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読書とか、いろいろなお勉強(byウィキペディア)とか、文章(文学、芸術、哲学)とか・・・


2017-07

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謡曲「関寺小町」~百年は花に宿りし胡蝶の舞

関寺小町をよんでみたくなりました
見に行ったのは一度だけー

▼「関寺小町」あらすじ

初秋、七月七日七夕の日。
近江の国関寺の住僧は和歌を稽古している稚児たちをつれて
和歌を極めたと評判の山の麓の庵に住む老女の元を訪ねる。
住僧は老女に稚児たちに和歌を教えるように頼む。
老女は古今集の仮名序の言葉をいろいろ教える。
衣通姫から小野小町の歌について応答していくうちに、
老女が小町の歌について語るとき「われ」といったことに住僧は気づく。
そして老女が小町ではないかと尋ねる。小町は昔を偲びながら老いた我身を悲しむ。
住僧は七夕の祭に老女を誘う。稚児の舞を見て老女もまた舞を舞って昔を偲ぶ。
そして夜が明けるといってまたもとの藁屋に帰る。


▼内容
三番目物。太鼓なし。世阿弥作。


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『花鏡』~世阿弥の能楽論を読む

『日本古典文学全集 連歌論集・能楽論集・俳論集』
をひっぱりだしてぱらぱらしてみました
というわけでぼちぼち読んでいくことにー


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「融」~鳥は宿す池中の樹。僧は敲く月下の門。

能における月──といえば、一番先に思い出すのが「融」です
個人的には、一番最初に見た能が「融」で
それがとても気に入ったので能をずっと見たりするようになったとか・・・
最初に見たのは高校生か大学生、どっちの頃だったかな
どっちでも別にいいけど・・・
「姨捨」とかも月の趣だけど、それはまたいずれー


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「黒塚」(安達原)~真麻苧の絲を繰返し。昔を今になさばや。

能の「黒塚」(安達原)を見てみます
鬼女とわびしい糸繰り車の取り合わせが幽玄な感じです
能の美意識は独特です


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「俊寛」~鬼界ヶ島の足摺男

■俊寛(しゅんかん)

【設定】】流刑地、鬼界ヶ島の秋、九月の重用の節句の日。「鬼界島」とも。太鼓なし。シテは俊寛、ワキは赦免使。世阿弥作。

【あらすじ】俊寛は、平家打倒の陰謀(鹿ケ谷の陰謀)が露見して、成経、康頼とともに鬼界ヶ島(鹿児島県の南沖、硫黄島)に流されました。成経、康頼の二人は信心深く、卒塔婆を海に流していました。それに心を動かされた平清盛は恩赦で二人を許すことにしました。鬼界ヶ島では、俊寛が水を酒に見立てて、他の二人と重陽の節句を祝い、都を偲び、流人の身の上を共に嘆いていました。そこに使者が鬼界ヶ島を訪れます。使者は赦免状を渡します。それには成経、康頼、二人の名はあるけれども、どこを探しても俊寛の名は記されていませんでした。俊寛は一人だけ許されないことを嘆きます。せめて九州まででも連れて行って欲しい、船に乗せて欲しいと頼みますが、勝手にそんなことは出来ないと断られます。気の毒に思った成経、康頼が、つれて帰るのは無理でも都に戻ってから取りなそうといって俊寛をなぐさめます。結局船は俊寛を残して去って行くのでした。

【鑑賞】「俊寛」は「平家物語」に基づく作品で、三巻の「足摺」にあたります。「平家物語」ではさらに俊寛の必死さが描かれています。

「僧都(俊寛のこと)船に取りつき、さて如何に、各々俊寛をば終に捨てはて給うか」
「僧都せん方なさに、渚に上り倒れ伏し、おさなき者の乳母や母などを慕う様に、足摺をして、「これ乗せて行け、具して行け」と宣いて、喚き叫びたまえども、漕ぎ行く船のならいにて、跡は白波ばかりなり。未だ遠からぬ船なれども、涙にくれて見えざりければ、僧都高き所に走り上がり、沖の方をぞ招きける。」



 「平家物語」といえば「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」の書き出しのように英雄豪傑の物語ではありません。また俊寛は悲劇的というには子供っぽい印象です。けれども、俊寛のこの凡庸な弱さがこの作品の魅力といっていいかもしれません。




長次郎作・黒楽茶碗──「俊寛」
三井文庫にある

千利休が薩摩の門人に、長次郎の茶碗を三個送ったところ、一つを残して二つを送り返してきたので、この平家物語に基づいて、利休が「俊寛」と名づけたということが、書付として茶碗の箱に添えられているというもの。



謡曲一覧

謡曲にはどんなものがあるか一覧

謡曲三百五十番集入力
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/~hangyo/utahi/

にあるリストの一覧です。
資料用、、、




▼翁▼高砂▼弓八幡▼志賀▼淡路▼御裳濯▼代主▼松尾▼佐保山▼養老▼大典▼放生川▼老松▼白楽天▼鶴亀▼東方朔▼白髭▼大社▼源太夫▼寝覚▼鵜祭▼輪蔵▼道明寺▼難波▼富士山▼江島▼賀茂▼竹生島▼氷室▼和布刈▼逆鉾▼久世戸▼要石▼嵐山▼金札▼岩船▼玉井▼西王母▼呉服▼右近▼絵馬▼鱗形▼内外詣▼田村▼八島▼箙▼忠度▼俊成忠度▼経政▼通盛▼兼平▼知章▼頼政▼実盛▼清経▼朝長▼巴▼敦盛▼生田敦盛▼野宮▼井筒▼東北▼梅▼仏原▼采女▼芭蕉▼墨染桜▼身延▼半蔀▼夕顔▼雪▼楊貴妃▼江口▼定家▼千手▼二人静▼六浦▼藤▼杜若▼小塩▼雲林院▼誓願寺▼羽衣▼落葉▼遊行柳▼西行桜▼葛城▼龍田▼三輪▼巻絹▼吉野静▼住吉詣▼松風▼熊野▼草紙洗小町▼山姫▼祇王▼吉野天人▼胡蝶▼鷺▼源氏供養▼大原御幸▼関寺小町▼鸚鵡小町▼桧垣▼姨捨▼三井寺▼桜川▼柏崎▼百万▼玉葛▼浮舟▼三山▼籠太鼓▼籠祗王▼隅田川▼蝉丸▼花筐▼雲雀山▼飛鳥川▼班女▼賀茂物狂▼水無月祓▼室君▼初雪▼花軍▼富士太鼓▼梅枝▼鳥追舟▼竹雪▼藍染川▼水無瀬▼砧▼求塚▼卒都婆小町▼女郎花▼通小町▼恋の松原▼善知鳥▼阿漕▼藤戸▼松虫▼錦木▼船橋▼綾鼓▼恋重荷▼鉄輪▼葵上▼道成寺▼雨月▼木賊▼弱法師▼景清▼俊寛▼摂待▼鉢木▼土車▼高野物狂▼芦刈▼盛久▼小督▼春栄▼仲光▼重盛▼楠露▼桜井▼正行▼木曽▼七騎落▼安宅▼切兼曽我▼元服曽我▼小袖曽我▼藤栄▼自然居士▼東岸居士▼花月▼放下僧▼歌占▼蟻通▼三笑▼唐船▼邯鄲▼菊慈童▼枕慈童▼天鼓▼咸陽宮▼大仏供養▼夜討曽我▼橋弁慶▼笛之巻▼湛海▼忠信▼錦戸▼現在巴▼関寺与市▼禅師曽我▼正尊▼草薙▼泰山府君▼現在七面▼調伏曽我▼望月▼鵜飼▼鍾馗▼熊坂▼項羽▼昭君▼松山鏡▼野守▼檀風▼烏帽子折▼鞍馬天狗▼善界▼車僧▼第六天▼大会▼葛城天狗▼松山天狗▼舎利▼殺生石▼小鍛冶▼鵺▼雷電▼谷行▼国栖▼春日龍神▼大蛇▼愛宕空也▼龍虎▼飛雲▼大江山▼羅生門▼土蜘蛛▼現在鵺▼安達原▼紅葉狩▼船弁慶▼碇潜▼張良▼皇帝▼一角仙人▼融▼須磨源氏▼絃上▼海士▼当麻▼来殿▼山姥▼石橋▼合甫▼猩々▼大瓶猩々

能の基本(歴史、用語)とか

最低限覚えておきたい能の基本

 能・狂言を知るためには、最低限の知識が必要です。
 例えば、能といえばなんとなくお面を思い出さないでしょうか? でもあれをそもそも「お面」と呼んでいいのでしょうか? あるいは、人気の狂言の人がいるとします。野村萬斎さんなどが人気ですが、萬斎さん主演の能「羽衣」が見たい、といった願いは可能なのでしょうか? あるいは、三味線を鳴らす人は能、狂言に登場するでしょうか?
 あるいは、能のパンフレットを見たとします。シテ某と書いてありますが、「シテ」とはそもそも何なのか、用語をしらなければ、そのパンフレットはちっとも役に立ったことにはなりません。
 そういうわけで、能、狂言の世界を見て行く前に、基本知識を解説します。

●歴史

 能は誰かが無から創造したというのではなく、もっと以前から広く行われていた芸能改良されてゆき、現在にいたる能のスタイルを確立したものです。
 能の歴史は南北朝から室町時代初めのころからはじまります。そのころ、観阿弥、世阿弥といった人物があらわれました。当時は能とはいわず「猿楽」「申楽」と言っていました。
 観阿弥は時の権力者足利義満に見出されました。足利義満は文化にも造詣が深い人物でした。その観阿弥の子が『風姿花伝』で有名な世阿弥です。彼は現在上演される多くの能を作りました。
 江戸時代になると、能は徳川幕府に保護されます。

●役者

  能の役者は、シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方の四つに分業されています。

 「シテ」は能の主役です。シテ方の役者がこれを担当します。主役なのでさまざまな役を演じます。神様だったり、亡霊だったり、植物の精だったり、妖怪だったり、生きている人間だったりさまざまです。彼らに関わるストーリーが能の物語の内容になります。
 また彼らは多くの演目で「舞」を舞います。「舞」は能の重要な要素です。また面をつけているのも彼らです。

 「ワキ」はワキ方が担当する役です。ワキは面をつけません。シテを主役というならワキは脇役といえるかもしれませんが、現在の映画やドラマの脇役とは違って重要度の問題ではありません。彼らは「シテ」に対峙する役割を持っています。それは亡霊として登場したシテに出会ったり、悪霊として出てきたシテを調伏したり、シテと会話をしたり、様々です。ですから、内容的には主役といえるような役をワキが演じる演目もあります。(羅生門など)

 「アイ」は狂言方が演じます。能が前半後半に別れるとき、間に行われる「間狂言」(多くはあらすじを物語る)を行います。間狂言以外に登場することもありアシライアイと呼びます。

 「囃子」は能の音楽で、囃子方が行います。囃子方は、笛、小鼓、大鼓、太鼓の四種類であり、それぞれ完全に分業されています。

 「地謡」は、舞台向かって右側に並んで座っている人たちです。彼らはシテ方の人で、彼らはコーラスのような謡を担当しています。

 「ツレ」は、シテやワキが一人でない場合に登場する人物のことです。シテのツレならシテツレ(シテ松風、ツレ村雨など)、ワキのツレならワキツレです。

「子方」は、シテ方の子供が演じる役です。「隅田川」のように子供の役を演じる場合と、「舟弁慶」の義経のような大人の役を演じる場合があります。

「後見」は、シテの後ろなどにひっそりいる人です。シテの着替えを手伝ったり、道具の出し入れをしたりします。シテの役者が上演中に不具合が生じた場合は、後見人がかわって演じ続けます。シテ以外の後見人もそれぞれいます。

●道具・装置

「面」は能のもっとも目立つ特徴です。役柄に応じてさまざまな種類があります。同じ演目でも使用する面が演出によって変更されるものもあります。
 主な面というと「般若」(鬼女)、「小面」「孫次郎」「若女」(若い女性)、「増」(女神)、「深井」「曲見」(中年女性)、「中将」(公達)などいろいろあります。

「舞台」はシンプルです。木造の三間四方の舞台があって、背後の板には老松の絵が書かれた鏡板があります。向かって左には細い廊下のような「橋がかり」があって、その奥に「揚幕」があってその先が「鏡ノ間」(控え室)があります。役者は「揚幕」から舞台へ登場します。鏡板の前に後座があってそこに囃子方や後見が位置します。地謡は舞台向かって右の地謡座にいます。ワキはよく、舞台向かって右の一番手前に座っています。

 観客の立場でいうと、舞台の正面が「正面」席であり、橋がかりの前が「脇正面」、その中間が「中正面」といいます。チケットを買う場合、「中正面」は柱(目付柱)が舞台を見るのに邪魔になるため、安めの設定になっています。
 また一般的に、上演中も客席の灯りはついたままです。

「作り物」というのは小道具のことです。能の舞台はとても簡素です。説明的な装置などは置かれいません。どんな演目でも羽目板に老松が描かれているだけの舞台で行われますが、小道具を使う演目もあります。その場合も極力省略されています。船のようなもの、車のようなもの、という感じで、リアリティとかは追求されていません。井筒の井戸、熊野の車、道成寺の鐘などさまざまです。

「衣装」 は非常に美しいものです。舞とも密接な関係があります。

「小書」という言葉をパンフレットなどで目にすることがあります。これは、演出のことです。同じ曲でもいくつかの演出の種類があったりします。舞や装束がかわったり、詞章が変わったりします。

●音楽と舞

「謡」は、能におけるシテやワキの台詞や歌です。能の詞章の謡われる方法は、いくつかの種類があります。まず詞(ことば)(節がついていない台詞)、節(ふし)(節がついている箇所)に分類されます。節はさらに、拍子にあうもの、あわないものに分類されます。これらの区分にはそれぞれ独特な名称がついています。名ノリ、一セイ、サシ、ワカ、下歌、上歌、クセ、ロンギ、キリ……などです。

「囃子」は囃子方が行い、笛、小鼓、大鼓、太鼓の四種類です。太鼓は入っていない演目もあります。

「型」というものが能にはあります。歩くことも、ただ歩くのではなく運歩(はこび)という型となっているのです。また能の表現は演技過多の対極ともいえるもので、泣く場合にも泣くという抽象的な記号としての型(シオリ、手のひらを顔の前に持ってくる)を使うだけです。

「舞」は、能の最も重要な見せ場です。舞を舞うのはシテで、囃子を伴って舞われます。基本的に、袖を返したりする型を行いながら、舞台を廻ります。舞を舞う前に舞台上で着替え(物着)をしたりする演目もあります。舞にはいくつかの種類があります。中ノ舞、序ノ舞、急ノ舞、神舞、早舞、天女ノ舞、神楽、乱拍子、イロエ、カケリ、祈リ……などです。

●内容

 能は内容的にいくつかの特徴があります。亡霊や神や鬼などがシテである作品が多いのは、他の演劇(歌舞伎や外国の演劇、オペラなど)と比べると特徴的といえます。

「夢幻能」とは、前半で前シテが里の者などの姿をとって現れ、後半では後シテが本来の神仙や亡霊などの姿を現して登場する、という形式の能のことです。この場合多く、前半でワキ(僧など)が仮の姿の前シテに出会い、意味深な会話をします。そして後半になると、後シテがワキの前(夢の中など)に現れて、シテの過去や物語などを語ります。

「現在能」は、夢幻能と異なって、現に生きている人物がシテとなる作品のことです。またどちらかにはっきり分類できないものも存在します。

 また能の演目は、内容などによって五つに分類されます。

一番目物(初番物)、脇能、神物、(神)
二番目物、修羅物、(男)
三番目物、鬘物、(女)
四番目物、雑物、(狂)
五番目物、切能、鬼物、(鬼)



参考資料

謡曲集』
ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%BD

「羽衣」

これも書き途中・・・。
長くなりすぎるので、どうしようか考え中。


羽衣(はごろも)
──いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを。

■作者──世阿弥か。
■季節──三月
■登場人物──ワキ・白龍(はくりょう)/ワキツレ・漁夫/
  シテ・天人
■場所──三保の松原




 羽衣の物語は、能以外でもよく知られているのではないでしょうか?
 この能での物語は次のとおりです。
 ある春の日、漁師(白龍)は、漁をしていました。
 その後、三保の松原で松の枝に掛かっている不思議な美しい羽衣を見つけます。彼はそれを持って帰ろうとするのですが、そこに天女が話しかけます。それは私の衣だから返して下さい、と。けれども、白龍は衣を返しません。羽衣がなければ天に帰ることもできない、と天女は悲しみます。それを見て白龍はかわいそうになって、返す、といいます。ただし、その羽衣を着て天女の舞を見せてくれれば、という条件を出します。天女は喜んで応じます。天女は舞うから羽衣を返してほしいといいますが、白龍は、羽衣を返したら舞をまわずにそのまま逃げて帰ってしまうのではないかと疑います。天女は
シテ「いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを。」
ワキ「あら恥かしやさらばとて、羽衣を返し与ふれば」
と答え、それから羽衣を着てそれから舞はじめます。そして舞い終ると、天高く帰ってゆくのでした。
 ──これが能のストーリーです。羽衣の伝説はさまざまな形があります。この物語では天女は羽衣を帰して貰って天に帰りますが、白龍と結婚する、という話もあります。羽衣伝説にはいろいろな類型があります。
能「羽衣」のパターンはどうしてこうなったのでしょうか?
他の説話や伝説の類型との違いから、能の美意識が浮かび上がってくるかもしれません。
 このパターンで特徴的なのは次のあたりでしょう。
・漁師は嘆く天女に同情して衣を返す。(隠したり、難題をふっかけたりしない)
・漁師が天女に求めるのは「舞」であり、漁師が得るのは天女の舞だけである(結婚、子孫、宝などはない)
 これらに見られる傾向は、人間的、人情とは離れた性質です。あるいはそれらの性質から意図的に離れたとしたら、そのあたりに能(作者)の美意識があるかもしれません。
 ここでいう人情と離れたというのは、夏目漱石のいう「非人情」と同じようなものだといえます。
 能は、時の権力者の保護をうけた世阿弥が洗練された芸術として高めたものです。彼は幽玄、花──を重んじました。
 冷えた美しさ──それが目指された境地でした。
(世阿弥の能論)
 日本の伝統芸能といえば、能の他に歌舞伎が思い出されますが、歌舞伎は人情的なドラマが多いのに対して、能は概して非人情的です。
 ドラマチックな内容があったとしても、主人公は既に死んでいて昔のこととして語ったりするように。
 次は「複式夢幻能」を見てみましょう。
 この形式は世阿弥が作り出した独創的な形式で、かつとても能らしいものです。

「道成寺」~花の外には松ばかり、暮れそめて鐘や響くらん

能の道成寺についてかいた文章の収録です



道成寺(どうじょうじ)

──作りしつみも消えぬべし。鐘の供養に参らん。

【設定】

舞台は、春、紀伊の国にある道成寺。
登場人物は、シテは白拍子、ワキは道成寺の住僧、後シテは蛇体。
太鼓あり。四番目物。古い名前は「鐘巻」。

【あらすじ】

春爛漫の道成寺では鐘の供養が行われることになりました。
わけあって女人禁制なのですが、白拍子(女の芸人)が現れて、自分の舞を献上したいと言います。
結局、寺の能力は舞をみたさにいいつけに背いて許します。
白拍子は鐘を見て舞いはじめます。
そして人々が油断をしたとき、彼女は古い恨みをはらすために鐘を落とします。人々はその大音響に驚きます。
そこで鐘にまつわる過去の話が住僧から語られます。
昔、ある女に一方的に思われて追いかけられたられた僧がこの寺に逃げ込んで鐘の中に隠れたところ、執心のために蛇になっていた女は鐘を溶かしてその僧を殺した──という恐ろしい過去がこの鐘にはあったのでした。
そう語ると、道成寺の住僧は、再び鐘の前に現れたこの女を調伏するために祈りはじめます。
白拍子から蛇の姿になった女は住僧たちと戦うけれども、やがて調伏されて日高の川へ去ってゆきます。
調伏したことを住僧たちは喜びます。

【鑑賞】

「道成寺」は有名な作品です。
歌舞伎にも「京鹿子娘道成寺」があって、これは能の「道成寺」から派生したものです。
道成寺の物語自体は紀伊の国の古い伝説「安珍・清姫伝説」に基づきその後日談といえるものです。

 では上演される場合どのようなものでしょうか? 
道成寺でもっとも特徴的なのはまず巨大な作り物の鐘です。
演目が始まる直前、この鐘が運び込まれ設置されてゆきます。
観客は舞台が始まる前にそれをずっと見ることになります。
そして鐘が無事つり下げられた後、舞台は始まります。

 住僧が鐘の供養について能力に指示を与えます。
その後、鐘の供養の場に白拍子の女が現れます。

シテ「作りしつみも消えぬべし。作りしつみも消えぬべし。鐘の供養に参らん」



 白拍子というのは当時はやっていた女の芸人です。
烏帽子をかぶって男装して舞うのが特徴でした。
女人禁制に背いて舞を舞うことが許された女は、喜んで舞い始めます。

シテ「花の外には松ばかり。花の外には松ばかり。暮れそめて鐘や響くらん。」



 それにしても、舞を舞うことができることを喜ぶ女の台詞と、舞台上の囃子などの緊迫感のある雰囲気とどこか齟齬があります。
女は、道成寺のいわれを語りつつ舞います。
これが道成寺の見所の一つ「乱拍子」という舞です。
現在「乱拍子」があるのはこの「道成寺」だけです。
他の舞とはっきり異なるのは囃子です。
これ以外の舞では、笛、小鼓、大鼓、(+太鼓)によって囃子が鳴り続けます。
「乱拍子」の場合、時折小鼓が鳴り、さらに時折、笛が吹かれるけれども、舞のほとんどの時間は静寂です。
そしてシテもまた、ほとんどの時間、止まっています。
謡を謡いつつも、わずかに向きを変えたり、足を上げ下げしたり、そして時々、足踏みをします。
その間の詞章は次のものだけです。

ワカ「道成の卿、承り、始めて伽藍、橘の、
道成興行の寺なればとて、道成寺とは名づけたりや」
地「山寺のや」



 十分以上、ほとんど静寂と静止の時間が続いていました。
地謡の「山寺のや」から、囃子の雰囲気が一転し、舞のなかでももっとも激しい「急ノ舞」に続きます。

シテ「春の夕ぐれ来てみれば」
地謡「入相の鐘に花ぞ散りける」



 女は鐘を見て

「思へばこの鐘恨めしやとて」



といい、自らの烏帽子を扇ではたき落とし、鐘をつかむと中に入って鐘を落とします。
大音響に人々は驚き、住僧はこの鐘の伝説を語ります。

 住僧たちは女を調伏するために数珠をすりながら祈ります。

地謡「すはすは動くぞ祈れただ、引けや手ん手に千手の陀羅尼。」



 鐘がつり上がってゆき、中から蛇の姿になった女が現れます。
演出によって面や頭や装束が違います。
僧侶たちと蛇との戦いが後半の見せ場です。





以下、資料とか、書き途中のメモとか収録・・・

資料

安珍・清姫伝説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E7%8F%8D%E3%83%BB%E6%B8%85%E5%A7%AB%E4%BC%9D%E8%AA%AC

詞章
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/~hangyo/utahi/text/yo149.txt




道成寺(どうじょうじ)
──作りし罪も消えぬべし。鐘の供養に参らん。

■作者
■季節──三月
■登場人物──ワキ・道成寺の住僧/ワキツレ・従僧/
シテ・白拍子/後シテ・蛇体/狂言二人・能力




 能の舞台をみてみます。
 それは板張りで、背後に大きな松の絵が描かれています。向かって左手には橋がかりという廊下があって、その奥が演者の出入り口となる幕が垂れ下がっています。
 道成寺では、演目が始まる直前、作り物の大きな鐘が棒にぶらさげられて、人にささえられて運び込まれます。この後、この鐘を舞台上で数人がかりで設置していく作業が行われます。
 これは舞台装置の設営ですが、がやがやしていません。この動きや作業自体がすでに演目の一部であるかのように洗練されています。
 鐘をつり下げる縄を棒でつかんで舞台の上にある金具にかけ……そんな過程を経て、鐘は舞台の上からつり下げられます。この鐘を設置するための金具は、現在では道成寺の演目のためだけにあります。
 演目がはじまります。道成寺に住む僧がワキです。
ワキ詞章「さる子細有つて久しく撞鐘退転仕りて候ふをこの程再興し鐘を鋳させて候。今日吉日にて候ふ程に鐘の供養をいたさばやと存じ候。」「又さる子細ある間女人禁制にて有るぞ。かまへて一人も入れ候ふな。」
 道成寺の僧(ワキ)は「さる子細あって」といいますが、この時点でこの子細については言及されていません。
 さて、道成寺で鐘の供養の準備をしているところに、一人の女が現れます。彼女がこの能の主人公です。
シテ「作りしつみも消えぬべし。作りしつみも消えぬべし。鐘の供養に参らん。」
 このような台詞と共に登場します。
 彼女は白拍子で、白拍子というのは烏帽子をかぶって舞う芸人です。彼女は鐘の供養に自分の舞を献上したいといいます。寺の能力は舞を見たさに女人禁制のいいつけに背いて許します。
 白拍子はとても喜んで舞い始めます。
シテ次第「花の外には松ばかり。花の外には松ばかり。暮れそめて鐘や響くらん。」
 鐘の供養に舞を舞うことができることを喜ぶ白拍子の台詞と、緊迫感のある雰囲気と、どこか齟齬があります。僧のいう女人禁制の子細なども語られないまま、どこか違和感がありつづけます。




 道成寺とはどんな能でしょうか?
 道成寺には背景となる物語があります。山伏に恋した娘が逃げる山伏を蛇になって追い、山伏は寺の鐘の中に逃げ込むけれども、娘の妄執はその鐘を水のように溶かして、山伏を殺した──というものです。
 能「道成寺」の場面は、その後、壊れた鐘を作り直すところから始まります。

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