつて阻止したかを語っているのだが、これは、外海アトラスの大洋(大西洋)を起点として、一挙に全ヨーロッパとアジアに向かって、暴慢にも押し渡って来ようとしていたものなのだ。何しろ、当時は、あの大洋は渡航可能だったからである。というのは、あの大洋には、あなた方の話によると、あなた方は「ヘラクレスの柱」と呼んでいるらしいが、その入口(ジブラルタル海峡)の前方に、一つの島があったのだ。そして、この島はリビュアとアジアを合わせたよりもなお大きなものであったが、そこからその他の島々へと当時の航海者は渡ることができたのであり、またその島々から、あの正真正銘の大洋をめぐっている、対岸の大陸全土へと渡ることもできたのである。──じっさい、いまの話に出たあの入口の、内側にある限りのこちらの部分(地中海)などは、狭い入口を持った港湾としか見えないのだが、それに対して、あの外海こそ真の大洋であり、またこれを余すことなく取り囲んでいる陸地こそ、真実、文字通りに大陸と呼びうるものであろう。


地中海から大西洋までの地理が記述されています
けっこうエジプト人(というか書いたプラトン)は遠くの地理を知っている
ということが意外かも

さてアトランティス、、、

p22

 さて、このアトランティス島に、驚くべき巨大な、諸王侯の勢力が出現して、その島の全土はもとより、他の多くの島々と、大陸のいくつかの部分を支配におさめ、なおこれに加えて、海峡内のこちら側でも、リビュアではエジプトに境を接するところまで、またヨーロッパではテュレニアの境界に至るまでの地域を支配していたのである。


アトランティスの威勢の良さがわかります

実にこの全勢力が一団となって、あなた方の土地も、われわれの土地も、否、海峡内の全地域を、一撃のもとに隷属させようとしたことがあったのだ。


アトランティスの襲来ー

ヨーロッパ側(アテナイやエジプト側)が勝ちました

けれどもその後に災害がおこってアテナイはほろび、アトランティスも海中に沈んだ
ということが語られます

p23

 しかし後に、異常な大地震と大洪水が度重なって起こった時、過酷な日がやって来て、その一昼夜の間に、あなた方の国の戦士はすべて、一挙にして大地に呑み込まれ、またアトランティス島も同じようにして、海中に没して姿を消してしまったのであった。


アトランティスについて語ってるのは「ティマイオス」ではこんなかんじー


▼ティマイオスの宇宙論

ティマイオスが宇宙論について語っていきます
これも興味深いかも、アトランティスはおまけともいえるし

ここからは引用&メモになるかな
引用すると読む速度がおそすぎる

常にあるもの(生成しないもの)(常に同一を保つ)(理性によって把握される)
常に生成していてあることのけっしてないもの(生成し消滅)(感覚によって把握)
──の区別

宇宙は、後者──生成するもの

(wikiより)紫外線で見たアンドロメダ銀河.jpg


(ティマイオスの宇宙論)

p30
宇宙は、言論と知性(理性)によって把握され同一を保つところのものに倣って、製作されたわけなのです。ところで、以上のような事情があるとすれば、この宇宙が何らかのものの似像であることも、これまた大いに必然的なことです。

p32
構築者は、すべてのものができるだけ、構築者自身によく似たものになることを望んだのでした。

この宇宙は、神の先々への配慮によって、真実、魂を備え理性を備えた生きものとして生まれたのである、と。

p38
構築者は、相似しているもののほうが、相似していないものよりも、はるかに美しいと考えたわけです。

p40
このような循環運動には、足の必要はまったくないのですから、構築者は、宇宙の身体を作りだした時に、これを脚や足を持たないものにしたのでした。

p44

 そして魂は、その中心から宇宙の果にいたるまで、あらゆるところに織り込まれ、さらに、それのまわり全体を外側から覆い、自ら自分の内部で回転しながら、休みなき知的活動の生を、時間のあらん限り続けるべく、神々しい出発点を踏み出したのです。
 そして宇宙の身体のほうは目に見えるものとして産み出されたのでしたが、魂のほうは、そのものとしては見えないものではありますが、数理や調和の一面を具えており、およそ理性の対象となり常にあるところのもの農地で最もすぐれたものによって生み出されたのであり、しかも、生み出されたもののうちでもこれはもっともすぐれたものだったのです。

p46
 さて、魂は、かの三つの部分たる「同」と「異」と「有」から混ぜ合わされ、また比率に従って分割され結合され、さらに回り回っては自分で自己自身へと帰ってくるので、それが分散可能な「有」を持った何ものかに触れる場合も、また不可分の「有」を持った何ものかに触れる場合も、いつも自分自身の中を隈無く動いて語るのです──

p47
それの生みの父は喜びました。そして上機嫌で、なおもっとよくモデルに似たものに仕上げようと考えたのです。

しかし、永遠を写す、何か動く似像のほうを、神は作ろうと考えたのでした。そして、宇宙を秩序づけるとともに、一のうちに静止している永遠を写して、数に即して動きながら永遠らしさを保つ、その似像をつくったのです。そして、この似像こそ、まさにわれわれが「時間」と名づけて来たところのものなのです。というのは、昼も夜も、月も年も、宇宙が生じるまでは存在しなかったのですが、神は、宇宙が構成されると同時に、それらが生じるように仕組んだからです。

p49

 さて、時間が生み出されるために、神が時間の生成に対して考えた、その計算と意図から、太陽と月と、その他「惑星(彷徨する星)」という呼び名を持つ五つの星々が、時間の数を区分し、これを見張るものとして生じたのでした。

p53
一つは天の種族で、これは神々(天体)から成るものです。もう一つは、翼を持ち、空中を飛翔する種族。第三は水棲族。陸棲の歩行する種族が第四番目です。さて、神的な種族の姿は、できるだけ輝かしく美しく見えるようにと、これを主として火から作り上げ、また万有に似せてまんまるくし、そしてこれを、至高のものの知的活動へと置いて、この至高のものの同伴者たらしめたのですが、そのさい、この種族を全天一面に配分し、それが天の文字通りのコスモス(飾り)となって、全体にわたってちりばめられているようにしたのでした。

p56
死すべき定めの種族三つが、未だに生成されずに残っている。しかるに、これらのものが生じないでは、宇宙は不完全なものとなるであろう。何故ならば、そのような時には、宇宙は自らのうちに、生きとし生けるものの全種類を含むことにならないであろうが、もしも宇宙が十分に全きものたろうとすれば、全種族を含まなければならないからである。

p57
 こう言って、神は、前に万有の魂を調合して混ぜ合わせるのに使ったあの盃にもう一度向かって、それへ、前回に使った材料の残りを注ぎ入れました。そしてこの時も、何か以前と同じような方法で混ぜ合わせたのですが、しかし、今度はもはや、前と同じほど純粋な仕方においてではなく、それは純度において、二段も三段も劣るものだったのです。
 そして、全体を構成してしまうと、それを星と同じ数だけの魂に分割し、それぞれの魂をそれぞれの星に割り当て、ちょうど馬車にでも乗せるようにして載せると、この万有の本来の相を示して、かれらに運命として定められた掟を告げたのです。

p60
 そして神は、これらすべてを手配してしまうと、もうさっそく自分の性にあった、常の生活にもどって、そのままとどまっていたのでした。しかし、神のほうはそのままとどまっていても、神の子らは、父の指令を了解してそれに従いました。

p67
 ところで、鏡が映像をつくるということや、すべて、そこにものが映って見えるなめらかなものについても、これを理解するのは、もはや少しも難しいことではありません。すなわち、内外の火の双方が互いに交わるということと、さらにまた、一体化した火が、なめらかな面のところで形成され、それが幾通りにも姿を変えるということがあると、そうしたことから必然的に、先に言ったような映像すべてがそこにあらわれることになるのです。

p69
理性と知識を愛し求める者は、どうしても、知力あるものに属する原因をこそ、第一に追究すべきものなのでして、他のものによって動かされて、また必然的に別のものを動かすというような次元のものに属する原因のほうは、これを二の次にしなければならないのです。

p70
 そこで、わたしに言わせてもらうなら、視覚こそまさに、われわれに最大の裨益をなす原因となっているものなのです。というのは、何しろ、万有を話題としているいまの話にしてみても、仮にわれわれが星も太陽も天も見たことがなかったとしたら、一つも話されはしなかったでしょうからね。

そしてこれらのものから、われわれはすべて哲学と名のつくものを手に入れたのですが、これよりも大きな善いものが、死すべき種族に対して神々から贈られて来ることは、かつてもなかったことですし、また未来にもいてもけっしてないことでしょう。

p71
──すなわち、その原因は、神がわれわれのために視覚を考案してこれを贈り給うたということである。そしてその目的は、われわれが、天にある理性の循環運動を観察して、この乱れなき天の循環運動を、それとは同族であるが乱れた状態にある、われわれの思考の回転運動のために役立てるようにということであり、そして、天の循環運動を十分に学んで、自然本来に即した正しい推理計算の仕方をわれわれが身につけ、こうして、どのようにしても彷徨することのない神の循環運動を模倣することによって、われわれのうちの彷徨した状態にある回転運動を、正常なものに立て直すようにということなのである──と。

p71
 そして、音声や聴覚についてもこれまた、同じ事を意図して同じ目的のために神々から贈られたのだという、同じ説明が成り立ちます。

(言葉、文芸)

この諧調というものは、われわれのうちにある魂の循環運動と同族の運動を持っているものなのでして、いやしくも理性に与り、その上で詩神(ムゥサイ)と交際を持つほどの人にとっては、それは、現在有用な点と思われているような、理屈ぬきの快楽のために与えられているのではなく、むしろ、われわれのうちにあって、調子外れになってしまっている魂の循環運動のために、これを秩序と自己協和へ導く友軍として、詩神たちから与えられたものなのです。なおまた律動(リュトモス)も、われわれの内部が、大多数の者にあっては、尺度のない、優雅さを欠く状態にあるために、やはり同じことを意図して、同じ神々から援軍として与えられたのでした。


一応全部読み終わったので(あくまで読んだだけー)
傍線ひいたところを収録ということでとりあえずここまでー

読みづらくはないのはいいかも
続きはあとで(仕事しないと)

以上のところは宇宙の作られ方とか
あと「時間」については興味深いかも

(wikiより)宇宙.jpg


続きー

4種類のアルケーのお話とかが登場してきます

p72

 一七

この宇宙の生成は、「必然」と「理性」との結合から(両方の要素の)混成体として生み出されたからです。このさいにはしかし、「理性」のほうが、「必然」を説き伏せて、生成するものの大部分を最善へっみちびくようにさせたということで、「必然」を指導する役割を変じたのでした。

p73
 そこで、宇宙が生成する前には、火、水、空気、土の本性は、そのもの自体としては何であったのか、また宇宙生成以前にはそれらのものはどういう状態にあったのかを見なければなりません。

p77
というのは、そのようなものは、「これ」とか「それ」とか、また「それに」とか、すべてそれらを永続性のあるものとして示すような宣告に、おとなしく服していることなく、逃亡して行くからなのです。

p85
「あるもの」と「場」と「生成」とが、三者三様に、宇宙の生成する以前にもすでに存在していたんどえす。

p87

 二〇

 まず第一に、火、土、水、空気が物体であることは、多分、誰にも明白なことでしょう。そして物体というものはすべてまた奥行きを持っているものです。そしてまた奥行きは、これを面が取り囲んでいるというのが、絶対の必然ですし、さらに面のうちでも、平面は、三角形を要素として成り立っています。

p88
 (アルケー、アルカイ)

 そこで、お互いに似てはいないけれども、その任意のものが、解体によってお互いから生じうるような、もっとも立派な四つの物体とは、いったいどんなものかということをお話しなければなりません。

p90
(三角形)
(正四面体──もっとも原初的な形)

それらのもののそれぞれが、どんな形のものとして出来上がっているのかということと、どれだけの数が合わさって出来ているのかということでしょう。そこでまず最初に来るのは、最も原初的で最も小さい構成体をなすような形だということになるでしょうが、それの構成要素(ストイケイオン)となるものは、斜辺が短辺の二倍の長さを持っている三角形です。

(正八面体、正二十面体、正六面体)

p94

宇宙は一つの神であるのが本来のあり方だということなのです。

われわれは、いま言論によって生成させられた、いくつかの種類のものを、火、土、水、空気へと配分することにしましょう。
 そこで、土には立方体の形を与えることにしましょう。何故かと言えば、四種類のもののうちで、土が最も動きにくく、またこれは、およそ物体のうちで、最も可塑性に富んでいるわけですが、他方、最もよく、このような性質を備えているものと言えば、最も安定した底面を持っているものがそれであるのは必然です。

最も小さい立体を火に、また最大のものを水に、中間のものを空気に割り当てても同様ですし、さらに、最も尖ったものを火に、第二番目のものを空気に、第三番目のものを水に割り当てる場合も同じことが言えます。

立体として生成させられたもので、正四面体の形をなすものが、火の構成要素(ストイケイオン)であり種子だということになります。そして生成の順序が第二番目のものを空気のそれだとし、第三番目のものを水のそれだと言うことにしましょう。

(土──正六面体。火──正四面体。空気──正八面体。水──正二十面体)


このへんは火は正四面体で──とかいう不思議理論になります
英語版のウィキペディアにはこれの図があって便利ー

▼Timaeus (dialogue)
From Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Timaeus_%28dialogue%29
  



(つづくー)


・ウィキペディア調べとか

ティマイオスのウィキペディア記事は日本語版もあるけど
英語版は図解つきー

▼Timaeus (dialogue)
From Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Timaeus_%28dialogue%29
  



あと、英文

Project Gutenberg
 Timaeus

 http://www.gutenberg.org/dirs/etext98/tmeus11.txt


ギリシャ風の壺とか(ギリシャ美術)

ギリシャ美術といえばミロのビーナスやパルテノン神殿などとっても有名だし
ルネサンスに多大な影響を与えていたりー

で、そのなかでも今、気になっているのは壺のことー


(wikiより)ギリシアのアンフォラ(アテナ).jpg


というわけでそのへんをウィキペディア調べー


▼ギリシア美術
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(ギリシャ美術 から転送)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%E7%BE%8E%E8%A1%93

ギリシア美術とは、クレタ文明・ミケーネ文明衰退後の紀元前1000年頃から紀元前1世紀末頃にかけて、ペロポネソス半島、イタリア半島南部、エーゲ海周辺地方などで栄えた美術を指す。紀元前12世紀頃からしだいにギリシアに侵入したドリス人は、先住のアカイア人の勢力をペロポネソス半島から駆逐し、クレタ的色彩の濃いミケーネ文明の美術を完全に破壊した。こうしてギリシアは長い文化的暗黒時代に入ったが、この期間にギリシア人は自己の民族性に根ざした新しい美術を徐々につくり始めた。このギリシア美術は、同時代の古代エジプト美術が3000年間にわたってほとんどその様式を変えなかったのとは対照的に、初期の古拙・幼稚な段階から驚くほどの速度をもってその様式を発展させ、紀元前5世紀、紀元前4世紀頃には、西洋美術の永遠の典型とされるクラシック美術を開花させた。


陶器
画像:Achilles and Ajax (amphora).jpg
Achilles and Ajaxギリシア陶器はそれぞれの時代と装飾様式にしたがって、おおむね次の4つに分類される。第1期は紀元前11世紀頃の原幾何学様式に続く紀元前9世紀から紀元前8世紀にかけてであり、アテナイを中心に幾何学様式が著しい発展をみた。そのモチーフならびに表現は雷文、ジグザグ文、菱形文、波状文、網目文など硬直な連続文からなり、これらが器全面を埋めている。ディピュロンの墓地から出土したいわゆる「ディピュロンのアンフォラ」と呼ばれる高さ1メートルに及ぶ一連のアンフォラはその典型である。第2期は紀元前8世紀から紀元前7世紀末におけるオリエント様式の時代で、この期は有翼獣や植物をモチーフとしたオリエント陶器の影響を強く受けた。これらの窯業の中心はコリントおよびエーゲ海域で、別名「コリント式陶器」とも呼ばれる。これらは先の幾何学様式に比べて全般に器形が小さくなり、一方、東方的なモチーフの動・植物の表現は著しく優美となる。第3期は紀元前6世紀初頭から末に至るアッティカ黒絵式陶器の誕生で、ここに初めて太古の神話伝説をモチーフとした人物が装飾の主役となった。紀元前6世紀の後半にはアマシスの画家やエクセキアスらの優れた陶画家が活躍し、黒絵式陶器はアテナイを中心に著しい発達をみた。器の表面を褐色地で埋め図像を黒くシルエット風に描き、その細部を鋭い尖筆で形どる黒絵式の技法はすでにコリント式陶器に見られるが、図像の表現に物語性を導入し、ときには図像の人物の内的感情を表している点で次の赤絵式陶器と並んでギリシア人の人間観をよく表しているものといえる。第4期は紀元前6世紀末の赤絵式の発明以後で、これはアテナイのアンドキデスの画家によって紀元前530年に考案されたとされている。先の黒絵式とは逆に図像を黒い背景から浮かび上がらせ、細部を筆により濃淡をもって表すことにより、人間感情を自由に表現することが可能となり、またその主題も単に神話伝説に限らず、日常生活の一こまなど現実性を加えることによって著しく多様となった。その後エウフロニオスやエウテュミデースらの陶画家が出るに及んで、紀元前5世紀中頃より赤絵式陶器は黄金時代を迎え、これらはイタリア半島や黒海沿岸にまで多量に輸出された。


[編集] 器形と用途
初期の段階では陶器の種類は比較的少なかったが、古典期以後、ギリシア陶器の器形はその用途に応じてほぼ30種を数える。これらのうち、アンフォラ、ペリケー、スタムノスは主としてブドウ酒、油、はちみつ、小麦などの貯蔵用の器、クラテル、プシュクテル、レベス、カンタロス、ディノスは酒宴用、キュリクス、スキュフォスは飲酒用の盃、小さなレキュトス、アリュバロス、アラバストロンは香油入れ、ただし紀元前5世紀以降の白地レキュトスは葬祭用にのみ供せられた。口縁部が三葉形をなすオイノコエは水さし(または酒つぎ)、垂直あるいは水平の把手のあるヒュドリアは婦人が泉から水を耀むための水甕、長頸のルトロフォロスとレベス・ガミコスは婚礼の花嫁用、円筒形の蓋付きのピュクシスは婦人用の化粧箱、そのほかに皿、鉢、碗などがあった。


[編集] 技法
成形はすべて轆轤による。その最古の例はミケーネ時代のトロイア第2市から出土した陶器に轆轤の跡が見られる。ギリシアの轆轤は普通は木、テラコッタ、もしくは石で作られた直径60センチメートルから~70センチメートルの円形ないし四角形の手轆轤で、徒弟の少年が師匠の指示に従って手で回した。陶器の装飾は赤褐色の地色と黒色の釉薬からなっているが、ギリシア陶器で一般に釉薬と呼ばれている光沢ある黒は同じ陶土から得られたもので、厳密な意味でのガラス質の釉薬ではない。焼成は一度に連続して3段階、すなわち酸化、次に還元、最後に再酸化の順で行われる。焼成温度はだいたい摂氏800度から950度と推察されている。



▼アンフォラ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%A9

アンフォラもしくはアンポラ(amphora、複数形は amphorae もしくは amphoras)とは陶器の器の一種で、2つの持ち手と、胴体からすぼまって長く伸びる首を有する。

アンフォラは最初、紀元前15世紀ごろのレバノンからシリアの海岸に現れて古代世界に広まり、古代ギリシア・ローマにおいては、ブドウ、オリーブ・オイル、ワイン、植物油、オリーブ、穀物、魚、その他の必需品を運搬・保存するための主要な手段として用いられた。

アンフォラはギリシア時代から産業として生産され、地中海世界で7世紀ごろまで使用された。その後、木や皮の容器がアンフォラにかわって使用されたようである。

海洋考古学者にとってもアンフォラは有益である。沈没船のアンフォラからは、しばしば難破した船の時代や国籍を知ることができるのである。それらは時折、もとの内容物がまだ残るほどの、たいへんよい保存状態で発見される。そこから、古代地中海の人々の食習慣や売買システムなど、貴重な情報を得ることができるのである。

アンフォラには2種類のタイプが存在する。ひとつは首と胴体とが鋭い角度で接続するネック・タイプ、もうひとつは首と胴体とが連続して湾曲線を描くワンピース・タイプである。


ネック・タイプのアンフォラは、古代ギリシア時代の初期には一般的に用いられたが、紀元前7世紀ごろから徐々にワンピース・タイプへと切り替わっていった。ほとんどのアンフォラは底部を尖った形に作ってあり、柔らかい地面に突き立てることによって真っ直ぐに保つことができる。

アンフォラの高さにはさまざまな種類がある。大きなタイプで1.5メートルの高さがあるかと思えば30センチ以下のものもあり、最も小さなタイプは「amphoriskoi(小さなアンフォラ)」と呼ばれた。多くのものは45センチの高さである。いくつかの種類に重要な規格統一が見られる。一例として、ワインのアンフォラはおよそ39リットルの容量を標準とし、ローマ帝国では「アンフォラ (amphora quadrantal)」という単位が生まれた。全体では、約66種類のアンフォラが確認されている。

高度な装飾が描かれたアンフォラが、社会的・儀礼的目的のため数多く生産された。その図案は、他の実用的な種類のものとはかなり異なる。例えば、広い口と丸い基部を持ち、表面が艶出しされて、人物像や幾何学的紋様で装飾されている、といったものである。こういった「パナシナイコ・アンフォラ (Panathenaic Amphorae)」は、しばしば賞与の品とされた。「我はアテネよりの賞与なり」の銘を刻まれたアンフォラが残っているが、これは、紀元前6世紀から紀元前2世紀にかけて行われたパナシナイコ・フェスティバル (Panathenaic Festival) のトロフィーである。

装飾アンフォラは、葬儀にも用いられた。主に葬儀に用いられたのは、アンフォラの一種ルートロフォロス (loutrophoros) である。アンフォラが死者の遺灰の容器として使われる一方、特大の花瓶も墓碑として用いられた。


ギリシアのアンフォラ。女神アテナが描かれている。「アンフォラ」という言葉はラテン語で、ギリシア語の「 Αμφορέας 」に由来する。これは「両側に」を意味する「amphi-」と、「pherein(運ぶ)」から派生した「phoreus(運搬器)」とが結合してできた語である。

●ウィキメディアコモンズ
http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Amphoras?uselang=ja


「ピロクテテス」(ソフォクレス)(ミュラー)~無人島に置き去りにされたり回収にこられたりしたギリシャ悲劇の主人公

ギリシャ悲劇は、とっても古いけれども
古くさくて退屈かというと、ぜんぜんそんなことはなかったりー

数千年生き延びたものはそれだけ良さがあるわけでー

というわけで、ギリシャ悲劇のなかでも好きなのは
ソフォクレスの「ピロクテテス」

昔、収録したものを発掘したのではりつけー

なにが出典かは(ちくま)って書いてあるだけだけど
全集は人文書院(これ本棚の分かりやすいところにあってここから見える位置にある)
だからちがうけど、ちくまのって探したけどみあたらない・・・
どこかに埋まってるのかなー

アマゾンで検索したらあった
というかギリシャとギリシアと、検索でひっかからないから
こういうのほんとめんどくさい;;

この作品はピロクテテスのかんしゃくっぷりと
オデュッセウスの性格がいいかんじかも

▼ソフォクレス「ピロクテテス」

ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)
(1986/01)
ソポクレス

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397
私はこれほど無視され、はずかしめられて家にかえる。自分のものを、あの極悪非道のオデュッセウスに奪われたのだ。おお悪党め! しかしやつめといえども、二人のアトレイダイほどに悪いやつだとは思わない、……アトレイダイをにくむものは、天の味方、わたしの味方だといってよい。

400
ピロクテテス
そうだろう、悪がほろぶためしはない。神々は邪悪を愛し邪悪をそだてる。そしてどういうわけか、無法なものや邪悪のしみついたものをわざと冥府(ハデス)からつれもどし、善人や正義のものを次々に地上から闇の世界に追いおとす。神の御業をたたえようと思っても、神みずからが邪悪であれば、これはいったいどう考えればいいのだ、神のなにをたたえよというのだ!

ネオプトレモス
卑劣な人間が高潔な人よりも大切にされ、正直者が損をして不正直な男が勝つような世の中だ。

416
ああまたきた、アガメムノンとメネラオスめ、おまえたち二人こそ、わしのかわりにこの苦しみを、十年のあいだ苦しむとよいのだ!
……
おお死よ、死神よ、一日にいくど呼んでも、どうしてきてくれないのか、
……
頼む立派な若者よ、わしも昔、その弓を貰うた礼に、ヘラクレスのおなじ願いをすすんでかなえてあげたのだ。

424
おお水よ、磯部の岩よ、……おおこの断崖の岩肌よ! わしの味方はおまえたちだけだ、ながい年月の友達よ、この訴えをきいてくれ。アキレウスの倅が、わしにこんなむごい仕打ちをくわえたのだ!

わしにはもう弓もない、生命もない。このわびしいかくれ家で、ひとりひぼしになるほかはない。

426
オデュッセウス
そうはいかん、こやつが返したくとも、わたしがゆるさぬ。おまえもついてくるのだ、いやなら引き立てていく

自分で這ていくのがいやならな

ゼウスさまがじきじきにな、わたしは、それを手伝うだけの人間だ。

わたしが行けというのだ、逆らわぬ方が身のためだ。

ピロクテテス
無念だ、わしの父は奴隷を生んだのか、わしには自由がないのか!

わしはいやだ。見よ、足もとの断崖を。これがあるかぎり、どんなに苦しくとも、わしはトロイアへはいかぬ。

おお口惜しい、わしの弓を手放したばかりに、こやつらの手におさえられた!
おのれ、……よくもまただましたな。
……
悪者め、昔わしをただひとり……この島に捨てていった。こんどはこうして無理矢理に、わしを縛って引いていくつもりだな! うぬ、畜生め、くたばってしまえ、いくど神にねがったことか、きさまがのたれ死にするように、だがわしの祈りはかなえられなかった。おかげできさまの悪運はつきず、わしには災難ばかりが重なった。それだのに、またわしはきさまやアトレイダイどもの手でもてあそばれるのか!

呪いの言葉
429
オデュッセウス
こやつの憎まれ口にこたえるのは造作ないが、いまは一言しかいう暇がない。わたしは臨機応変の人間だ、正義の士、高潔な男がいるときには、わたしよりもその役にかなった人間は見あたるまい。あらゆることにただ成功することだけが、わたしの宿望だ。
もうおまえの力を借りようとはおもわんが、この弓だけは貰っていく。

おまえがいなくとも不自由はない、おまえは機嫌よくレムノスを散歩しているがいい。

この弓がおまえに与えるはずだった栄冠は、いまにわたしのものになる。

440
ネオプトレモス
正しければいい、正義は知恵にまさるのだ。

444
ネオプトレモス
人間は神のさだめに堪えねばならぬ、これは必然のことわりだ。しかしいまのあなたは、われとわが手で災難をまねき、それに身を任せている人間だ。それでは人の同情や憐れみを、期待するほうがまちがっている。

449
ヘラクレス
予は 汝にゼウスの御心をつたえ、
汝の道をあらためんがために
大空の座をあとにして、ここにあらわれた。
こころして、予の言葉をきけ。

まず、予の運命の試練をいって聞かせよう。予がどれほどの苦しみにたえ、困難にうちかって、いいまそなたの眼にうつる、不死のアレテの主となったか。よく思うがよい、そなたにしても同じことだ。苦悩に満ちたけわしい運命は、苦しみぬいた生涯のはてを、栄えあるものとするために、神が与えた賜物だ。
 行け、この若者とともに、トロイアの城へ。……


『ギリシア悲劇全集』というのも数冊(4冊くらい)もってます
これは古書でかったっけ・・・

ギリシア悲劇全集 第1巻 アイスキュロス篇 (1)ギリシア悲劇全集 第1巻 アイスキュロス篇 (1)
(2000)
呉 茂一

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これー

あとピロクテテスはミュラーのもあったっけ

こんなの・・・
でもどう考えてもソフォクレスのほうがいい
というかソフォクレスにかなうとかむりでしょ・・・


▼ミュラー

メディアマテリアル ギリシア・アルシーヴ (ハイナー・ミュラー・テクスト集)メディアマテリアル ギリシア・アルシーヴ (ハイナー・ミュラー・テクスト集)
(1993/05)
ハイナー ミュラー

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35
お:奴は百足だ、その手に弓のあるかぎり

奴は死んでもおれたちを殺すだろう
38

おれがおまえの父御の遺品を譲り受けたのは、おれの名誉のためじゃない
父御の遺体をとり戻そうと、死人のために
死ぬ思いをして戦ったんだ、おれの一軍は
……
その傷口の持ち主たちの気が収まったのは、みんなの傷の代償におまえの父御の、
おまえの剣で飾られたおれの姿をみんなが見て納得したからだ

42
おまえが最初と思うなよ、こんな厭なことを
やらされるのは。おれたちだってやらされたんだ。

そういうおれもかつては同様、武将たちに
戦地へ引っ張り出された人間だ、そのときおれは狂人のふりをして

戦地へ赴く義務から逃れる手だてはもうなかったというわけだ

ネオプトレモス
その膝はよくよく土塵(つちくれ)に接吻(くちづけ)し馴れている様子だな、

父の名誉もろくに讃えず、おまえたちは自分たちを戦利品で着飾った、
父がながい怒りで戦を滞らせたのはそのためだった。
オデュッセウス
……
しかし父御はその息子よりも賢明だったぞ、
父御はようくご存じだった、おれたちみんながじっと地面を見つめ
父御の勝利のための捨て石の味方の死人の数を数えていたのだということを、
父御は怒りに身をゆだね、剣をさらしながらもご存じだった

45
弓には気をつけろ、奴の手にあるかぎり

奴の不幸には同情するな、奴の弓以上に気をつけろ。
見て見ぬ振りをすることだ、奴の傷を治したければ


ピロクテテスとしてでなく読むものなのかな?
この人の本、家に2冊あるけど、
たぶん読んだと思うけど(メモとってるくらいだし、比較のためとはいえ)
あんまりぴんとこなかったので、とりあえず私の感想とかは保留ー


ついでにお勉強ー

ギリシャとギリシアもあれだけど、ギリシャ語の単語はとくに
長母音をどうするかで表記がゆれまくり・・・

個人的には正確さよりもわかりやすさが好き
やたら長母音があると、多少ギリシャ語にちかいかもしれないけど
日本語的に間抜けなわけで
日本語は基本的にはのばす(「あー」とか)のはないのでわ?
まあそれはここではおいといて

▼ソポクレス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%95%E3%82%A9%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B9

ソフォクレス(ソポクレース、Σοφοκλής, Sophoklés、紀元前496年頃 - 紀元前406年)はアテナイの悲劇作家、古代ギリシア三大悲劇詩人の一人である。

紀元前468年以来、大ディオニュシア祭で24回もの優勝を重ねた。劇の作法について数編の論文を著すなど理論面を重視し、ギリシア悲劇というジャンルを完成させた。

成功した悲劇作家として富裕な市民でもあった。

123編の悲劇を書いたと言われるが、欠けずに現存するのは僅か7編。絶対なる運命=神々に翻弄されながらも、悲壮に立ち向かう人間を描いたものが多い。中でも『オイディプス王』はギリシャ悲劇中の珠玉とされ、現代に至るまで西洋文学に多大な影響を与えている。


ピロクテテスは日本語版にはないけど英語版どうかな
あったヽ(´ー`)ノ

結構ながいから気が向いたら読もう;;

Philoctetes (Sophocles)
From Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Philoctetes_%28Sophocles%29

(wikiより)Philoctetes by Jean-Germain Drouais.jpg


Philoctetes is a play by Sophocles (Aeschylus and Euripides also each wrote a Philoctetes but theirs do not survive). It was first performed at the Festival of Dionysus in 409 BC, where it won first prize. The story takes place during the Trojan War (after the events of the Iliad, and before the Trojan Horse). It describes the attempt by Neoptolemus and Odysseus to bring the disabled Philoctetes with them to Troy.


ミュラーについてはまあいいか
ピロクテテスついでにでてきただけだし
たしかドイツの作家・・・

『哲学を読む』(人文書院)~ヘラクレイトス、デモクリトスとか

読書メモ・・・

詰んであった本にこんなのがありました
人文書院から出てる本

哲学を読む―考える愉しみのために哲学を読む―考える愉しみのために
(2000/06)
大浦 康介、

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哲学入門やガイドのようなものは多いけれど
それらはまとめてあったり(私が嫌いなタイプは作者の伝記だらけのもの)して
案外、本人の文章は登場することはまれだったりー

そして、例えばソクラテスは無知の知といったということは覚えても
その言葉はどこにあるのかとか、どういうものかとか、それについては
知らない以前にみたこともないとか・・・

この本は、中心は、本(もちろん翻訳)の原テクストです

緒言にはこんなかんじにかいてあります

 本書は、西洋の代表的な哲学者の原テクストに少しでもふれてほしいという願いから企図されたものである。世に哲学の概説書や哲学史の本は少なくない。・・・

哲学者の生の一語は、ときとして千の概説書よりも貴重である。・・・

本書は、限られた分量のテクストの翻訳を通してであるが、西洋哲学の古典にじかにふれる機会を提供することを第一の目的としている。
 本書にはまた、哲学者の原テクストを読むことをとおして、考える愉しみを知ってほしいという願いもこめられている。


  (ボールドは傍点)

原テクストに触れるといっても、高いしたいてい絶版だし

というわけで貴重な本だと思います
西洋哲学史のメジャーなラインナップだけど、とくに興味深かったのは
古いギリシャ哲学かなー
プラトン以降はけっこう文庫本とかであるけど

ソクラテス以前の哲学者に興味もったのでこの本の参考文献を
さがしてみたらー
品切れーヽ(´ー`)ノ

図書館にあったのでこんど借りてこよ・・・

ソクラテス以前哲学者断片集〈第1分冊〉ソクラテス以前哲学者断片集〈第1分冊〉
(1996/12)
内山 勝利

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というわけで読書メモ・・・

哲学を読む―考える愉しみのために哲学を読む―考える愉しみのために
(2000/06)
大浦 康介、

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p12

▼ヘラクレイトス

知を愛する者は、じつに多くのものごとの探究者でなければならない。(断片35)

神は昼夜、夏冬、戦争平和、飽食飢餓、その姿を変えるのはちょうど火と同じだ。火は香料を混ぜ入れられると、その時々の芳香の名で呼ばれる。(断片67)

同じ川に二度入ることはできない。分散しては集まり、やって来ては流れ去る。(断片91)

魂にとっての死は水となること。だが水にとっての死は土となること。そして土からは水が生じ、水からは魂が生ずる。(断片36)


おなじひとつのものが(われわれの)うちに宿っていて、生者でもあり死者でもある。また目覚めてもいるし眠ってもいる。若者でもあれば老人でもある。なぜならばこのものが転化すればかのものであり、かのものがまた転化すればそのものであるのだから。(断片88)

魂の限界は、あらゆる方途をたどっても見出すことはできないだろう。それほど深いロゴスを魂はもっているのだ。(断片45)


▼デモクリトス

(アリストテレス『生成消滅論』第1巻第1章、より)

 デモクリトスとレウキッポスは、もろもろの〈形態〉(アトム)を想定し、変化と生成をそれらをもとにして説明している。すなわち、それらの結合と離散によって生成と消滅が起こり、配列と位置関係によって性状変化が起こるとするのである。彼らは、真実は現象のうちにあり、さまざまな現象は互いに相反し、限りがないと考えたので、〈形態〉は無数にあるとした。その結果、構成体におこる変化によって、同じものが人によって相反するものに見えるが、その変化はほんの少しの成分が混入しただけでも生じ、一つのものが位置を変えただけでもまったく別のものとして現れることになるちう。悲劇も喜劇も、同じ文字から構成されるのだから。

(アリストテレス『心魂論』第1巻第2章、より)

 デモクリトスの言うには、(……)心魂と知性は同一であって、それは第一次的な不可分の物体の一つであり、その小ささと形状のゆえに動きうるものである。さまざまな形態のうちでは球状のものがもっとも動きやすいものであり、知性と火とはそのようなものだと言うのである。

(アリストテレス『天体論』第3巻第8章、より)

 火は動きやすく、熱と燃焼を引き起こすことができるので、ある人びとはそれを球形とし、ある人びとはピラミッド形とする。

※原子論で有名だけどそれに関する断片(この辺の思想家はいずれも断片のみ残る)は少ないので、アリストテレスの紹介文がのせられている&本人の文章で収録してあるのは倫理的なものなの
(現在の私の趣味というか必要性によってそれは収録するきがおきない、自然ぽいのを集めてるところ)


ヽ(´ー`)ノ


あとはウィキペディア調べー

▼ヘラクレイトス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B9

ヘラクレイトス(Ηράκλειτος Hērakleitos、 紀元前540年頃 - 紀元前480年頃?)は、ギリシア人の哲学者、自然哲学者。

著作
著書といわれる『自然について』は現存せず、引用によってのみ断片が伝わる。この書は『万有について』『政治について』『神学について』の三書を総合したものであるともいわれる。


[編集] 思想

アナクシマンドロスから対立と変化、ピュタゴラスからは調和の考えを受け継いだ(ピュタゴラスに対しては、しかし、いかさま師であると述べている)。

万物は流転していると考え、自然界は絶えず変化していると考えた。しかし一方で、その背後に変化しないもの、ロゴスを見ている。ヘラクレイトスはまたロゴスは火であるといった。変化と闘争を万物の根源とし、火をその象徴としたのである。燃焼は絶えざる変化であるが、常に一定量の油が消費され、一定の明るさを保ち、一定量の煤がたまるなど、変化と保存が同時進行する姿を示している。そしてこの火が万物のアルケーであり、水や他の物質は火から生ずると述べられる。ただし、これらの考え方におけるアルケーの概念は、「万物のアルケーは水である」としたタレスなどのそれとは異なっている。この「生成」の思想は、パルメニデスの「存在」の思想としばしば対立するものとして見られてきた。もっとも、井筒俊彦によれば、実際には同じ事柄(形而上学における根源的な部分)を異なる面から述べているにすぎないという(『井筒俊彦全集1 神秘哲学』参照)。ヘラクレイトスの言葉としては、プラトンが引用している「万物は流転する」(Παντα ρει., Panta rhei.)がもっともよく知られているが、実際のヘラクレイトスの著作断片にこの言葉はなく(あるいは失われ)、後世の人が作った言葉であるともいわれる。「同じ河に二度入ることはできない」などの表現にその意味合いが含まれていると思われる(疑義もある)。また、「万物は一である」とも「一から万物が生まれる」とも述べ、哲学史上初めて、「根源的な一者」と「多くの表面的なもの」との関連を打ち出した人物としても注目されている。

その著作の難解さと厭世観から「暗い哲学者」、あるいは、「泣く哲学者」と呼ばれる。また、ヘーゲルなどの思想の源流として、弁証法の始まりを担う人としても考えられている。


[編集] 言葉

ロゴスはこのようなものとしてあるが、人間はそれを理解しない。(断片1)
互いに異なるものからもっとも美しいものが生じる。万物は争いより生じる。(断片8)
博識は分別を教えない。(断片40)
火は土の死により、空気は火の死により、水は空気の死により、土は水の死による。(断片76)
大多数は悪党であり、すぐれたものは少数。(断片104)
自然は隠れることをこのむ。(断片123)
万事に渡り、運命による定めがある。(断片136)
上記はディールス=クランツ『ソクラテス以前の哲学者断片集』「ヘラクレイトス B」1951年による。


▼デモクリトス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A2%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%88%E3%82%B9

デモクリトス Dēmokritos(紀元前460年頃-紀元前370年頃)古代ギリシアの哲学者。

生涯と伝説

トラキア地方のアブデラ(Abdera)の人。レウキッポスを師として原子論を確立した。アナクサゴラスの弟子でもあり、ペルシアの僧侶やエジプトの神官に学び、エチオピアやインドにも旅行したという言い伝えがある。財産を使いはたして故郷の兄弟に扶養されたが、その著作の公開朗読により100タレントの贈与を受け、国費で葬られたという。哲学のほか数学・天文学・音楽・詩学・倫理学・生物学などに通じ、その博識のために〈知恵 Sophia〉と呼ばれた。またおそらくその快活な気性のため〈笑う人 Gelasinos〉とも称される。


[編集] 学説

〈原子〉は不生・不滅・無性質・分割不可能な無数の物質単位であって、たえず運動し、その存在と運動の場所として〈空虚〉が前提とされる。無限の〈空虚〉の中では上も下もない。形・大きさ・配列・姿勢の違うこれら無数の原子の結合や分離の仕方によって、すべての感覚でとらえられる性質や生滅の現象が生じる。デモクリトスは世界の起源については語らなかったが、「いかなることも偶然によって起こりえない」と明確に述べている。

デモクリトスの倫理学においては、政治の騒がしさや神々への恐怖から解放された魂の安らかさが理想の境地とされ、詩学においては霊感の力が説かれている。 原子論を中心とする彼の学説は、古代ギリシアにおける唯物論の完成であると同時に、後代のエピクロス・近世の物理学に決定的な影響を与えた。しかし彼の著作は断片しか残されていない。プラトンが、手に入る限りのデモクリトスの著作を集めて、すべて焼却したという伝説がある。「反駁を好んで多くの言葉を費やす者は、いかなる正しいことをも学ぶ能力がない」というデモクリトスの警句は、彼の野心のなさと論争への無関心を示し、さらに彼が死後に忘れられた原因でもある。













ダモクレスの剣──言葉を探し直すこと

あるとき、ふと見つけた言葉とか・・・

また必要になったら探せばいいか、と思ってそのまま放置

特に外国語(カタカナ)の場合にありがちなのは
カタカナだから覚えづらく思い出せない
微妙に勘違いして覚えたため探しても見つからない
ということ・・・

今日はかなり必死に探した
ネットがあってもこの状態
探し物はほんとうに疲れる

そんなかんじでやっとみつけたのがこれー

 

「リチャード・ウェストール『ダモクレスの剣』(1812年)キケロの逸話の美少年たちは、新古典主義のパトロン、トーマス・ホープのために乙女に変えられてしまった。」

▼ダモクレス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%A2%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B9

ダモクレス(Damocles、紀元前4世紀)はシラクサの僭主ディオニソス(1世または2世)の廷臣とされる人物。「ダモクレスの剣」の故事で有名。

ダモクレスの剣

ある日、ダモクレスがディオニソスに対して王の境遇の良さを讃えた。すると後日、ダモクレスは王から豪華な宴の招待を受けた。宴は豪華を極めたものであったが、席上でダモクレスがふと頭上を見上げると、天井から糸で剣がぶら下がっていた。その糸はいつ切れてもおかしくない細さで、王はこれをもって王は常に命の危険に晒されている境遇にあることをダモクレスに示そうとしたのである。

この故事から、ヨーロッパ文化圏で「ダモクレスの剣」は、常に戦々恐々としている状況、あるいはそのような状況をもたらすものの譬えに用いられるようになった。


一安心ー

ヽ(´ー`)ノ

Dionysius I of Syracuse
From Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Dionysius_I_of_Syracuse

Dionysius I or Dionysius the Elder (ca. 432–367 BC, Greek: Διονύσιος), tyrant of Syracuse, conquered several cities in Sicily and southern Italy, opposed Carthage's influence in Sicily and made Syracuse the most powerful of the Western Greek colonies. He was regarded by the ancients as an example of the worst kind of despot--cruel, suspicious and vindictive.


Name Association

His name is most well known for the legends of Damocles and Damon and Pythias.

He also posed as an author and patron of literature; his poems, severely criticized by Philoxenus, were hissed at the Olympic games; but having gained a prize for a tragedy on the Ransom of Hector at the Lenaea at Athens, he was so elated that he engaged in a debauch which proved fatal.


▼Damocles
From Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Damocles




古代ギリシャの思想~エンペドクレス、ヒポクラテス(四大元素、四体液説)とか

ちょっと調べてみたくなったので調べるー

ウィキペディアで調べた結果、
四体液説とかはヒポクラテスのものであることがわかった


四体液説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E4%BD%93%E6%B6%B2%E8%AA%AC

四体液説(よんたいえきせつ)は、古代ギリシアのヒポクラテスが人間の身体の構成要素として四種類の体液を挙げ、この液体のバランスによって健康状態などが決まるとする説。

エンペドクレスの四大元素説の影響を受けてヒポクラテスが著書『人間の自然性について』の中で人間は血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁からできていると述べており、これが主流の分類である。しかし『疾病について』の中では血液、粘液、胆汁、水であるとしており定まっていない。どちらを採用するかは学派によって異なる。

後にガレノスはこの四体液説を重要視しながら古代の医学を築きあげた。

この説においては、体液は人間の気質にも影響を与えるという。血液が多い人は楽天的、粘液が多い人は鈍重、黒胆汁が多い人は憂鬱(メランコリーの語源は黒胆汁である)、黄胆汁が多い人は気むずかしい気質を持つとする。
なお、現代医学ではこの説は継承されていない。



エンペドクレス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%89%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B9

エンペドクレスエンペドクレス(Empedocles、紀元前490年頃 – 紀元前430年頃は、古代ギリシアの自然哲学者、医者、詩人、政治家。アクラガス(現イタリアのアグリジェント)の出身。四元素説を唱えた。弁論術の祖とされる。


思想

物質のアルケーは火、水、土、空気の四つのリゾーマタ(rizomata:根)からなり、それらを結合する「ピリア(φιλια philia:愛着)」と分離させる「ネイコス(neikos:憎)」がある。それにより四つのリゾーマタ(四大元素)は、集合離散をくり返す。この四つのリゾーマタは、新たに生まれることはなく、消滅することもない。 このように宇宙は愛の支配と争いの支配とが継起交替する動的反復の場である。

また、太陽は巨大な火のかたまりであり、月よりも大きい。天は、氷のように冷たいものが集まってできており、星々は火のリゾーマタが集まってできている。

これは後世に四元素説とよばれた。

魂は、頭や胸ではなく血液にやどっているとした。魂の転生説を支持し、「わたしはかつて一度は、少年であり、少女であり、藪であり、鳥であり、海ではねる魚であった」と述べた。また、最初の人間は、土から頭や腕や足などの体の一部が最初にでき、それらが寄り集まって生まれたと説いた。

感覚について考察し、視覚は目から光が放出されて、対象物にあたることによって生じ、聴覚は耳の中にある軟骨質の鐘のような部分が、空気によって打たれることにより生じるとした。

磁力の起源についても考察した。




▼元素
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E7%B4%A0#.E5.8F.A4.E4.BB.A3.E3.82.AE.E3.83.AA.E3.82.B7.E3.82.A2


元素(げんそ、element)とは化学物質を構成する基礎的な成分(要素)である。


[編集] 古代ギリシア

元素という言葉は後年に作られた為、ギリシア時代には存在しないが、ギリシャ哲学では万物の変化・流転は一大命題として扱われ、多くの哲学者により万物の構成要素として元素の概念が論ぜられた。

タレスは万物の根源にアルケーという呼名を与え水であるとした。その他、空気であると考えた人、火であると考えた人、土だと考えた人がおり、それぞれがアルケーであるという立場を採った。エンペドクレスはアルケーが、火・空気(風とも)・水・土の4つのリゾーマタからなるとする後世にいう四元素説を唱えた。プラトンはこれに階層的な概念を導入し、土が正六面体でもっとも重く、他のリゾーマタは三角形からなる正多面体で、火が最も軽いリゾーマタであり、これら四大元素はそれぞれの重さに応じて運動し互いに入り混じると考えた。なおプラトンの作かどうか疑問視されている著書では、4つのリゾーマタに加え、天の上層を構成するとしてアイテールが導入されている。紀元前350年ごろ、アリストテレスは四元素説を継承した上で、4つのリゾーマタは相互に変換できるものと考え、また天上にのみ存在するアイテールを4つのリゾーマタの上位リゾーマタとして立てた。アイテルを語源とするアイテールは、のちの自然学における第五元素(ラテン語のquinta essentia。なお英語の quintessence (「真髄」 の意)の語源でもある)とされ、宇宙を満たす媒質エーテルの構想へとつながっていく。アリストテレスと同時代のデモクリトスは、無から発生し、再び消滅する究極微粒子(アトム)から万物が構築され、その構造的変化が物性の変化となると論じたが、彼のアトム論は発展を見ることは無く、ヨーロッパにおいては四元素説がスコラ哲学へと継承されてゆくことになる[1]。



興味深いヽ(´ー`)ノ



哲学者のエピソード~歩いていて穴に落ちたのは誰?

哲学者には変わったエピソードがある人がいるけれども
エピソードのほうは思い出せるのに
名前が誰だか浮かばない──というのは
とても精神衛生によくないです

というわけで調べてみるー

ヽ(´ー`)ノ

まずは、星を見ながら考え事をして歩いていたら穴に落ちた人は誰?



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